ep33
エイジは、リュウジに初めて出会った頃のことを思い返していた。
当時、彼は生活安全課の許認可係に所属していた。リュウジという少年の名前は、日々少年係から聞かされていた。暴力事件の常連で、警察に補導されることもしばしばあったからだ。
しかし調べてみると、リュウジの暴力には背景があった。ナンパに困っていた女性を助けるためにチンピラを瀕死に追いやったり、10対1の喧嘩に加勢して10人を病院送りにしたり――本人は語らなかったが、どうやらそういった「義憤」からの行動が多かったようだった。
そんなリュウジとエイジが初めて顔を合わせたのは、警察署内の署内の廊下だった。リュウジが17歳の時、また喧嘩騒ぎを起こして補導されてきたときのことだ。
「松島さん、この子の調書、お願いできますか? 俺、現場に出なきゃならないんですよ」
そう言って、少年係の同僚がエイジにリュウジを引き渡した。リュウジは黙ったままエイジを睨みつける。
「ああ、分かった」
エイジはそう返事し、リュウジを取調室へと連れていった。
取調室に入ると、リュウジは無言のままドアを開け、スチール製の灰色の机の向こうにあるパイプ椅子へとドカリと腰を下ろした。
「もう慣れたものってわけか」
エイジは皮肉を込めて苦笑しつつ、彼の正面に腰を下ろした。
「それで?」
リュウジがトゲのある声で口を開いた。
「相手はお前が未成年とはいえ穏便には済ませないと言っている。何故殴った? 何度も補導されてるんだ。自分の立場くらい分かってるだろ? それに相手は弁護士だぞ。お前の境遇が不運だったとしても、過去は変えられない。大事なのは、これからどう生きるかだ。少しは賢く生きろ、トラブルばかり起こすな」
「説教なら聞き飽きた。俺が殴らなかったら、あのガキは死んでたんだ。少年院でも何でも好きにしろよ」
リュウジは冷たい視線でエイジを睨んだままだった。
事件は、ある家の窓ガラスを割って不法侵入し、家人に暴行を加えたというものだった。
今回の事件は、リュウジが他人の家の窓ガラスを割って、土足で侵入し家人に暴行を働いたというものだった。
あの家からしょっちゅう怒鳴り声が聞こえていたのは、近所の人たちも知っていた。
だが、怒鳴っていたのは弁護士の父親で、外では穏やかで評判も良く、子供も礼儀正しい少年だったため、誰も本当の事情に気づかなかった。怒鳴り声はしつけの範囲内だろうと誰もが思っていたらしい。
リュウジは偶然その家の前を通りかかり、怒鳴り声とすすり泣く声を耳にした。何気なく目を向けた窓の向こうで、男が幼い少年に馬乗りになって暴力をふるっているのが見えた。リュウジは、考えるより先に身体が動いていた。彼は素手で窓ガラスを割って家に入り、男を子供から引き剥がし、殴り倒した。驚いた子供は泣き叫んだ。
「お前のやったことは傷害罪に不法侵入。警察に通報するという手段もあっただろ」
エイジが諭すように言うと、
「通報したって、あんたらはあの弁護士に丸め込まれるだけだ。俺は、俺が正しいと思ったことをやったまでだ」
リュウジの鋭い目がエイジを射抜いた。その目を見た瞬間、エイジの中に何かがざわめいた。
当時のエイジは、警察の仕事と並行してTNTのメンバーとしても活動していた。だがある任務で仲間全員が命を落とし、生き残ったのはエイジひとりだった。
彼はその仲間たちの想いを背負い、TNTに残り生きると決めた。TNTでは、誰とでも組めるというものではない。信頼、能力、精神力が必要不可欠だった。
そして、エイジはリュウジに告げた。
「お前、俺の仲間にならないか?」
「……は? 正気かよ? 俺に仲間になれって? 頭おかしいんじゃねえの」
リュウジはぶっきらぼうに言い放った。エイジは、自分が警察とは別に任務を行っていること、詳細は話せないが重要な仕事であることを説明した。
「衣食住は保障する。給料も払う。お前ならやれると思った。どうだ?」
初対面だったが、エイジには確信があった。リュウジなら一緒にやってくれる――そう思わせる何かがあった。
だが、リュウジは鼻で笑った。
「衣食住の保障? 可哀想な子供を騙す気か。俺には見抜けるんだよ、そういう手口は」
「お前の正義感や腕っぷしをもっと別の形で活かせよ。可哀想なんて……」
「黙れ。どうせ“仲間になれそうな奴を探してるだけだろ。都合が悪くなったら切り捨てられるに決まってる。俺は誰かの指図で動くような正義感なんて持ってねぇよ。それより、あのガキをちゃんと保護してやれ。俺のいた施設でもどこでもいい。二度と親父に会わせるな」
リュウジはそう言い放ち、口を閉ざした。
それでもエイジは諦めなかった。弁護士に対しては、児童虐待の事実を公表すると圧力をかけ、子供を施設に保護した。世間体を気にした弁護士はリュウジを「更生の余地がある未成年」として寛大な処分を求める声明を出した。事件は不問とされ、リュウジは救われた。




