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ep31

「トウリ、やめて……お願い、もうやめて!」


「やめるわけないだろ。きみたち全員を始末するまではね」


 トウリは冷たい目で、あたしに銃を向けてきた。黒く、重たい銃口。その先に、あたしの命がある。その瞬間、10年前の惨劇がフラッシュバックした。武装した彼が、家族を、仲間たちを襲っているあの場面——。


「あたし、あなたを許さない。あたしの家族を、仲間を殺したあなただけは絶対に許さない」


 あたしはコンバットマグナムを構えた。でもトウリは、構えもせず笑っていた。


「俺を殺すか? 復讐だって? レイラの腕なら簡単にできるさ。いいよ、撃ってみなよ」


 じりじりと近づいてくるトウリ。あたしの心が揺れる。


「戦争は終わらない、テロも止まらない……昔、きみが言った言葉を覚えてるかい? 俺は答えたはずだよ。『俺たちじゃ、どうすることもできないよ』って。……今のきみなら、分かるだろ。俺の父親を簡単に殺した今のきみなら」


 その隙だった。トウリがあたしの銃を蹴り上げ、あたしは完全に無防備になった。


「リュウジじゃ、レイラを始末できない。あいつは甘すぎた。期待外れだったな」


 あたしは、ジャケットの下のエアウエィトに手を伸ばした。けれど——そこには、もう銃はなかった。

 その時だった。


 銃声。乾いた音が再び響いた。倒れたはずのカイルが、あたしのエアウエィトでトウリを撃ったのだ。


 トウリが崩れ落ちる。もう動かない。


「何があったんだ!」


 ショウが駆けつけ、倒れるカイルとトウリ、そしてあたしを見比べていた。カイルは苦しそうに肩で息をしている。トウリは、息も絶え絶えにあたしに何か伝えてきた。


「トウリ、何?」


 以前は一緒に戦った仲間だ。彼の言葉を聞こうと、近寄って屈んだ。


「レイラ……お前の復讐が……叶って良かったな……でも忘れるな……お前は……人間じゃない……存在してはいけない……赦されざるモノだ……お前たちは……多くの犠牲の上に……」


 言い終えることなく、トウリは静かに目を閉じた。あたしは赦されざるモノ。どんな罵声よりも心に刺さった。


「カイル! しっかりしろ!」


 ショウの声で我に返り、振り向くとカイルも虫の息だった。あたしもカイルに駆け寄る。


 カイルは必死に言葉を発していた。


「二人は……絶対に生き延びるんだ。……俺たちみんなの、最後の希望だから。ショウとレイラが……幸せに暮らすことが……俺たちの願いなんだ」


 カイルは手を伸ばし、ショウがその手を握る。


「分かったよ。おじいちゃんおばあちゃんになるまで、ちゃんと生きてやる。だから、もう喋るな……」


「俺たちは……何のために産まれてきたんだろうな……二人が……証明してくれよ。俺たちが、必要だったって……」


「カイル、あなたは……大切な存在だよ。わたしにとっても、みんなにとっても」

 声が震える。


「ありがとう……あとは、頼んだよ……お二人さん」


 カイルは、静かに微笑んで、そして——息を引き取った。


 ショウが、彼の手を握りしめて泣いていた。涙が頬を伝い、カイルの身体の上に落ちる。



ショウが泣いている姿を見るのは二度目だった。


一度目は家族が殺された時。あたしの記憶が無くなる前。逃げて逃げて疲れ果て、眠ってしまったあたしは、すすり泣く声で目を覚ました。隣で眠っているはずのショウは、起き上がりすすり泣いていた。涙が頬を伝っている。そして、それは嗚咽へと変わった。


あたしはそっと起き上がり、彼を抱きしめた。それでも彼は泣いていた。あたしも一緒に泣きたかったけれど、もう涙は枯れ果てて、一滴も出なかった。


その翌日、あたしは記憶を無くした。きっと涙も出なくて、もう無くすものは記憶しかなかったんだと思う。


パトカーのサイレンが鳴り響きながら近づいている。


「とにかく逃げよう」


 カイルからそっと手を離し、ショウがあたしの目を見る。彼の目は真っ赤だった。あたしは何も言わず、黙って頷いた。


 ショウがカイルを抱きかかえ、車に乗せる。悲しんでいる暇なんてなかった。ここで捕まったのでは、意味がない。さっき彼に言われたのだ。


『二人は絶対に生き延びるんだ。俺たちみんなの最後の希望だから』と。

 

