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第1話『幻水迅鋭の死』

始まりましたソウルイリュージョン!かなり長い話なので、気長に見てってください!ちなみに、第四章の途中までは書ききってるので、そこのところはご安心ください!だいたい100話くらいです!


星をくれると嬉しいです!『異世界にクラス転移したけど全員ハズレスキルを持たされた』も更新できたらします!……できたら、ですけど

 西暦一八六八年。京の都では日本の運命を変える戦いが起こっていた。戊辰(ぼしん)戦争の一つ。鳥羽(とば)伏見(ふしみ)の戦いである。


 鉄砲の弾ける音。それと共に(うな)りを上げるのは大砲。舞い上がる砂に視界を塞ぐ血飛沫。そこに見えたのは常世の地獄とも言える光景だった。

 まだ従来の戦術しか心得てない旧幕府軍に対し、新政府軍は四斤大砲(よんきんさんぽう)を初めとした近代兵器を多く携えていた。

 かといって旧幕府軍も一筋縄ではいかず。両軍の戦いは苛烈(かれつ)を極めていた。


 叫び。「死にたくない」という叫び。「新しき時代のために」という叫び。並ぶ死体を蹴り飛ばし、新たな死体を作っていく。

 今の価値観で言えば狂っていた。だがそれこそがこの時代。この戦いがあったからこそ、今の世の中へと繋がっている。


 辺りに漂うのは鉄の匂い。砂埃。人の死体。兵士は雄叫びをあげる。そんな中に──異彩を放つ男がいた。

 全てを飲み込むかと思うほどの黒い髪と瞳。当時としては大柄な体。(はかま)(そで)から出ている前腕はシャープに、それでいて強靭な筋肉を付けている。確かに顔は美形だ。だが見た目に関しては別段変な部分はない。

 血の匂いは辺りに漂っている。しかしその男の周りには一際、鮮血の匂いが纏わりついていた。


「──あ、あいつは!?」


「あの男は──剣鬼だ! 幻水迅鋭だ!!」


 幻水(げんすい)迅鋭(じんえい)。それがこの男の名前であった。狂気に満ちたこの場所に置いても、迅鋭の顔を見かけた途端に兵士は正気に戻る。


 それはこの男の強さにこそあった。

 京の都をハヤブサのように駆け抜け、鬼神の如き荒々しい剣技で数々の剣客を屠る。刀を血で濡らし。体も血で濡らし。戦場に立つ迅鋭はいつも血で肌を赤く染めていた。それはまさに『鬼』であり『剣鬼』と言うに相応しい姿。

 沖田総司、岡田以蔵、河上万斉。名だたる剣豪を押しのけ、いつしか『幕末最強』とまで言われるようになった男。──それこそが幻水迅鋭である。


 そんな男が目の前にいる。男たちは怯んだ。怯んだ──が、どちらも先の日本を守るために戦っている。


「くっ──幻水迅鋭!! 覚悟!!」


 引くことなど考えるはずもなく。雄叫びを上げながら突撃してきた。


「──」



 ──速い。速いなんてものではない。目に映らないのだ。

 視界が消えたかと思った瞬間、その時には既に首が胴から離れている。体が縦に割られている。横に。斜めに。脚が無くなった。腕が飛んでいった。腸が腹の中からストンと落ちてきた。

 死んだ。そう感じない者が多数派を占めるほど迅鋭の剣筋は美しく。それでいて優しくもあった。



「──幻水迅鋭!!」


 大砲飛び交う戦場の中。猫のように動き回り、兵士を惨殺していた迅鋭。誰も迅鋭を殺せない。誰も迅鋭を止められない。

 そんな迅鋭がある男の声を聞いた途端、赤黒く染まった刃を止めた。


「ここで会うのは四回目か!もはや嬉しさも無くなったぞ!!」


 ──現代においてその名を知らぬ者は少ないだろう。


「……土方(ひじかた)


「はっ、『剣鬼』の名前に恥じぬ見た目になったな」


 新撰組『鬼の副長』こと土方(ひじかた)歳三(としぞう)であった。迅鋭とはこの時点で既に四度も剣を交えている。もはや下手な味方よりも相手の剣を知っている仲だ。


「貴様との戦いも飽きてきたところだ。──そろそろ決着をつけるとしようか」


「新しき時代が来る。誰も死なない。誰も……剣を取らなくていい。優しい時代が。その時代をこの目で見るまでは死ねない」


「悪いな。同じ意見だ。だから曲げられん」


「そうか……」


 迅鋭は構えた。土方も構えた。──爆風なぞ関係ない。周りの死など関係ない。今はただ目の前の好敵手を殺すのみ。その一点に全集中する。

 解放的な静寂。二人の男が刃を交える合図は、地面を吹き飛ばす砲弾の音であった──




「……っ」


 静まり返った静寂。平和を象徴するかのような(すずめ)の鳴き声。──迅鋭は布団から身をあげた。


 一九二二年。鳥羽(とば)伏見(ふしみ)の戦いから五十四年の月日が経った。幻水迅鋭七十二歳。この時代では長生きな方である。

 昔は『剣鬼(けんき)』と呼ばれた迅鋭も歳には勝てず。刀を軽々と振り回していた迅鋭も、今は茶碗ですら重く感じる。


「……」


 いつもなら二度寝。もしくは女中に起こしてもらうのだが、今日はとても気分が良かった。体が軽かったのだ。これほどまで軽いのは久方ぶり。それこそ──とにかく気分がいい。

