ep16
数日後、あたしの足は自然とショウの官舎へと向かっていた。この時間、彼が家にいるのは分かっていた。
チャイムを鳴らすと、インターホンから「はい」と短い返事が返ってくる。
「高垣管理官、白兎です。少しお時間よろしいでしょうか。スケジュールの件で、ご確認いただきたいものがあって。申し訳ありません、家まで押しかけてしまって」
官舎の他の住人に怪しまれないよう、あくまで秘書としての口調を意識する。ショウはそんなあたしのぎこちない演技に苦笑しながら、ドアを開けた。
「どうぞ。話があるなら中で聞こう。ちょうど頼みたいファイリングもあったところなんだ」
招かれて部屋に入り、ソファに腰を下ろす。彼が差し出してくれたハーブティーに口をつけると、やわらかな香りに少しだけ緊張がほどけた。
「今日は、ちゃんと飲んでくれるんだね」
ショウがからかうように微笑む。
「あのときは、あなたがあまりにも怪しかったからよ。でも、今日は聞きたいことがあるの」
カップを置き、あたしは身を乗り出す。
「ショウはあの日、みんなを殺した奴らのこと、どこまで知ってるの?」
一瞬、彼の表情が曇る。
「その話はしないと決めたんだ。レイラには、幸せになってほしいからさ」
あたしはそっと手を伸ばし、彼の手を握りしめる。驚いたように見つめ返してくるその目を、まっすぐに見返す。
「あたしは一緒に戦いたい。大切な人たちを殺した犯人に復讐したい。お願い、教えて。敵のことを」
「レイラ……」
ショウは目を見開き、あたしの手を強く握り返した。
「それと」
唇を噛んで一息。
「あなたとは、仲間として一緒に戦いたい。でも、ごめん。気持ちには応えられない」
「そうか。分かったよ」
ショウは手をそっと離し、身を引いた。
「それでも、一緒に戦わせて。あなたの恋人にはなれないけど」
「レイラ。僕はきみが幸せなら、それでいい。でも無理に巻き込むつもりはない。もしかすると敵は、警察内部にいるかもしれない。そうなればきみは、二重スパイになる。第一、あのリュウジくんを欺けるとは、とても思えないよ」
——やっぱり、そこが問題か。
リュウさんを裏切れない以上、ショウは仲間にしてくれない。彼の言い分は分かる。たしかに、あたしが情報を漏らさない保証なんてないんだから。
黙り込んだあたしに、ショウがそっと距離を詰めてきた。
「僕の初恋は、レイラだった」
「は? 何の話?」
「もう一度、告白してみただけさ」
「ちょ、待って。それは——」
「できれば、このまま帰したくないとも思ってるよ」
「ちょっと、ショウ!」
詰め寄ってくる彼を、両手で慌てて押し返す。ショウは視線を逸らし、冗談めかした口調で言う。
「そうだな。僕もそろそろ誰か恋人でも作るかな。こう見えてモテるんだよ」
「いい加減にして」
あたしが睨むと、彼はどこか寂しそうに笑った。
「じゃあ、一つだけ教えてあげる」
シャツのポケットから写真を取り出し、差し出した。
「これは、あの事件の現場で拾ったものだ。実物は別の場所にある」
写っていたのは、見覚えのある八センチほどの金属だった。
「警察官の階級章……巡査長の」
ショウは静かに頷いた。
「集落には警察なんていなかった。僕は外の世界に出るまで警察官なんて見たことなかった。でも、これがあの場所にあったんだ」
確かにあの集落に警察官はいなかった。会った事もなかった。あたしが初めて会った警察官はリュウさんだ。それまで『けいさつかん』と言う単語すら知らなかったのだ。
「いつ見つけたの?」
「事件の後、レイラを探して戻ったときだ。家は壊され、血の跡が残っていた。でも、遺体だけは全て片付けられていた。ニュースにもならず、記録もない。誰も知らない事件っておかしいだろう?」
「じゃあ、あの日、襲撃に関わった中に警察官がいたってこと?」
「そう考えている。最初僕はこれが何か分からなかった。ある日、警察官の階級章だとわかったけれど、どうすることもできなかった。そしてしばらくしてから、僕は高垣翔という他人に成りすました。経歴をいろいろと詐称し、ハッキングをしたり身上データを改ざんしたりして、キャリアの警察官として警察内部に入ることが出来た。警察内部に入って色々調べたけれど、事件が存在していないんだ。多くの人間が一斉に惨殺されたというのにだよ。捜査もしない、ニュースにもならないっておかしいだろう? 階級章の識別番号も調べたけれど、該当者は誰もいなかった。いや、いたはずなのに、所持していた人間の形跡を消されていた。いたはずの人物が、この世からいなかったことにされていたんだ」
「その人が自ら証拠を消したの? まさか、今でも警察に?」
「そこまでは分からない。でも——」
「お願い、あたしにも手伝わせて」
強く訴えるが、ショウは首を横に振る。
「気持ちは受け取った。でも、少し考えさせて。明日は秘書の仕事、休みにして。ここにも来ないで。夜、僕から連絡する」
それだけ言って、あたしは半ば追い出されるように部屋を後にした。