 あの別荘に戻ろうとショウは言った。


 あたしたちは車を飛ばして、別荘へと向かった。途中で車を乗り捨てて、ショウがカイルを抱きかかえて走った。あたしたちはずっと走り続けている気がした。気がつけば、ずっと。静かに立ち止まれる日は、いつか来るのだろうか。頭の片隅で思った。


 別荘に戻るとあたしたちは無言だった。カイルをソファに寝かせて毛布を掛けた。いつも彼が休んでいた場所だ。まるで眠っているような顔だった。不意に起き上がってくるような気がして、胸が苦しくなる。何のために産まれてきたのか証明してよ、と彼は言った。あたしたちは証明できるのだろうか。そんな保証はどこにもない。


「あたしたちは仇を撃てたのかな。あの人たちが死んで」


 ポツリと呟くと、ショウがあたしの顔をジッと見た。


「僕らにとっては仇を討つことが正義だったけれど、どうだろう。自分たちが正義だと思っていることが、相手の視点に立ってみると、違うものに映るからね。結局はそれがぶつかり合ってしまうだけのことなのかな」


「でも」と彼は少し黙りこむ。少しの沈黙の後、何かを思い詰めた表情で口を開く。


「僕の中からあんなに激しい怒りの感情が溢れてくるなんて、思わなかった。レイラが撃たなかったら、僕はあの人を殺していたと思う。それは僕が殺人兵器として作られたからなのかな」

寂しそうな顔で、弱弱しく微笑んだ。


「そんなことないよ。怒りは誰の中にもあるんだよ。ショウは殺人兵器なんかじゃないから。それはあたしが保証する」


 力強く言うと、彼は少しだけ明るい顔になった。


「ありがとう。そうだ、僕たちの最終目標は終わっていない。僕たちはどこまでも逃げ切る。それが僕たちの撃つべき仇だよね」


「それにしても、まさかトウリが長老の孫だったなんて」


 少なくともこの10年間、彼は優しかった。あたしはトウリを本当の仲間だと思っていた。でも、そう思っていたのはあたしだけで、彼はずっとあたしを憎んでいたんだ。存在そのものを憎んでいた。行き場のない想いが広がる。唇を噛みしめるあたし見て、ショウがそっと頭を撫でる。


「彼が僕らを恨む気持ちも分かるよ。結果的に母親を取られたわけだし。今考えれば、おかしなことだらけだった。僕はあの集落で、妊婦を見た事はなかった。僕に弟ができると聞いた時、母はしばらく入院したんだ。退院した時には赤ん坊を抱いていたけれど、お腹は一度も大きくならなかった。僕はそんなものだと思ったし、誰にも教えられなかったから、知る由はなかった」


 妹たちの事を思い出した。あの子たちもクローンだった。あの子たちは、何も知らないまま殺されたのだ。


「みんな、あたしたちをずっと騙していたんだよね。パパやママだと思っていたのに」


「でもね、レイラ。あの人たちは、作られた子供を育てていただけなんだよ。そして、あっさりと切り捨てた。あの人たちも被害者だよ。僕たちと一緒に襲われ、殺されたわけだし」


ショウは本当に優しい。トウリの気持ちを汲み、あたしたちを騙し続けたパパやママたちさえにも同情する。


「どんな事情があったとしても、襲われる前にあたしたちに正直に話したら、みんなで逃げることだって、できたかもしれない」


 きっぱりと言い切るあたしに、ショウは肩を竦めた。


 気まずい空気を紛らわすように、スマホをとりだし、起動させた。スマホの画面から流れるテレビのニュースに目をやる。


『指名手配犯、白兎レイラと高垣翔についての新たな情報です。二人は本日、元同僚を射殺しました。使用した拳銃が、白兎容疑者が持ち出したものと一致したとのことです。警察庁は由々しき事態として、全国各地で検問を行い、容疑者の行方を追っています。なお、同時刻付近で起きた火災については事件と無関係のようです』


 あたしたちは顔を見合わせた。


「カイルが撃った銃があたしの物だから仕方ないか」


「研究所の存在は極秘だから、あとのことはただの火災になっているね」


『次のニュースです。人気テーマパークの入場者数が、過去最高になりました』


小さな画面いっぱいに映るのは、幸せそうな人たちの姿。家族や恋人、友人たちと思い思いに楽しむ姿。この場所は昔、13歳のあたしたちが外の世界に出たら一緒に行きたいと言っていた場所だった。


 ニュースの内容が、まるで遠い世界で起こった出来事のような気がして、スマホの電源を切った。


ショウがそっとあたしを抱き寄せた。目を閉じると、ショウの唇があたしの唇に重なる。彼の腕はあたしの身体をしっかり受け止めて、揺るがない。


 あたしには彼がいる。ショウと穏やかに暮らしていけたらそれだけでいい。



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