 迅鋭は久しぶりに体を起こし、ある場所へと歩を進めた。



「──爺ちゃん!?」


 そこは道場だった。若い男たちが汗飛沫を振り撒いて竹刀を振るっている。熱気はすごく。活力もすごく。その場にいるだけで元気が出てきそうだった。


「お、起きれたのか!?自分で!?」


「おい聡太(そうた)。サボるんじゃ──ってお爺様!?」


 出迎えたのは爽やかな短髪の聡太(そうた)と体が大仏のように大きい(たつ)であった。

 どちらも成人したばかりの子供。この2人がこの道場の師範(しはん)をしているようだ。


「体の方は大丈夫なんですか?」


「……」


「無理しなくていいんだぞ爺ちゃん?」


「……皆を集めよ」


 ──迅鋭の言葉は絶対であった。心配そうにしていた二人の顔は一気に強ばる。なぜなら過去の迅鋭を知っていたから。正確に言うなら、まだ覇気のあった頃の迅鋭を知っているからである。

 ほとんどボケた老人と化していた迅鋭だったが、ほんの一瞬だけ昔に戻った時のような覇気(はき)を感じ取った。


「──全員やめ!!」



 門下生たちは端によって正座していた。見事なまでに美しい正座。それでいて誰もその状態を苦痛とは感じていなかった。

 その理由は──目の前で起ころうとしている実演にある。


「……参ります」


 龍は竹刀を構えていた。相対する迅鋭は──まさかの無手。

 体格は倍以上。子供と大人とも言える体格差。龍が素手であっても倒すのは容易ではない。いや、不可能と言ってもいいだろう。

 しかしだ。──この場においてもっとも緊張していたのは他でもない龍自身であった。


 威圧感が違う。つい昨日まで普通に暮らしていたはずだ。風呂に入ってないので臭ってくるのは汗とかの臭いのはずだ。なのに、なのに──どうしてか迅鋭から血の香りがする。


「っっ…………!!」


 しかし臆してしまっていては師範代(しはんだい)の名が(すた)る。龍は大きく振り上げ縦一閃。迅鋭の頭に振り下ろした──


 当たっ──てない。まるで流水のようにスルリと剣筋から逃れた。


「やぁぁぁぁ!!!」


 すかさず二撃目。横一文字に本気で振った──動かない。まず動かない。いつの間にか間合いまで入ってきていた迅鋭によって龍の手は掴まれていたのだ。

 ただ掴んでいるだけなら問題などない。だが迅鋭は同時にツボを押さえていた。それによって龍は動くことすら出来なくなっていたのだ。


「ぐ──が──っ!!」


 ──そのまま地面に押し倒される。ツボを押されてしまっては対抗することなどできない。ほとんど無抵抗のまま。戦いは終わりを告げた。


 倒れた龍を見ながら迅鋭は喋る。


「──戦場(いくさば)(くる)うた者から生き残る」


 それだけ。たったそれだけを言い残し、迅鋭は道場を後にした。



「──龍兄(たつにい)、こっぴどくやられたな」


 再開された稽古(けいこ)中。子供のような笑みを浮かべながら聡太が歩いてきた。


「うるさい。……少し舐めていたようだ。俺もまだまだだな」


「思ったより傷ついてんね」


「まぁな……でも嬉しくはある。やはり爺様は俺の誇りだ。いつか爺様に届くよう鍛錬を続けなくては」


「はは、じゃあ俺と試合してみっか?」


「……お前。稽古(けいこ)したくないだけだろ」


「バレちったか」


 ハハハ、と笑う聡太に龍は「まったく」と呟く。だがその顔には不快感などなく。嬉しそうな表情を浮かべていた。



 ──迅鋭は自室にて永遠(とわ)の眠りにつこうとしていた。縁側から刺す光でも目を覚ますことはなく。緩やかに体の機能を停止させてゆく。

 息子夫婦は元気にしているのだろうか。孫二人は道場を経営していけるのだろうか。

 痛みはない。苦しみもない。だからこそ迅鋭は最期まで他人のことを考えることができた。


「……ぁぁ」


 外は明るい。長い間。この場所に住んできた。幼い頃の記憶が蘇ってくる。


 ──幼少期。

 ──少年期。

 ──壮年期。

 ──老年期。


 ゆっくりと。時間は止まったかのように。されども時間は永遠になど存在せず。必ず終わりは訪れる。


「あと……一回だけ……」


 話しかけたところで帰ってくるはずもなく。虚空は虚しく反応を返す。だけど迅鋭は話し続ける。


「一回……だけでいいから──」


 目に映るのはかつての美しい記憶。それが幻想だと分かっていても。幻覚だと理解(わか)っていても。優しい過去へと手を伸ばしてしまう──。


「──やり直したい」




 最強と言われた。鬼のような強さと言われた。「この男に比肩しうる者はおらず」とまで言われた。そんな男の最期の言葉は──。


「もう一度だけやり直したい」


 であった。なんと虚しいことか。なんと悲しいことか。実に憐れで。実に──人間らしいものであった。

 誰しもが思うようなありふれた願い。その願いは波乱万丈な彼の人生に報いるかのように叶えられる。──三百年後の未来にて。

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