ep43
アラームの音で目が覚めた。リュウジは枕元のスマホに手を伸ばし、アラームを止めて画面を確認する。
「ん?」
表示された日付は2月3日。午前6時――だが、今日は3月3日のはずだった。
あの二人が死んだのは、2月4日。時間が1か月戻っている。
「……どうしても俺に試練を与えたいらしいな」
そう呟くと、掌に青い石を乗せたまま、リュウジは家を出た。
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銃撃戦の末、二人の男は互いに銃を構えて向かい合っていた。どちらも動かない。張り詰めた沈黙の中、口を開いたのはショウだった。
「さすがだよ、リュウジくん。ここまで僕を追い詰めるなんて。やっぱり、きみには敵わない」
そう言って、ショウは拳銃を高く放り投げた。降参を示すように両手を挙げる。一方、リュウジは銃を構えたまま、鋭い声で言い放つ。
「もう諦めるのか。……その甘さがお前の弱点だ」
「その言葉、そっくりそのままきみに返すよ」
ショウはにやりと笑った。
「……何?」
「きみはあの時、僕を殺さなかった。なぜだい? きみの腕なら、簡単だったはずなのに」
リュウジは答えない。ショウはどこか諦めたように、静かに微笑んだ。
「どちらにせよ、このままじゃ僕たちは逃げ切れない。だからせめて……レイラだけでも助けてくれないか」
リュウジの表情が曇る。
「……いいだろう」
意外な返答に、ショウは目を見開いた。
「まさか、あっさり承諾してくれるなんて。意外だね」
「俺にお前を殺させようとしても無駄だ。お前の考えは分かっている」
「どうして分かったんだい? 本当に……きみには驚かされてばかりだ」
「俺はお前たちを殺さない。逃がしてやる。……だから生き抜け。何があっても、寿命まで生き続けろ」
その言葉に、ショウの顔が一変した。穏やかだった表情が厳しく歪む。
「僕に生き抜けだって? ……甘いよ。それがきみの甘さだ」
そう言って彼はジャケットの内ポケットから銃を取り出し、自分の腹に銃口を押し当てた。――あの時放り投げたはずの銃だ。
「おい、やめろ!」
リュウジが駆け寄るも、一歩遅かった。乾いた銃声。ショウの腹部が撃ち抜かれ、雪の上に赤い血が広がっていく。
リュウジは怒りと哀しみが入り混じった顔で、倒れたショウを見下ろした。
「……お前、正気か? なぜだ。俺はお前たちを逃がそうとしてるんだぞ!」
ショウは、ただ穏やかに微笑んでいた。いつも通りの、優しい顔で。
「いいんだよ……これで」
「よく聞け。レイラのお腹には……お前の子供がいる。こんな傷、すぐ治してやる。これ以上、あいつを苦しめるな」
リュウジが手を差し伸べると、ショウは小さく首を振った。
「そうか……レイラはママになるんだね。でも、もう無理なんだ。もし逃げられたとしても、僕はきっと、いつか誰かを殺してしまう。大切な人を守るために……そうなったら、自分を許せない。……甘いかもしれないけど、これだけは譲れない……僕は絶対に人殺しにはならない……お願いだ、レイラを……頼む。きみにしか頼めないんだ」
「綺麗事を言うな。大切な人を守るためなら、犠牲もやむを得ない。お前は、それも分からないのか」
「……僕は、きみになりたかったよ。強くて……優しくて……」
「俺は強くなんかない。お前の思い違いだ」
「いや、きみは強い。そして、これからもっと強くなる。……それが、リュウジくんに残された試練なんだ。人間である、僕らとは違う、普通の人間のきみのね……。だから……レイラを……頼む……僕の時間は、これで終わりだ……生まれることから……その先の人生まで……すべて強制されてきた……せめて、死ぬときくらい……僕に選ばせてくれ……」
ショウは、静かに目を閉じた。
その時、背後から、雪を引きずるような足音が近づいてくる。
「リュウさん……これは……一体……?」
震える声で呟いたのは、レイラだった。
ショウの倒れた姿に目を落とし、拳銃を見て言う。
「これ……あたしの拳銃……いつのまに……。まさか、ショウが自分で……?」
リュウジは無言で頷いた。
「なんで……? どうして……? ショウは、一緒に生きていくって、約束したのに……」
「……あいつは言ったんだ。絶対に人殺しにはならないって。生きていれば、大切な人を守るために誰かを殺すかもしれないと」
レイラはショウの傍にしゃがみこみ、その穏やかな顔を見つめた。――まるで、安堵しているかのような表情。
あの時、先生を撃ち殺した後、ショウが言った言葉が脳裏に蘇る。今まで何人も殺してきたのかと尋ねたとき、彼の様子は明らかにおかしかった。あの時すでに、覚悟を決めていたのかもしれない……。
「リュウさん、あたしも……殺して。ショウがいないなら、生きていたって意味がない。あたしたちは、赦されない存在だから」
そう言いながら、レイラは立ち上がり、ショウから数10メートル離れた場所で両手を広げ、目を閉じた。
「どうせ、みんな私たちを処分するつもりなんでしょ? だったら、リュウさんに殺されたい。……リュウさんに殺されるなら、本望だよ」
「教えてくれ、レイラ。もしお前が普通の人間だったら……もっと違う形で出会っていたら、どうなっていたと思う?」
リュウジの低い声がレイラの鼓膜を揺らす。
「リュウさんと過ごした10年間……すごく幸せだった。大切な思い出。だから今は、辛くない。苦しくもない……。ごめんね、リュウさん……こんなこと頼んで、本当に……ごめんなさい」
レイラの頬に、一筋の涙が伝う。
「……俺たちは、共に生きることができたんだろうか」
リュウジは、ふとショウの言葉を思い出す。
――きみは強い。そして、これからもっと強くなる。……それが、リュウジくんに残された試練なんだ。人間である、僕らとは違う、普通の人間のきみのね―――
その時、かすかに足音が近づき、リュウジの隣に誰かが立った。




