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ep17

とりあえず家に帰ろうと、重い足取りで歩き出す。いつもの道なのに、今日はひどく遠く感じられた。


「レイラ」

背後から呼ばれた名前に振り向くと、トウリが立っていた。スーパーの袋を両手にぶら下げている。買い物帰りなのだろう。


「高垣翔の正体、分かった?」


あたしは首を横に振った。


「レイラ、俺も協力するよ。何でも言って。あいつ、あまりいい噂は聞かないし」


曖昧に「うん」と頷いた後、彼の持つ袋に目をやった。ずっしりとした量で、しかも全部食料品のようだった。


「トウリ、何人家族なの?」


「え? 一人暮らしだよ」

彼は不思議そうに首を傾げる。


「え、それを全部一人で食べるの? てっきり家族と住んでるのかと思った」


驚いたあたしの顔を見て、彼の笑顔がすっと曇った。


「俺、一人っ子なんだ。母さんは俺が十五のときに亡くなった。父親はいるけど……もう何年も口をきいてない」


トウリは短く息をついて、ぽつりと続けた。


「父さんは仕事一筋だった。母さんが弱っていたのに、気づこうともしなかった。見殺しにしたのも同然だよ」


スーパーの袋を握る彼の手が、わずかに震えていた。その想いの深さが、痛いほど伝わってくる。


「お父さんに会おうとは思わないの? 気持ちを伝えてみるとか。だって、家族でしょ?」


「家族だからって、何でも許されるわけじゃない。あの人のしたことは、絶対に許せない。母さんがどん

な状態だったか、知っていたのに」


彼の目がどこか遠くを見ていた。病気がちなお母さんに、無理をさせたってことだろうか。トウリの辛そうな顔を見て、あたしは思わず両手を合わせて、詫びた。


「ごめん。嫌なこと、思い出させちゃって」


トウリはかすかに微笑んで、首を横に振った。


「早く、レイラの記憶が戻るといいね。家族のことも思い出して、会えるといいね」


「うん」


今度はあたしが弱弱しく笑った。


トウリと別れて、また歩き出す。気持ちを整理できないまま、ただ足を動かしていた。


家族。あたしの家族は殺された。ショウは、たった一人で復讐しようとしている。あたしがリュウさんと別れて、班を抜ければ、一緒に戦えるのだろうか。

記憶が戻った今、犯人を見つけて罰を与えたい。

だが、それは班にいる限り、許されない。ここを去る? リュウさんに黙って?

アンだって、好きな人ができたときには彼を諦めたって言っていた。


もし今、あたしがショウと繋がっていると知れたら、みんなに疑われる。過去の話をしたところで、誰も信じないだろう。公になっていない事件。しかも、あたしはショウと恋人だった。


記憶を取り戻したあたしが、彼と一緒にいたいがために話を作って、班を抜けようとしていると思われるだろう。

頭の中を様々な思いが駆け巡る。殺された家族、仲間たち、孤独に戦おうとするショウ、そしてリュウさん――


やっぱり、リュウさんに話そう。正直に。

スマホを取り出し、リュウさんの番号を呼び出す。


『どうした』


「ちょっと会って話がしたいんだけど」


『話? 何の話だ』


「いや、あの、ちょっと一緒にゴハンでもって」


いきなり別れを切り出したら、リュウさんはどんな顔をするだろう。


『今日は無理だ。話があるなら班の部屋に来い。夜10時なら時間が取れる』


まだ警察本部にいるんだ――腕時計を見ると、午後8時。


「分かった。待ってる」


電話を切り、あたしは静かに息を吐いた。


午後10時。

班のドアが開き、リュウさんが入ってくる。今日は制服ではなく、黒のスーツ姿。上着を脱ぎ、ネクタイを緩める仕草に、疲れが滲んでいた。


「仕事、忙しいの?」


「ああ、班長からの件を深掘りしてる」


パイプ椅子に腰掛けながら、彼はそう言った。無人島の薬物製造のことだ。

リュウさんは真面目で、決して手を抜かない。そんな彼に、嘘をつくのが本当に辛い。


「何か分かったの?」


「島の場所は特定できた。所有者は偽名の外国人。元の持ち主は、海が気に入ったから別荘にしたいって言われて高額で売ったそうだ。今は島に入る手段を探してる」


あたしはもう、この任務に関われないかもしれない――そう思うと、胸にぽっかり穴が空いたようだった。


「あのさ、もしもあたしの記憶が戻って、記憶を失う前のあたしが、どうしてもやりたいことがあって、リュウさんと別れたいって言ったら、どうする?」


「レイラ、それは仮定の話か? それとも――」


話を遮られ、真剣な目で見つめられる。


「え……いや、仮定の話かな……」


「お前の話は、それだけか」


鋭い視線に射抜かれ、言葉が出てこない。


「いや、ええと、今日のリュウさん、ちょっと変だったから。あんなふうに本部で声かけてくるなんて、初めてだったから」


答えにならない言葉を口にすると、彼はそっと右手をあげ、指鉄砲を作った。銃口のように、それはあたしに向けられていた。


「もしも裏切ったら。それがお前でも、俺は許さない」


そう言って、リュウさんは背を向けて出て行った。その背中が、ひどく遠くに見えた。


――結局、本当のことは言えなかった。やっとの思いで立ち上がり、重い足取りであとを追うように廊下へ出た。


夜の本部は静まり返っていた。


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