第10話『緑髪のイケてるメンズ』
ギギギと倉庫の重い扉が開かれる音がする。奥に見えるのは来る時にはなかったはずの車が一台。カメラのフラッシュのような光をつけながら佇んでいた。
「なんじゃあれ?」
「『車』ってやつよ。あんたの時代で言う馬みたいなものね」
「ほえー」
なんてコンテナの影から呑気に二人は見ている。
倉庫を巡回していたヤクザたちはすぐさま外へと出ていた。倉庫への道となるように列を作って並ぶ。
「「「お疲れ様です組長!!」」」
──まさに一心同体。ほとんど誤差なく叫ばれた言葉と共に男が運転席から出てきた。
「──おう、ご苦労さん」
百八十を少し超える体躯。白いワイシャツの上からでも分かる筋肉量。丁寧に揃えられたオールバックの真面目な雰囲気とは裏腹に、隠しきれない血の香り。
この男が黒馬組の組長だ。遠くからでも威圧感をビシビシと感じ取れる。
「……強いな」
『あれが組長のレオだね。黒馬組きっての武闘派。単身で他の組を壊滅させたこともあるらしいよ』
「あーいうのには関わらないのが一番よ」
なんて話していると管理人室から、さっきの男がペンダントを持って走り抜けていった。
レオの前で急停止。膝を着いてペンダントを捧げるように見せる。
「お疲れ様です組長! これが例のブツです!」
「なるほどこれがね……なんでこんな物を欲しがるんだか。まぁいい。ありがとう」
レオが部下の頭を撫でる──至福の顔、と言ったところか。はっきり言って気持ちが悪い。
「未来ではああいうのが流行っとるのか?」
「いや……あれだけだと思う」
「そ、そうか……」
『……あれ? おかしいな?』
ここでカレンがとあることに気がついた。
「どうした?」
『今……あの人運転席から出てこなかった?』
「──そうだ。運転席から出てきたね。組長なのに」
「おかしいのか? それ?」
『普通、組長なら部下に運転させるはずなんだけど』
「わざわざ自分で運転……妙だね」
なんてコソコソと話していた時──疑問の理由が後部座席から扉を開けて出てきた。
──緑髪のロングヘア。ピッシリと決められたスーツ。服の上からでも分かる肉体美。顔のパーツは自分で設定したのかと思うほど見事に整っている。
瞳は深緑。男とは思えないほど妖艶な瞳が陰に隠れている迅鋭とロアに視線を向けた。
「ひっ──!?」
「大丈夫か?」
「う……うん」
『な、なにアイツ……死ぬほどイケメンなのに……なんかすごく怖い』
恐怖。その場に居ないはずのカレンでさえその感情をビシビシと感じる。その場にいるロアは既に脚を震わせていた。
「──それが例の?」
恐ろしいほど透き通った声。まるで背後から囁かれているかのような。鼓膜に直接囁かれているかのような不快感が脳を刺激する。
「そうっぽいな。でもそれって高い物でもないだろ。アンタならもっと高級なものも買えると思うが」
偽物のペンダントを男に渡す。
「ペンダントそのものが欲しいのではないのですよ」
「へぇ……中身が特別なのか」
「──知るのはオススメしませんが」
「別に。今の反応で金目の物じゃないことが分かったし」
「賢い選択ですよ。さて──これを管理していた者は?」
「──は、はい。私です」
さっきレオに頭を撫でられて気持ち悪い笑顔を浮かべていた男がコソコソと歩いてきた。
「あなたが管理していたんですか?」
「そうで──」
──瞬間。男の脚が綺麗に切断された。
「っっ──ああああがあああああああ!!??」
──剣だ。最初は持っていなかった。なのにいつの間にか男の手に剣が握られていたのだ。
滴る血からその剣で男の脚を斬ったのが分かる。なんと速い剣捌き。ロアは声を出さないようにするだけで精一杯だった。しかし迅鋭はさほど驚いている様子でもなかった。
「すり替えられましたね」
「あ? マジで?」
「嘘をつくと思いますか?」
「そうは言ってねぇよ。でもなんですり替えられたって分かるんだ? コイツがくすねただけかもしれないだろ?」
──男はペンダントに鼻を近づける。そしてワインを香るかのようにペンダントの匂いを嗅ぎ始めた。
「確か元の持ち主は男性。その次は二十九歳の女性です。しかし……これにはその匂いが付いていない。性別は女性。年齢は二十五。香水は付けてないところを見るに用心深い性格ですね」
「アンタ……警察犬にでも就職したらどうだ?」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
──なんと全て当たっている。気持ち悪くなって震えるロア。
「確か先日、反乱軍の第四基地から物品を盗んで基地を爆発させた輩がいると聞きました。名前は……『フライヤー』とかだったか。そこのリーダーが匂いの特徴と一致します」
「フライヤーね。噂は聞いてる。『何でも屋』とかだったか。だがそんな大層なことをできるような奴らでもないと思うが」
「思う、だけでしょ? 実際にしているんですよ。ほら──ちょうどあそこから私たちを覗いてる」
──部下のビーム銃を奪って発砲する。
──ビームはロアの頭部スレスレを焼き切っていた。場所がバレている。焦りと鼓動が一気に跳ね上がった。
「……居るな」
「待ってます。どうぞお好きに」
「手伝ってくれないのか?」
「命令されてないので」
「はいはい」
レオは鋭い目つきと銃を倉庫へ向け、部下たちに向かって言った。
「生け捕りだ。両手足ぶち抜いて持ってこい」
「「「了解しました!!」」」
レオの部下たちがゾロゾロと倉庫へ向かって走ってきた。
「や、やばいやばい! 逃走経路は!?」
『来た場所を戻って──』
──突如、二階部分に車が突き刺さった。それは侵入した入口の部分であった。
投げた主は──レオである。
「おぉ、ナイススローイン」
「スーツがあるとはいえ、やっぱり鍛えてたら違うからな」
ゆるい雰囲気のレオ達。──それとは真逆にロアはかなり緊迫した状況だ。
「はぁ!? 車、なんで!?」
「ほう、車とやらは軽いのか。さすが未来じゃな」
「んなわけないでしょ!?」
『じゃあ壁をぶち抜いて外に──ダメだそれじゃバレ──いや、もうバレてる!入口とは反対側の壁に向かって走って──!!』
──無数の銃口。無数の怒鳴り声。そして光線音が倉庫に響き渡った。
「居たぞ!! 撃て!!」
「しまっ──」
放たれる閃光。飛び出す光の塊。高速で飛来するビームはロアの体に──。
──ぶつかる直前。迅鋭がロアの体を引っ張ったことによりビームは通り抜け、倉庫の壁とコンテナを貫通していった。
「あ、ありがとう助かった」
「なんじゃあの光……まぁよい、隠れるぞ」
たまたま開いていたコンテナに兎のように飛び入る。
「出口を塞げ!! 何人かは二階にも警備を!! 壁には特に気おつけろ!! 絶対に外に出すな!!」
意外にも冷静にヤクザたちは動いていた。出口を閉め、二階へと駆け上がり、壁付近に何人か待機する。
「どうせ袋のネズミ。ここからは逃げられないぞ……!!」