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ep21

あれが、初めて見た海だった。


そして思い出した。あの日、犯人の中にあたし達を逃がした人間がいたのだ。


「ねぇ、どうしてこんなことをするの? あたし達が何をしたの?」


犯人の一人と対峙した時、あたしは黒ずくめの人間に聞いた。何も知らないまま殺されることだけは嫌だった。隣にいたショウは黙ってあたしをかばうように前に立った。犯人の銃口はこちらに向けられていた。


しばらく黙っていた犯人は銃を下ろし、ゆっくりと口を開いた。低いけれど、よく通る声だった。


「このまま振り向かずただ走れ。島の突きあたりに崖がある。そこから飛び降りろ。運よく海に飛び込めたら助かるかもしれない。理由は俺も知らない。もしも生き延びたら自分で見つけろ。早く行け、5秒待ってやる。行かないと撃つ」


ショウに手を引かれ通り走り続けると、集落を囲む高い塀が粉々に壊されていていた。その先で二人を待ち受けていたのは、眼下に広がる海だった。本で読んだことはあるが、海を見たのは初めてだった。何処までも続く濃い青。目を凝らして視界に入ったのは、大小の島々。ここからどうやって逃げれば良いのか。


「泳いだことのない僕たちがいきなり泳ぐのは難しいな」


そう言ったあと、ショウは少し間を置いて続けた。


「でも、逃げなきゃならない」


あたしは眼下に広がる黒い波を見つめた。うねる波の音に足がすくむ。飲み込まれそうで、怖かった。


「大丈夫、僕たちならきっとできる。いいかい、飛び込んだらできるだけ水の中で潜ったまま遠くへ泳ごう。上から見つかるといけない」


あたしたちは固く手を握り合った。そして——飛んだ。

冷たい波が全身を叩き、視界が揺れる。ショウの手が離れる。それでも水面に顔を出さず、できるだけ島から離れた。ふいにむせるほど塩辛い水が口に入り、必死で手足を動かす。力を抜けば身体が浮くことに気づき、徐々に泳げるようになった。波をかき分け、全身の筋肉を使って、ようやく岸にたどり着いた。今思えば、常人では数分と持たない水の中、20分は潜っていたと思う。


「ほら、できたでしょ」


先に着いたショウが微笑み、あたしを引き上げてくれた。


「ここはたぶん瀬戸内海だよ。本で読んだことがある」


空が白み始めるころ。ショウが静かに言った。彼は続ける。


「この海には3000もの島がある。無人島もあれば、ほんの数メートルの小さな島もある。僕たちがいたのは、比較的大きな島のようだったね」



そして今、あたしたちは瀬戸内海の別の大きな島にいる。あの集落の島までは、あと少し。そこに戻るのは怖い。けれど、あの場所に行かなければ、何も始まらない。


「ねぇ、また泳ぐの?」

 

あたしが冗談めかして尋ねると、ショウは笑った。


「レイラが泳ぎ嫌いだから、やめておこうか」


あたしたちは金髪に染め、カラーコンタクトを入れ、大きなサングラスをかけて、怪しい外国人カップルのように装っていた。すれ違う人々がジロジロとこちらを見る。


「目立ちすぎじゃない?」


あたしがぼやくと、ショウはウィンクしながら言った。


「目立つ方が、案外バレないものだよ」


あたしたちはまず、定期船で一番近い島へ渡った。


「集落のあった島までは交通手段がない。夜になったらボートで向かおう。昼間は目立ちすぎる」


 夜まで時間をつぶそうと、観光客を装って人込みに紛れる。この島は自転車の聖地とかで、気候の良いこの時期は観光客が多い。島の周囲をサイクリストたちが、爽快に駆け抜けて行った。

島内を歩き回っていると、不意に気づいた。


「ねえ、あたしたち……つけられてるよね」


「ああ、そうだと思う」


姿は見えないのに、ずっと誰かの視線を感じる。ショウも同じだった。


「どうする? 路地に誘い込んで返り討ちにする?」


「相手の人数も武装も不明だ。騒ぎを起こすのは避けたい。まずは逃げよう。走れる?」


同時に駆け出す。背後からも足音が迫る。狭い路地を縫い、山道を抜け、トンネルを越えて、どうにか追手を振り切った。


行き着いたのは、人気のない工事現場だった。あたしたちは放置された土管の中に身を潜めた。


「警察に気づかれたかも」


「応援を呼ばれたら、島を脱出できなくなる。もう集落に戻るのは諦めて、場所を変えよう」


次の定期船で、近畿地方へ向かうことにした。




だが―――フェリー乗り場へ向かう途中、低くて聞き慣れた声が響いた。


「おい、待て。レイラ」


振り返ると、黒いスーツ姿の男――リュウさんがいた。


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