ep27
あたしたちを作った張本人はあの集落にいた人物。いつも優しく、みんなを見守っていたおじいちゃんだった。
「長老があたしたちを作り出した張本人? 集落の人々を殺した首謀者? でも、あの人は事件で死んだはず」
「あいつの本名は土宮達樹。クローン研究の第一人者。俺たちの仲間じゃない。ずっと集落で俺たちのことを監視していただけだ。そしてあいつは、絶対に生きている」
「直接会って、確かめるしかなさそうだね」
ショウの言葉にあたしは黙って頷く。
「じゃあ、明日にでもここを出よう。奴がいる場所は、この間までレイラが監禁されていた場所だよ」
あの場所は警察の施設ではなかったんだ。あたしは疑問を投げかける。
「もうあたしたちの仲間はいないのに、施設で何を研究しているの?」
「人間ほど感情を持たない、動物の遺伝子操作。あいつらは、俺たちのような動物を作りだそうとしているんだ」
険しい顔で、カイルは顔を顰めた。
深夜――ふと目が覚めた。
息を潜めるようにベッドから抜け出して、静かにドアを開ける。隣の部屋で眠るショウを起こさないように、そっと足音を忍ばせて廊下を歩き、階段を下りた。
キッチンに行き、水をコップに注いで一口。冷たい液体が喉を通って、ほんの少しだけ目が覚めた気がした。
ふと視線を向けると、キッチン横の部屋の隅にあるソファに、カイルが眠っているのが見えた。
二階にはちゃんと寝室があるのに、彼はいつもここで寝てるらしい。まるでこの場所を守るように。
規則的な寝息が夜の静けさに溶けていた。寝返りを打った拍子に、彼の肩から毛布がずり落ちそうになっている。
そっと近づき、落ちかけた毛布をそっと掛け直した。起こさないように、息を殺して。
生きていてくれてありがとう、って心の中で呟いた。
階段を上がる途中、ふと視線の先に、月明かりに照らされた人影が見えた。
誰? まさか、居場所がバレた? 一瞬、心が凍りつく。
でも――
よく目を凝らすと、それはショウだった。バルコニーにひとり立ち尽くしている。
「ショウ、びっくりしたじゃない」
声をかけながらバルコニーへ出る。夜風が頬を撫でて、背筋が少し震えた。
ショウは手すりにもたれながら、遠くの山裾の街の明かりをじっと見つめていた。
あの明かりの向こうには、普通の生活がある。温かな家族の食卓や、恋人たちの笑い声、友達同士の何気ないやりとり。
あたしには、もう手が届かない世界。
言葉もなく、隣に立った。風の音と、ショウの静かな吐息だけが聞こえる。
「月の軌道も、地球の軌道も、季節も生命も……自然のサイクルはすべて決まってる。僕たちは、それを逸脱してしまったのかもしれない」
ショウがぽつりとつぶやいた。
その言葉が、まるであたしの中の痛いところをそっと撫でるように響いた。
「あたしたちは、自然界に存在してはいけない生命体なのかな」
あたしも同じように空を見上げた。今日は満月。まんまるの月が、雲ひとつない空にぽっかり浮かんでいる。
きれいなはずなのに、胸がぎゅっと苦しくなった。
「自分たちで望んだわけじゃない。でも、殺人兵器として作られたなんて、皮肉だよね」
殺人兵器”――
穏やかなショウの雰囲気とはかけ離れている言葉だった。
「空って不思議だよね。どこまでも続いていて、見るたびに色が違って、景色が変わる」
「そうだね。満月の夜、新月に輝く星空、夕焼け、澄んだ青空、灰色の雲の空――」
ふと、ある色が浮かんだ。
「……群青の空」
「え?」
ショウがあたしを見る。聞き慣れない単語だったのか、少し驚いた顔をしていた。
「初めて出会った時、リュウさんが教えてくれたの。雨上がりの空がすごく綺麗で、その色は群青だって。深くて、澄んでいて、でもどこか切ない色」
ポケットから、あの青い石を取り出す。リュウさんからもらったラピスラズリ。
そっとショウに渡すと、彼は慎重に指で挟み、じっと見つめた。
「ラピスラズリ。確かこの石は、本質を見抜く力を持つって言われてるんだよね。持ち主に試練を与えるとも。……今の僕たちに、ぴったりだね」
「試練の先にあるのは、きっと楽園だよ」
そう言いながら、あたしは微笑んだ。心から、そうであってほしいと願った。
「リュウジくんは群青って感じがするな。強くて、冷静で、どこまでも真っすぐで」
ショウが石を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「じゃあショウは、茜色だよ」
「なんで?」
「優しくて、暖かくて、でもどこか寂しげで。切ない夕暮れの色」
ショウが少し困った顔をした。
その顔がなんだか愛しくて、笑ってしまいそうになった。
「ひとつ、聞いてもいい?」
「なに?」
「まだ、リュウジくんのこと、好き?」
一瞬だけ、時間が止まった気がした。けど、あたしは静かに答えた。
「好きだったよ。間違いなく。でも、今は違う」
「ごめん」
「謝らないで。聞きたくなる気持ち、わかるから」
「だって僕……いつまでも未練がましいっていうか」
言いかけて、彼はふと黙る。少しの間のあと、再び口を開いた。
「リュウジくんは、僕を殺さなかった」
「え?」
「彼の腕なら、あの距離で僕を仕留めるのは簡単だった。邪魔者である僕を排除して、レイラを手に入れることだってできた。でも……しなかった」
ショウの言葉に、あたしは黙って耳を傾けた。
「きっと彼も、レイラが悲しむのを見たくなかったんだ。きみの目の前で僕を殺せば、きっときみは絶望する。それを、彼は分かってた。だから僕は、できれば戦いたくない。リュウジくんとは、敵になりたくない」
「あたしも同じ。戦いたくないよ」
「だから、そうなる前に、すべてを終わらせよう」
その言葉に、力強く頷いた。
全国に張られた警察の検問をすり抜けて、あたしたちは出発した。
ショウが別荘を出るとき、突然、拳銃を取り出した。
「え、ショウ、それ……いつの間に?」
「カイルがくれたんだよ。あの研究所から盗んだものらしい。足もね、カイルの薬のおかげで治った」
そう言ってショウが軽くジャンプする。足の動きはもう、何の問題もなさそうだった。
「研究所にあった、遺伝子に作用する再生薬。試作品だけど、ちゃんと効果があったみたいだな。拳銃は……まぁ、いろいろなとこで拾ったり、交換したりして手に入れた」
ばつが悪そうな顔でカイルが言う。
「カイルと色々話していたら、お互い苦労したんだなぁって、よく分かったよ」
ショウが労うようにカイルの肩を叩く。カイルも「お互いよく頑張った」とショウの頭を撫でた。ショウが「そうだな」と言ってカイルの頬を引っ張ると、カイルも負けじとショウの耳を引っ張る。
カイルとショウを見ていると、まるで兄弟のように見えた。実際はカイルの方が年上らしいけれど、見た目の幼さから、集落にいた時、カイルが弟たちとふざけている様子によく似ていた。
「そうだ、ショウに聞いても、10年間何があったか教えてくれないんだよ。ねぇ、カイル、教えてよ」
「やだ、それは俺とショウのヒミツ」
「え~!」
ふたりして、いたずらっぽく笑った。
その笑顔に、少しだけ救われた気がした。
たとえこの先、何が待ち受けていたとしても。
あたしたちは、もう前に進むしかない。




