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ep3

 レイラたちは、現在ある地方の警察本部に勤務している。だが、それはあくまで表向きの姿にすぎない。彼女たちの正体は、国から極秘に任命された特別任務チーム、通称「TNT」の一員だった。


  警察本部の地下には、誰にも使われていない古びた倉庫がある。その奥に、誰も知らない秘密の部屋が隠されていた。壁に見えるスイッチを取り外すと、キーボードが埋め込まれた小さなパネルが現れる。 暗証番号を入力し、網膜と指紋のスキャンを終えると、無機質な壁が静かに扉となって開く。


その先にあるのは、簡素な会議室。長机とパイプ椅子、ホワイトボードがあるだけの質素な空間。だが、ホワイトボード脇の扉の奥には、銃器をはじめとする各種装備が整然と並んでいた。


ここは、本部内に存在しながら、5人以外の誰も知らない特殊な空間なのだ。


レイラの所属する班は、彼女を含めて5人。TNTが国内にいくつ存在するのか、どれだけの人員が動いているのか――彼女たち自身にも知らされていない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


トウリがパイプ椅子に腰かけて、マフィンにがぶりとかじりついている。ナッツとドライフルーツがぎっしり詰まっていて、甘く香ばしい匂いがあたりに広がった。おいしそう。あたしも食べたい。


「それ、いいなぁ。ひと口ちょうだい」


「レイラも食べる? 新商品だよ。ほら」


 トウリがもうひとつのマフィンを渡してくれる。そのやりとりを、新聞を広げていたリュウさんが、冷たい目でチラリと見てきた。


「トウリ、お前、また食ってんのか」


「リュウジにはあげないよ」


「いらねえよ」


 他愛もない会話で盛り上がっていると、ドアがバンと音を立てて開いた。不機嫌な顔をしたアンが入ってきて、無言のままパイプ椅子に座ると、トウリの手元からマフィンを横取りし、そのまま口に放り込んだ。


「あ、それ最後の一個!」トウリが悲鳴をあげるが、もう遅い。


 アンはちらりと睨んでから、盛大にため息をついた。


「はぁ、ほんとやってらんない。刑事一課長がさ、ご飯行こうってしつこくて」


「まあ、あのキャラで愛嬌ふりまいてたら、断るの難しいでしょ。中身は超冷酷な殺し屋のにさ」


 あたしが笑いながら言うと、アンの機嫌がさらに悪くなった。


「ちょっと、誰が冷酷な殺し屋よ? ていうかレイラ、そのガキっぽい喋り方、いい加減なんとかならない? 聞いててイライラすんのよ」


「子供っぽくないですぅ。だいたいあたしの年齢って不明でしょ。アンより若いのは確かだけどね」


「いや、あんた、私より年上だったりして。ねぇ、レイラお姉さん?」

 アンがにやりと笑う。


 明るいブラウンの髪をゆるくカールさせたアンは、警察本部内の売店で売り子として働いている。黒目がちな大きな瞳に、すっと通った鼻筋、ぽってりとした唇が印象的な、いわゆる目を引くタイプの美人だ。華奢な体つきにもかかわらず、豊かな胸元が制服越しにもわかるプロポーションは、男性職員たちの間でちょっとした噂になっていた。

 そのせいか、たいした用もないのに売店へふらりと立ち寄る者が後を絶たない。アンはそんな男たちを『ヒマ人どもめ』と心の中で一蹴しつつ、完璧な営業スマイルで列をさばいていた。


「レイラの口調ってさ、リュウジの趣味じゃないの? リュウジ、ロリコンだったりして」


 トウリがニヤニヤしながら茶化すと――


「お前、あとで殺す」


 リュウさんが目を細めて睨みつける。


「おおっ、怖っ」


 トウリが肩をすくめたタイミングで、ドアが開き、エイジ班長が入ってきた。


「お、賑やかにやってるな」


「班長、遅い!」

 

 アンが腕を組んで睨むと、班長は悪びれずに手を合わせる。


「すまんすまん。落とし物のイグアナが逃げてな。捕まえるのに手こずったんだ」


『イグアナって……』リュウさん以外、全員の声が重なった。


 動物好きで知られるエイジ班長は、会計課に籍を置き、落とし物──いわゆる遺失物の管理を担当している。

 彼は、仕事でもないのに、各署に届けられた迷子のペットたちをまとめて引き取り、世話を焼くという、風変わりな日課を続けていた。首輪のついた犬や猫が届けば、ポスターを作って貼り出し、ネットの掲示板を使い、場合によっては自腹で探偵を雇ってまで飼い主を探し出すという徹底ぶりで、その引き渡し成功率は検挙率ならぬ、ほぼ100%に達するという噂まである。

 任務がない日は普通の警察官として勤務しており、階級は警部。しかし、動物の拾得や保護は通常、県の専門機関に委ねられることが多いため、彼の過剰ともいえる行動は「動物に入れ込みすぎた変わり者」として、会計課の中でも少し浮いた存在になっていた。


