ep19
先輩に聞いた病院にも、住所が登録されている警察官舎にも、彼の姿はなかった。嫌な予感がする。
向かったのは、もうひとつの住所。チャイムを押しても、ノックしても反応はない。ふと外の電気メーターを見上げると、忙しなく動いていた。居留守なのは明らかだ。
こうなったら、ベランダから入ってやる——そう思った瞬間、控えめに玄関のドアが開いた。
「だから、ここに来ちゃいけないって言っただろ」
咎めるような口調で、ショウが顔をのぞかせた。
「刺されたって聞いて……とにかく、入れて」
あたしは半ば強引に部屋へと押し入った。中は以前にも増して殺風景だった。いや、ほとんど何もない。
「これ、どういうこと? ショウは犯人を知ってるんでしょ? だからあんなケガを——」
「ごめん。刺されたっていうのは嘘なんだ。レイラと顔を合わせたくなかったから……今日、返事をしなきゃって分かってたし」
気まずそうに言いながら、彼は腕を大げさに振ってみせた。
「そんな子供みたいな……。あたしがどれだけ心配したと思ってるの」
「心配してくれたんだ。……嬉しいよ」
「それより、昨日の返事を聞かせて」
あたしは核心に迫った。
「きみが共に戦いたいと言ってくれたのは嬉しかったよ。でもレイラを危険な目に遭わせるわけにはいかない。それに、きみの傍にいるのが辛い。だから仕事を辞めることにした。きみの前から姿を消すつもりだった」
やっぱり、そう来たか——。病院にも官舎にもいなかった時点で、彼があたしに黙っていなくなるつもりだったのは薄々感じていた。実際、もう少し訪れるのが遅ければ、彼はここから姿を消していたかもしれない。
「いなくなれば、僕のこともいずれ忘れるさ。リュウジくんと幸せになってほしい」
彼は曖昧な笑みを浮かべた。
あたしは真正面からショウを見据え、言葉を一気に吐き出した。
「あたし、全部捨てる覚悟をしてここに来たの。急に現れて、あたしの記憶を呼び起こして。ショウが刺されたって聞いて、気が気じゃなかった。あたしだって、大切な家族を奪ったやつらを絶対に許せない。ショウ、一人で戦うなんて絶対にさせない。だから、お願い。どこにも行かないで」
涙をにじませながら、ショウを睨みつけた。
「本当にそれでいいの?」
ショウが真顔で見つめる。
「あたしたちは、あの日、大切な人を失っている。同じ想いを抱えてるはずだよ。だから、一人で行かないで」
彼は優しくあたしを抱き寄せた。
「少しだけこうしてていいかな」
「あたし、班を辞める」
「リュウジくんには説明できるの?」
彼の胸の中でくぐもった声が聞こえた。あたしは顔を上げて彼を見つめた。彼はまた、曖昧な笑みを浮かべた。
「リュウさんには本当に感謝してる。でも許してもらおうとは思ってない。だから」
結局、リュウさんに何も告げず、姿を消すことを選んだ。自分でも卑怯だとわかっている。最後に見た彼の顔が、胸に重く残っていた。
一方その頃、警察本部は騒然としていた。
警務部の白兎レイラが職場放棄し、行方不明に。警備部管理官の高垣翔も、入院先から忽然と姿を消した。
ロッカーには、彼女のインカムと辞表だけが残されていた。警察から支給されていたエアウェイトとコンバットマグナムは持ち出されたままだった。
一部では、彼女が高垣翔を殺害し逃走したのではという憶測が飛び交った。しかし、防犯カメラには二人が並んで歩く姿がはっきり映っていた。
その事実は上層部に報告され、緊急配備が下された。
白兎レイラと高垣翔——二人は全国に指名手配された。




