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ep2

 その時、

「はいはい、いちゃつくのはそこまでよ」

乾いた声が響いた瞬間、空気が一変した。


小太りの男が振り向くと、そこには黒ずくめの男女3人――銃を手にした二人の男と一人の女が立っていた。

「な、なんだお前ら……強盗か? 金ならある! だから命だけは――」

男は震え声で叫びながら一歩後ずさった。


美女は、三人の侵入者に視線を移し、小さく溜息をついた。三人の男女はレイラの仲間、TNTのメンバー。そして、この男――政治家の息子――が、今回の保護対象だった。


「あんたさ、自分が何したのかわかってんの?」

黒ずくめの一人、大柄な男が鋭く睨みを利かせながら言った。彼の名はトウリ。力自慢の突撃役だ。


「こんな女に騙されるなんて、バッカじゃないの? 利用されてたって気づかなかったの?」

明るいブラウンの髪をまとめた女――アンが、呆れたように肩をすくめる。彼女もチームの一員で、毒舌と戦闘技術に定評がある。


「余計なことはいい。さっさと終わらせるぞ」

 低く鋭い声でそう言ったのは、黒髪の長身の男・リュウジ。10年前にレイラを保護した男だ。


その瞬間、美女が冷たい声を吐いた。

「どうやら邪魔が入ったみたいよ」

美女の一言で、バラバラと迷彩服を着た武装集団が現れ、銃を構える。

「き、きみは……俺を騙してたのか⁉」

小太りの男が美女に尋ねるが女は鼻で笑い、すっと距離を取ると、ワンピースの裾を捲って太ももに隠していたドロップレッグホルスターから拳銃を抜き取った。


「アンタは邪魔。あっちで寝てな!」

アンが男の腕をつかんで、作業台の裏に放り投げる。


「やっぱり武装しているね。こりゃ厄介だぞ」

トウリが指をポキポキと鳴らしながら前に出た。


『policía』『полиция』『警务人员?』

敵の中から飛び交う多国籍の警告が、唐突な銃声にかき消された。瞬く間に激しい銃撃戦が始まる。TNTのメンバー3人は四方へ散開した。


「セミオートをフルオートに改造してる! 気をつけて!」

裁断機の影に身を隠したトウリが叫ぶ。


「トカレフに、コルトパイソン……何この見本市! 完全にこっちが不利じゃん!」

作業台の陰から顔を出したアンが顔をしかめる。激しい銃声が室内に響き、銃弾が金属と壁を容赦なく穿った。


「応援呼んだほうが良くない!? この人数じゃ限界あるって!」

敵の銃を奪いながら、トウリが叫ぶ。


「立派な武器を持ったって、使いこなせなくちゃ意味がないんだよ」

リュウジは低く呟くと、飛び出してきた敵の一人に弾丸を撃ち込んだ。急所を撃たれた男は崩れ落ち、引き金にかけた指が無造作に銃を暴発させるが、その弾は天井に空しく吸い込まれた。


背後から迫る別の敵に、トウリは間髪入れず接近し、その首を一瞬で折る。アンは、ハニートラップを仕掛けていた女と至近距離で撃ち合いながらも、互角以上に渡り合っていた。


「……マズい、弾切れかよ!」

トウリの銃が空咳を立てる。咄嗟にサブを抜こうとするが、敵の方が一瞬早かった――その瞬間、

――ドンッ!

乾いた銃声。トウリを狙っていた敵の頭部が弾け、膝から崩れ落ちる。


「さすがリュウジ、頼りになるねぇ」

 トウリがにやりと笑う。


「くそっ…」

アンが肩を押さえながら物陰に滑り込んだ。彼女の眉間に痛みと怒りが滲んでいる。


「アン、傷の深さは?」

トウリが尋ねる。


「傷は大丈夫。筋肉をかすってるだけ……女は始末したよ。私はまだ動ける」

アンは片腕をだらりと下げたまま、歯を食いしばって立ち上がった。


辺り一面が火薬と鉄、そして血の匂いに満ちていた。


「これで終わりだ」

リュウジが最後の一人と思われる男に引き金を引いた、そのとき――


「リュウさん、危ない!」

物陰から撃ってきた男に向かって、レイラが一発。弾丸は正確に敵のこめかみに命中し、血飛沫を上げながら男は崩れ落ちた。男の放った銃弾はリュウジの頬を掠めたが、致命傷にはならなかった。


「助かった、レイラ」

リュウジは頬の血をぬぐいながら小さく礼を言う。


「遅いのよ、あんたも班長も!」

アンがレイラと、その隣にいつの間にか現れたTNTの班長・松島エイジを責めた。


「ゴメン」

「いやいや、俺は任務を果たしたぞ」

申し訳なさそうにするレイラとは対照的に、エイジは不服そうに肩をすくめる。実際彼は、機密情報の転送を阻止していた。


火薬と鉄の匂いが充満した空気の中、エイジはまっすぐ、工場奥の資材棚の陰へと歩み寄っていた。そこには、騒ぎの中で誰にも見られず身を潜めていた黒ずくめの男がいた。男の膝の上には開かれたノートパソコン、横には小型の通信装置。画面には国外リレーサーバーに接続中の文字が浮かんでいる。