 動物には優しいけれど、動物の命を粗末にする人間には厳しい班長。彼は以前、保護するべき対象者を殺害しかけたことがあった。保護する対象者は子犬のブリーダー。事件が片付いた後、ブリーダーはケージの中で震える子犬たちを一瞥し、こう吐き捨てた。


『こいつらは金になるただの商品。もう用はないから、保健所にでも連れて行って殺処分しておいてよ』


 その瞬間、班長は激高しブリーダーに飛び掛かり、何度も殴り絞め殺そうとした。

 保護するべき対象者を殺しそうになったので、あたしたちは慌てて彼を引き剥がした。任務で抹殺対象に指定された相手なら、何の迷いもなく仕留めるエイジ班長。しかし、子犬をただの商品と切り捨てたその男には、どうしても手加減できなかった。あの時、あたしたちが止めなければ、今ごろ冗談じゃ済まなかったかもしれない。


 そんな班長がメンバーの顔を一通り見て、口を開いた。


「お前達、この前はご苦労だったな。他の場所にいたスパイも一斉に始末できたみたいだ」


 班長の話によると、どうやら潜伏場所は一か所ではなかったようで、あたしたちのように秘密裏に動く人たちが、あの日同時に動いていたようだ。


「それにしても、あんな怪しい潜伏先が全国に何か所もあるなんて驚きだよ。土地の持ち主とか気がつかないのかな」


 あたしがほうと溜息をつくとアンが呆れた顔でこちらを見た。


「あのねぇ、あんた知らないの? この国の土地、知らない間に外国人に買い占められているんだよ。相変わらずレイラは世間知らずだね。ここに来るまでは、どんな暮らしをしていたんだか」


「それにしてもあんな大仕事、少人数の俺達じゃ無理だから。命がいくつあっても足りない。あと、もう少しマシな武器を下さいよ」


 トウリがドーナツを頬張りながら口を開いた。彼の前には色とりどりのドーナツが並んでいる。いつの間に並べたのだろう。ちなみに食べることが大好きなトウリは、警察本部内にある食堂のコックをしている。


「まぁ、俺たちがあんな任務を任せてもらえるようになったのは、それだけこの班が成長したってことだ。来週も訓練が入っているから、そのつもりでな」


 確かに班長の言うとおり、あたしが班に入った頃は銃撃戦の任務なんてなかった。誰かの護衛とか、行動を確認するとか、あとはせいぜい表に出れば大騒ぎされるであろう事案を、あの手この手を使って揉み消すことぐらいだった。しかし、最近は銃を使う任務が増えている。


「さて、本題だ。今日集まってもらったのは、新しい任務があるからだ。今回のターゲットは高垣翔、26歳。最近アメリカから戻って、現在はここの警備部に所属している。階級は警視」


 ホワイトボードに名前と年齢が書かれる。


「ってことは、身内?」


 あたしの問いに、リュウさんが小さく頷いた。


 警察関係者をマークする任務は今までもあった。薬物や銃器の裏取引に警察官が絡むケースもある。そんなとき、あたしたちは公安や監察とは別のルートで動いていた。今回も、きっとそういう話だろう。


「この男、切れ者らしい。ただ、素性がつかめない。気づけば警察組織の中枢に入り込み、今や上層部と接点を持ち始めてる」


 班長が数枚の写真をボードに貼る。映っていたのは、明るい茶髪に透き通るような色白の肌。優しげな笑顔を浮かべた男。女子職員に人気がありそうなタイプだ。


「ふーん、意外と可愛い顔してるね。もっとガタイのいいゴリゴリかと思ったのに」


 アンがにやにやしながら眺める。


「外面はな。中身は何を考えているか分からん。俺たちの仕事は、奴の正体を暴くことだ」


 そう言う班長の声が、少しだけ低くなる。


「つまり、警察に潜り込んでるってこと?」


 あたしの問いに、班長が静かに頷く。


「レイラ、まずはお前の任務だ。この男が何者なのか、バックにどんな組織がいるのか慎重に探れ。ただ

し、もう警視だからな。派手な動きはできん」


「分かってる。あたしが自然に近づいて、情報を引き出すんでしょ」


「その通り。リュウジやトウリは目立ちすぎるし、アンは……」


「わかってるって。イケメンだからってすぐ食いついたりしないわよ。……つまみ食い程度なら別だけど」


「それが問題だ」


 そう言って、班長が高垣翔の情報がぎっしり詰まったデータを渡してくる。生年月日、身長、血液型、住所、本籍、家族構成、趣味、嗜好、予定、面会者リスト……全部、頭に叩き込む。


「了解。うん、全部覚えた」


「……あんたの脳、どうなってんのよ」


 アンが呆れたように笑いながら、あたしの頭をぽんぽんと叩いた。


「じゃあ、頼んだぞ。解散!」


 班長の号令でみんなが立ち上がる。


 部屋を出ようとしたとき、リュウさんに制服の袖をそっと掴まれた。


「ん? 何?」


「あとで電話しろ」


 耳元で低く囁かれる。


「うん」


 あたしはにっこり笑って、頷いた。



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