ep26
カイルの話は、あたしとショウにとって衝撃的なものだった。
「あたしたち、人間じゃなかったってこと? 先祖が放浪の民って話も全部嘘? あの人たち、パパやママも偽物だったの? なんで、どうしてみんな殺されたの?」
あたしは混乱しながらも、次々と質問を投げかけた。カイルが「まぁまぁ、落ち着いて」と、宥める。
「まさか、僕たちが生まれながらの殺人兵器だったなんてね」
ショウが苦笑いしながら肩をすくめた。
「クローンとして作られたあたしたちが邪魔になったから、処分されたってことだよね」
あたしの言葉に二人は無言で頷いた。
「あの島の中で生活していた子供たちはみんな、クローンだったのか。確かにみんな運動神経も頭も良かった。でも外見は似ていない。様々なところから集められた体細胞を使ったのかな」
顎に親指と人差し指を当てて、ショウが言う。
カイルは「そうだと思うよ」と頷いて続けた。
「世界中から集めた、様々な分野で優れた人の体細胞を元にしたんだと思う。ただ、問題は中身だ。知能、体力、あらゆる分野で秀でた人間を作るとなれば、遺伝子自体を操作する必要がある」
「たぶん、受精卵の段階でゲノム編集を行って、それをもとに核をコントロールしたんだろうね。まず初期胚――つまり受精後すぐの段階でゲノム編集が行われていたんだろう。CRISPR(狙った遺伝子だけを正確に切って修正できる、DNAの編集ツール)か、あるいはそれに類する精密なツールで、知能や身体能力、精神的耐性まで最適化されていた。で、その整えられた素体に、さらに選び抜かれた体細胞の核を移植する――。本来なら絶対に交差しないはずの操作を、意図的に重ねたんだ。倫理も、生物学の常識も無視して」
ショウが険しい顔で言うと、カイルが頷いた。
「俺もショウの意見に賛成。俺たちはただのクローンじゃない。ゲノム編集と核移植のハイブリッド。自然の摂理を二重にねじ曲げて、理想的な兵器を生み出したわけだ」
「世界中から優秀な遺伝子を集めて、それをパズルみたいに組み替えて、理想的な形に作り上げる。でも、それだけじゃない。人格を形作る核までも優秀な誰かから取ってきた。最高の素材に、最高の設計図。でもね、そう上手くいくものなの?」
あたしは尋ねる。
覚えているかい、僕らのいた集落には大きな病院があった。あの人口であの規模の病院はどう見ても不自然だ。上手くいかなかった事例の方がはるかに多かったことだよ」
ショウが重苦しい息を吐く。
「成長過程で殺された……」
「だろうね。あの日殺された仲間達よりもはるかに多い『仲間』が」
あたしの言葉を補うようにカイルがそう言い切ると、沈黙が包んだ。
「まぁ、俺もそれに近いもんがあるかも。実際、きみたちよりもはるかに年上だし。本当は先輩なんだよね。もっと敬意を払ってくれてもいいんだけど」
沈黙を和らげるように、カイルは肩をすくめて、からかうように笑った。彼は続ける。
「俺さ、成長が異常に遅いんだよ。っていうか、止まってんのかも。細胞のスイッチがさ、どっかでバグったらしくて、ずっと10代のまま。突然変異? うーん、たぶん加工ミスかな」
「それって、生まれつきってことなのか?」
ショウがわずかに眉をひそめた。
「んー、微妙。研究所にいた頃、言われたんだよね。『老化スイッチが壊れてる』って。テロメアとか、DNAの末端を守るアレが普通の人と違うとかなんとか。まぁ要するに、設計ミス。育たない個体ってわけ」
あたしは言葉を失ったまま、じっとカイルを見つめていた。カイルは目を伏せ、口元に苦笑を浮かべる。
「成長って、老化とセットなんだってさ。でも俺のはどっちも止まったまま。おかげで、時間がどれだけ経っても身体は変わらないし。便利だけど、なかなかキツイよ」
