ep15
こうして何度も呼び出されると、気が重くなる。
「高垣管理官の身辺調査と並行して、もう一つ、事件の協力要請が入った」
エイジ班長がホワイトボードに日本地図を貼りつけた。地図上の海に浮かぶ複数の島々には、赤い印が打たれている。どうやらショウの件ではなさそうだ。胸の奥が、少しだけ軽くなった。
「日本国内のどこかの無人島で、違法薬物の製造が行われている可能性がある。マトリと生安、それに捜査二課が合同で捜査中だ。製造場所はまだ特定できていないが、この印をつけた島々を一つずつ洗っている最中だ。背後にいる連中の身元や国籍も調査中。場合によっては、我々も応援に向かう」
班長が何枚かの写真を机に並べた。そこには、見慣れない植物の姿が写っている。
「これは……ケシの花。そしてこの実はアヘンの原料。この化合物がモルヒネになって、さらにヘロインへと精製される。こっちはカンナビス・サティヴァ・エル、大麻草。これはコカノキ、葉がコカインの原料だ」
リュウさんが写真を指しながら、静かに説明する。
「リュウジの言う通りだ。それに加えて、アンフェタミンやメタンフェタミンも製造されているという情報もある」
班長が言葉を継いだ。
「かなり厄介な連中が絡んでいそうだね。急いで製造場所を突き止めたほうがいい。もう、何か当たりはあるんでしょ」
トウリが息を吐きながら口を開く。
「おい、レイラ」
リュウさんの声で、はっと現実に引き戻された。
「あんた、聞いてた?」
アンが不審げな目でこちらを見てくる。
「え、あ、うん」
「レイラ、最近様子がおかしいぞ。前から頭痛がすると言っていただろう。一度、病院に行ったほうがいい。保険証関係はこっちで手配するから」
班長の目が心配を滲ませている。
「いや、えっと、頭痛は平気。いや、ただ……平和だなって思っただけ」
「この任務のどこが平和なのよ」
アンが呆れたように口を尖らせた。
「高垣管理官の件はどうなっている? 正体は掴めそうか」
班長が問いかけてくる。
「ああ……」
ぎこちなく口を開いた。言葉を慎重に選ぶ。
「あれはただの軽い男じゃないかな。今朝も受付の女の子に話しかけてたし。もう調査は打ち切っていいと思う」
「レイラがそんな簡単に手を引くなんて珍しいな。いつもしつこいくらい対象者を疑ってただろう」
メロンパンを頬張りながらトウリが訝しげに言う。
「そ、そうだね。やっぱり、もう少し調べてみるよ」
なんとか取り繕った。
「よし、今日は解散だ。レイラ、必ず病院に行けよ」
班長の視線が鋭く突き刺さる。
「はーい」と渋々頷いた。
みんなと別れた直後、廊下でリュウさんに呼び止められた。彼は顎で合図する。ついてこい、ということらしい。何か感づかれたのかもしれない。黙って後をついていく。
彼が立ち止まったのは、赤字で「書庫・関係者以外立ち入り禁止」と書かれた重厚なドアの前だった。リュウさんは慣れた手つきでパスコードを入力し、ロックを解除すると、あたしの手を取って中へと引き込み、ドアを閉めた。
その瞬間、背中が壁に押し付けられる。
リュウさんが目の前にいた。左腕を壁に付き、あたしの顔を包み込むように手を添える。その手がすべるように顎へと移動し、くいと持ち上げられる。視線が、彼の漆黒の瞳に絡め取られた。
「レイラ。わかってるな」
低く響く声が、耳の奥に残る。
「え……何? リュウさん、ちょっと変だよ」
思わず、とぼける。庁舎内でこんな風に接触されるのは初めてだ。彼は何か知っている。確信が胸を走る。
「俺たちを裏切れば、お前に残されるのは死だけだ。困ってることがあるなら、俺に話せ」
どうしよう。言うべきだろうか。でも、言ったところで彼に余計な負担をかけるだけだ。ここは乗り切るしかない。
「そんなの、わかってるよ。困ってなんかないってば。ほんとに、何もないの。どうしたの、リュウさん」
笑顔を作る。でも、そんな表情で彼をごまかせるはずがない。それでも。
「わかってるなら、いい。急に悪かったな」
彼はぽつりとつぶやき、すっと離れていった。
そして、書庫のドアが閉まる。
あたしはその場に崩れ落ちた。
リュウさんは、気づいている。いつもならストレートに聞いてくるはずなのに、今日に限って回りくどい言い方をするなんて彼らしくない。
やっぱり、あたしにはリュウさんを裏切れない。
それでも仲間を殺した奴らを、許すわけにはいかない。
どうすればいいんだろう。
ショウは、犯人を知っている。
聞き出さなきゃ。あたしは一人でも、仇を討ちたい。家族を殺した奴らは絶対に許せない。