「……ッ!?」

気配に気づいた男が顔を上げ、驚愕の色を浮かべる。

だが、もう遅い。

エイジの右手には、いつの間にか取り出されたサプレッサー付きの拳銃があった。


「指を動かすな。お前が何をしていたかは、全部ログで分かる」

エイジは冷ややかに言い放つ。目は一瞬も相手から逸らさない。


男の指が通信装置に触れかけた、その刹那——抑えられた小さな破裂音が響き、装置の中心が火花を散らして吹き飛んだ。


「この程度の通信システムで逃げ切れると思うな」

エイジの声は淡々としていたが、そこには明確な怒りと覚悟がにじんでいた。


男が慌てて逃げようとした瞬間、エイジはもう一発を身体に撃ち込んだ。男は呻き声と共に崩れ落ちて動かなくなった。


「まったく、国家機密の横流しとか勘弁してくれよ。この国はいったいどうなってるんだ?」

エイジが振り向くと、背後では、未だ銃撃戦が続いていた。


エイジの外見は一見してどこにでもいる普通の人そのものだった。

痩せ型の体躯に、ごくありふれた短めのストレートヘア。前髪は軽く額にかかる程度で、寝癖の名残がわずかに跳ねている。年相応の茶髪はやや伸び気味で、無造作に左右へ分けられていた。眠たげな目元は常に半開き。どこか余裕を感じさせるが、実践になったとたん、その瞳は静かに研ぎ澄まされる。過度に主張しない顔立ちに柔らかな表情が浮かぶこともあり、部下たちからは相談しやすい班長として信頼されていた。彼は的確な判断力と冷静な射撃支援で、常にチームの背中を守る存在だった。


「それで、このバカ息子はどうするの? 騙されたって分かったとたん、気絶するなんて情けない。彼女と心中覚悟で逃げようとか、そういう気概はないわけ?」

アンが倒れている男を冷ややかに見下ろす。映画さながらの銃撃戦を目の当たりにした彼は、衝撃のあまり気を失っていた。


「それはそれで厄介でしょ。こいつは絶対に傷つけるなって命令だし。このまま置いときゃ、誰か迎えに来るだろ」

トウリが冷たく言い捨てた。


工場の外では、舗装もされていない山道に不釣り合いな黒塗りの車が静かに現れた。五人の横を通り過ぎ、工場の前で止まる。


「来たな……あれが父親。政治家のセンセイさ」

 エイジが車から降りてきた男を指差す。男は数人の警察関係者らしき人物と共に、何も語らぬまま、工場内へと消えていった。


「この国の平和ボケ、いい加減にしてほしいわよ。なんで政治家ですら、こんなに危機感ないの!」


 吐き捨てるアンを見て、レイラがため息をつく。


「それにしても、いつまでこんなこと続くんだろ。世界のどこかで戦争が起きて、テロがあって、スパイがいてさ——」


「俺たちじゃ、どうすることもできないよ」


 トウリが慰めるようにレイラの肩を叩いた。アンは呆れ顔でレイラを見る。


「レイラ、あんた時々変なこと言うのよね。自分の国が攻められたら、地獄よ。戦争は終わらない。やられたらやり返す。攻められないように、先に手を打つ。スパイを送り込み、隙を突く——そういうものなの」


「ふぅん、そんなもんか」


「それにさ、あんたもさっき何人も撃ったでしょ。あいつらの仲間は今ごろ、私たちを殺すって誓ってるわよ。その繰り返しよ」


「おお、そっか」

 レイラがぽんと手を打つ。


「ホント、お子様」


「どうせ年齢不詳ですよーだ」


「おい、早く行くぞ。こんな所でぐずぐずしていて、誰かに見られたら厄介だ。すぐに別のチームが奴らの遺体を回収に来る」

 エイジ班長が声をかける。


「あれ? リュウさんは?」


「リュウジなら、もう先に行ったよ」

 レイラが辺りを見回すと、トウリがチョコバーを口にしながら答えた。彼はがっしりとした大柄な体格で、腕や首まわりには格闘の痕跡を刻んだ古傷が残る。短く刈り込んだ髪は見るからに硬そうで、目は大きく、相手を見据える視線には圧がある。だが、時折見せる笑顔は妙に人懐っこさがあった。


「トウリ。あんた、あれだけ血しぶき見た後で、よくそんなもん食べられるわね」

 アンがうんざりとした顔をする。


「リュウさん、待ってよ!」


 レイラは駆け出し、ずっと先を歩く黒髪の男に追いついた。リュウジはジッと前を見据えたまま、足を止めない。長身痩躯の彼はいつも全身から無駄のない鋭さを放っている。切れ長の目には冷たい光が宿り、眼差しひとつで周囲を黙らせるような、近寄りがたい空気を纏っていた。口数は少ないが、判断と射撃は常に正確。緊迫した場面では真っ先に標的を仕留めて周囲を制圧していた。


「ねぇ、リュウさん」


「戦争はなくならない」

 リュウジは低い声ではっきりと告げた。


「え?」

 レイラは歩きながら彼の顔を覗き込む。


 リュウジは視線をレイラに移動し、口を開いた。


「でも、なくす努力はするべきだ」

 彼女の頭にぽんと掌を載せる。


「あ、うん。そうだね」

 レイラは微笑んだ。

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