「大変だったんだね」
いろいろと辛いことがあったんだろうなと容易に想像できた。
「まぁ、慣れたけどな。俺みたいに成長しないように作られたクローンって、他にも存在したんだ。任務の都合とか、観察しやすくするためとか、いろいろ理由はあったらしい。俺はその中でも扱いに困ったヤツだったみたいでさ。島を出てから、ある日突然研究所の隔離室行き」
カイルは冗談めかして笑ったが、その目の奥に揺れる影を、あたしは見逃さなかった。
「あたし、ここに来るまであなたを疑っていたの。ごめんね」
「いいよ、気にするなって。俺なんか、ずっと疑い続けてここまで来たんだから。ショウとレイラのことは、逃げ出した仲間がいるって知っていたからさ。こっちから接触したんだけど。あの時は、突然あとをつけて悪かったな」
「いいって、気にするな」
ショウが微笑む。
「でもね、13歳になったあたしたちは、外の世界に行くでしょ。先に行ったお兄ちゃん、お姉ちゃんはどうなったの? 戻って来ないのは、みんな外の世界の暮らしが充実しているからだって、パパたちは言っていたけれど」
あたしの言葉を聞いて、カイルは溜息をついた。
「だいたい予想がつくだろ。国が迎えに来て外の世界に出ても、行きつく先は、研究所に押し込められて身体中を検査される毎日か、殺人兵器として訓練される毎日か。中には特別な病気に対して抗体を持つ奴もいたな。絶対に生き残るから、細菌テロに使えるだろうって」
「そんな……」
だから、さっき捕まってから、ずっと色々な検査をされていたのか。この10年で何がどう変化したか、念入りに調べられていたんだ。
「でも、逃げ出してからここまでよく生き延びたね。カイル、一人だったんだろう?」
ショウが優しい眼差しでカイルを見た。カイルは少し照れくさそうに頷く。
「ああ。俺は閉じ込められた研究所でこの陰謀を知った時、自殺したように細工して逃げ出した。ただ、その先、どうすることも出来なかった。集落が襲われたあの日、外の世界にいた仲間たちも一斉に殺されたんだ。何とか食い止めたかったけれど、一人で生きていくのが精いっぱいで……」
カイルはまた遠い目をした。一呼吸おいて彼は続けた。
「俺さ、彼女がいたんだ。お前達みたいに幼い頃からずっと一緒にいた奴でさ。でも、助けられなかった。彼女は身体能力が高かったから、俺とは別の場所で厳しい訓練を受けていたんだ。あの日、研究所を脱走して俺が助けに行った時にはすでにもう……」
「カイル……」
「辛かったね」
それだけ言ってあたし達は黙り込んだ。
「でもさ、怪我をしたショウを見て驚いたよ。誰にも見つからず助けることが出来て、良かった。二人に会えるなんて俺にもツキが巡ってきたかな。さて、自分たちの正体も知った事だし、これからどうするの? お二人さん」
あたしとショウは顔を見合わせた。
「あたしたちは誰から産まれたんだろう。あの人たちは両親じゃなかったんだよね」
幼い頃からずっと一緒だった両親は赤の他人。優しかったパパとママ。外の世界について色々と教えてくれた人。二人はあの集落で生まれ育ち、一度は外に出たけれど、大人になって戻って来たと言っていた。集落で結婚式をあげて、あたしが産まれたと教えてくれた。
でもあの話は全て嘘だった。
だって、あたしたちは親という概念を持たない存在だから。親なんて、最初からいない。あたしのDNAは、いろんな人の都合のいい部分をつぎはぎされてできた、理想的な遺伝子の模型なのだ。
「作った本人に聞いてみないか。俺もその機会をずっと伺っていたんだ」
険しいでカイルは言った。
「作った人を知っているの?」
あたしは驚きの声をあげる。
カイルから聞いた名前は、あたしがよく知っていた人だった。




