ep13
翌日から、あたしは何事もなかったようにショウの秘書として働いた。
けれど、彼が近づくたびに身体がこわばる。そんなあたしを見て、彼は小さく溜息をついた。
「ずいぶん嫌われちゃったみたいだね」
「ち、違うの、これは……」
「僕のこと、意識してる?」
嬉しそうな微笑みに、あたしはごまかすように答えた。
「どうしたらいいか、分からない」
「どうもしなくていいよ。昨日も言っただろ? レイラに会えただけで、僕はもう十分だ」
「でも――」
思わず言いかけて、口を噤んだ。せっかくあたしを見つけてくれたのに、こんな終わり方でいいのだろうかと――。
「ゴメン……」
「謝らないで。……さ、仕事しようか、秘書さん」
制服姿の彼を見つめながら、ふと疑問が浮かぶ。
「でも、どうやって警察に? しかも管理官って……」
あたしが警察官になれたのは、裏の支援があったから。でも、ショウは違う。
それに確か『高垣翔』は実在するとリュウさんが言っていた。母親も健在で、毛髪も本人と一致すると言っていた。ショウは一体どうやって、高垣翔に成りすましているのだろうか。同じ『ショウ』と言う名前、どこで見つけたんだろう。それよりも、本物の高垣翔さんはどうなったのだろう。ショウは今まで何をやってきたのだろう。
眉間に皺を寄せて考え込んでいると、あたしの考えを見通したようで、ショウはにやりと笑った。
「僕がこの10年、何もせずに生きてきたと思う? 外の世界を知らなかった僕が、ここまで来るのにいろんなことを経験してきたんだ」
その「いろんなこと」が何かを尋ねようとした時、
「思い出したくないから、その話は……やめておこうか」
彼の苦笑いが、どこか痛々しく感じられた。二人が顔を見合わせた時、ポケットに入っていたスマホが振動した。エイジ班長からの呼び出しだった。
あたしは重い足取りで部屋に向かい、指紋と網膜をスキャンしてドアを開けた。中にはすでにみんなが集まっている。あたしは平静を装って席に着いた。
「レイラ、あいつの正体、掴めたか?」
席に着いた途端、エイジ班長が静かに口を開いた。
あたしは言葉を選びながら、慎重に答える。
「女好きで、軽いノリの上司ってことだけ。あの人が何か大きな事件を起こすなんて、到底思えないなぁ。班長、あたし、もう秘書やめたい」
それは本心だった。これ以上、彼のそばにいたくない。
「レイラが弱音吐くなんて珍しいじゃない。ひどいセクハラでもされた? 私が代わってあげようか。あの坊や、ちょっと興味あるし」
「やめとけアン。お前が関わるとややこしくなる」
班長がすぐに釘を刺し、アンはむくれた顔を見せる。
「あいつは何かを企んでいる。写真の件はどうなったんだ」
リュウさんがあたしを見つめた。その目が何かを見透かしているようで、嫌な汗がにじむ。
「そ、そうだ。写真ね。えーっと……なんか、彼女の写真だったよ。それもたくさん。一人じゃなくて、いろんな子の写真をスクラップしてる感じ。だから、ただの女たらしなんじゃないかなって。でもさ、あたし、もう少し頑張ってみる。きっと、叩けば埃の出る身体だと思うし」
とにかく、頭に浮かんだ言葉を早口でまくしたてる。
「あんなのがいずれ組織のトップになるなんて、不安だな。尻尾を掴む前に、何か起きそうだ」
トウリがやれやれと首を振りながら、大袋のスナック菓子をもぐもぐと食べ始めた。
「あんたねぇ、いっつも食べてばっかり。やめなさいよ」
アンが呆れた顔で睨むと、班長が苦笑する。
「ほっとけ。こいつは、食べ物につられてここのコックになったんだ。厨房でも味見ばっかりしてるぞ」
「たしかに、食堂のコックって本部で一番トウリにぴったりな仕事かもね」
あたしはできるだけ自然に笑って、リュウさんに話しかけた。
「ああ、そうだな。こいつに警官は無理だ」
リュウさんは冷ややかな目でトウリを一瞥する。
「そんなことないよ。でもたしかに、コックの方が向いてるかな」
お菓子を口に放り込みながら、トウリは笑った。