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ep14

夕方、アンに声をかけられた。


「レイラ、ジム行かない? あんた最近疲れてるみたいだし。汗かいて、身体動かした方がスッキリするよ」


警察本部近くのジムは、仕事帰りの人たちでそれなりに賑わっていた。


あたしとアンはマシンを一通り使ってから、空いているベンチに腰を下ろした。


「ねえ、あんた髪の色変わったよね。出会ったときは真っ黒だったのに」


あたしのパパとママは黒髪だった。だから、自分の髪もずっと黒いものだと思ってた。

でも最近、髪の色素が少しずつ抜けてきて、今では見事な栗色だ。


「遺伝かなぁ。もしかしたら、クォーターとかだったりしてね」

アンがあたしの髪を一房、指に巻きつける。


あたしは祖父母に一度も会ったことがない。集落に長老はいたけど、あの人は違う。

長老は子どもたちの相手をしてくれる優しいおじいちゃんだった。彼も、あの日に殺された。

あの光景がよみがえり、思わず目を閉じる。


ママは昔、「うちは両家とも短命なの」って言ってたっけ。あたしが生まれる前に、みんな亡くなったって。

誰かからこの栗色の髪を受け継いだんだろうか? 会ったこともない祖父母のことを思い浮かべてみた。どんな顔? 目の色? 声は? でもなぜか、ショウの顔が浮かんでしまって、あたしは慌ててかき消した。


アンが不思議そうな目で、あたしの顔を見ている。

その視線に気づいて、あたしは慌てて話題を変えた。


「アンってさ、今までに班を出たいって思ったこと、ある?」


彼女は16歳からこの班にいる。あたしより2年早く入ったって、班長が言ってた。


「あるよ。一度だけね。入ってすぐ、好きな男ができたの。でもそいつ、いわくつきの対象者だったんだ。私も若かったからさ。いろいろあったのよ。班も簡単に抜けられないって分かってた。逃げたら殺されるって噂もあったし。私ね、班長に無理言って、仲間にしてもらっていたんだ。だから、色々悩んだけど諦めた」


 少しの間が空き、彼女は続けた。


「それで、私はこの手で好きな男を殺した」


遠くを見るような目をしたアンに、あたしは「大変だったね」と声をかけた。


「ねえ、レイラ。まさかとは思うけど、リュウジを裏切ったり、しないよね?」

アンが顔を近づけてくる。


「嫌だなぁ。そんなの、分かってるって。あたしにもリュウさんしかいないよ」


「高垣翔」


アンの口からその名前が出た瞬間、心臓が跳ねた。


「え?」


「レイラ、あんた、何か隠してること、ない? 」


TNTには掟がある。情報を漏らせば、裏切れば、容赦なく処分される。

対象者に情報を漏らしたり、仲間を裏切って逃げ出したり、TNTの存在を外部に漏らしたりすれば容赦なく殺される、と班長から教えられた。また、任務で死亡しても、事故や自殺に偽装されるとも言われた。どの任務にも公権力は一切関っていない、班はあくまでも私的もので、もしも存在が表に出たらならば、班長以下班員が勝手にやったこととして扱われるようだ。エイジ班長はあたしそれでも班に入るか確認した。


あたしは、もし記憶が戻っても、この班で生きていくつもりだった。

裏切れば殺される――そんなこと、百も承知だ。


「やだなぁ。あたし、みんなのこと裏切ったりしないよ」


「レイラ、これだけは言っておく。誰かを好きになるって、幸せなことばかりじゃない。それだけで、地獄の入り口にも立てるんだよ」


 あたしは思わず話題を変えた。


「それよりさ、アンには家族がいたんだよね?」


昔の記憶が戻ってから、家族のことをよく考えるようになった。優しかったパパとママ、そして二人の可愛い妹たち。


「いたよ。でも両親は犯罪に巻き込まれて殺されたの。家族三人で出かけた先でね。通り魔による無差別殺人ってやつ。私の両親は犯人にめった刺しにされて亡くなって、他にも大勢の人が怪我をした。引き取ってくれる親戚もいなくて、施設で育った。そこでリュウジに会ったんだ。あいつ、怖かったなぁ。他のみんなは多少、私に気を遣ってくれたけれど、リュウジには初対面で睨まれて。5歳年上で、無口で喧嘩が強くて、何考えてるのか全然分からなくて。今も変わらないけどね」


アンの苦笑につられて、あたしも少し笑った。


「アンは両親を殺したやつに、復讐したいとか思わないの? もし助けが必要なら、あたしも力を貸すよ。そいつが今どこにいて何をしているとか調べる? アンがこんなに辛い思いしたのに、どこかでのうのうと生きているんでしょ? アンの両親が受けた苦しさを身をもって知るべきだよ」


 両親を殺されたのなら、あたしと同じ気持ちじゃないかと思った。アンは『ああ』と言って遠くを見つめる。


「犯人はもう死刑になってこの世にいないんだ。でもね、なんかやりきれなくて。それでこの班に入った。あたしみたいな子ども、もう増やしたくないからね」


「両親のこと、覚えてる?」


「うん、写真も残ってるよ。こう見えても、一人っ子で大切に育てられた箱入り娘だったんだから。事件の時、両親は逃げ遅れた私を抱きかかえて、盾になってくれた。二人が私に覆いかぶさって守ってくれた。命が尽きても私を抱きしめた手を緩める事はなかったんだ。その感触は今でもはっきりと覚えているよ」


「そうなんだ……辛いことを思い出させてゴメンね」


「レイラのこと、あたしは妹みたいに思ってるよ。班長もトウリも、きっと同じ気持ち。私たち、家族みたいなもんでしょ?」


「家族か……ありがとう。アンは強いね。ほんと、そういうところ尊敬する」


こんなに辛いことがあったのに、前を向いて生きていくアンを尊敬した。アンは尊敬の眼差しで見ているあたしに向かって、照れくさそうに微笑んだ。と、思ったら少し意地の悪い笑みに変わった。


「まぁ、リュウジは家族っていうより、アレでしょ」


「アレって?」


「過保護すぎる旦那」


「ははは」


「ほら、噂をすれば」


アンが指さした先に、リュウさんの姿があった。思わぬ登場に、あたしは彼に歩み寄る。


「リュウさんも、トレーニング?」


「ああ」


それだけ言って、彼は黙々とマシンを動かし始めた。


「ね、やっぱりあいつ、興味ないフリして、いつもレイラのこと見てるよね。面白いからちょっかい出したくなるけど、やりすぎると本気でキレるからさ。めんどくさい奴だよ」


アンがいたずらっぽく笑った。



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