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ep11

あの惨劇が、また脳裏をよぎった。


幼いころからあたしはよく押し入れの中で寝ていた。閉鎖された空間で頭まですっぽりと布団を被って眠ると、不思議と熟睡できたのだ。 


あの日——深夜、誰かの叫び声が遠くから聞こえた気がして、目を覚ました。最初に目に飛び込んできたのは、血に染まり倒れているパパの姿。次に視界に入ったのは、武器を手に家の中を歩き回る覆面姿の男たちだった。


 あたしは息を潜めて布団から抜け出し、物陰へと咄嗟に身を隠した。目の前で倒れるパパは、もう動かない。

隣で眠っていたはずの妹たちの姿も、どこにもなかった。あたしは、二人の妹とママを探し始めた。

 見つからないように、息を殺しながら部屋から部屋へと移動する。


 そしてキッチンで、彼女たちを見つけた。ママと妹たちは、血まみれで折り重なるように倒れていた。

心が悲鳴を上げる前に、本能のまま逃げ出した。


けれど、男の一人が私に気づき、追いかけてきた。


背後から銃声が響く。

何が起こっているのか、どうしてこんな目に遭うのか、わからなかった。

それでも、ただ走った。


隣の家からも、そのまた隣からも、叫び声と銃声が響いていた。


「レイラ、こっちだ」


聞き覚えのある声がして、気づけばその手に引かれていた。

ショウだった。


わたしたちは手を取り合い、何も分からないまま走り続けた。


「二人を追え!」という怒声が背後で飛び交い、銃声が空気を裂く。


住民が家から飛び出してきた瞬間、撃たれて目の前で崩れ落ちた。彼女は、一つ年下の友人だった。

助けられず、ただ涙を流しながら走るしかなかった。


これが夢なら、どうか早く覚めてほしいと、心から願いながら——


耳の奥で、あの日の叫び声が再び蘇る。

あたしは思わず耳を塞いだ。


ショウが静かに背中をさすってくれる。

記憶をたどりながら、あたしはゆっくりと言葉を紡いだ。


「逃げる途中で記憶を失ったあたしを、ショウはずっと支えてくれた。思い出したよ。何ヶ月も逃げ続けて、誰にも見つからない廃屋で、あたしたちはしばらく身を寄せ合って暮らしていた。ある日、あなたは雨の中、底をついた食料を探しに出かけた」


「そう。そして戻ったとき、レイラは忽然と姿を消していた」


ショウは深いため息をついて、続けた。


「その時、リュウさんに拾われたの。名前も覚えていなかったあたしを、彼は警察に連れて帰ってくれた」


「僕は必死でレイラを探した。だけど見つからなかった。まさか、レイラを連れ去ったのが警察関係者だったなんてね。警察内部に紛れ込んでいたキミを見つけるなんて、容易じゃなかったよ」


「でも、よく見つけたね」


「覚えてる? 僕たちがどんな関係だったか」


不安そうな目で、ショウがあたしを見つめた。


「恋人、だった」


——そう、あの惨劇が起こる数ヶ月前のこと。


13歳になったあたしたちは集落内の学校を卒業し、国が用意した外の世界に行く予定だった。


「外の世界って、わくわくするよね。でも、ショウも一緒だから安心できる」


「うん。僕もレイラが一緒だから心強いよ」


外に出たら最初に何を食べようか、有名なテーマパークにも行きたいねって、他愛もない話で笑い合っていた。


そんな時だった。ショウの表情がふいに真剣なものに変わる。


「突然だけど、笑わずに聞いてくれる?」


「え、なに? どうしたの、改まって」


きょとんとしたあたしに、ショウは口ごもりながらも、意を決したように肩に手を置いた。


「ずっと…レイラのことが好きだった。付き合って欲しい。レイラが18歳になったら結婚しよう」


「ちょっ、ショウ? なに急に…冗談でしょ?」


彼の手のひらは熱を帯びていた。その熱が、肩から胸へ、全身へと広がっていく。


「冗談なんかじゃない。僕は本気だ。それとも、僕のこと嫌い?」


ショウを好きか嫌いかなんて考えたこともなかった。幼い頃から気が付けばずっと一緒だったし、彼のいない生活は考えられなかった。外の世界に出ても一緒にいるだろうし、ずっと続くと思っていた。それが愛しているということなのだろうか。ふと疑問に思いショウに尋ねる。


「でもさ、愛するって心理学・生物学的にそれぞれ定義が違うと思うけれど、結局は脳内物質の放出量によるって。確かこの前、習ったよね」


 冷静に答えればショウが苦笑いする。


「レイラは僕を見ても、脳内物質のアドレナリン、ノルエピネフリン、ドーパミン、それから……まぁいいや。なんとも思わないの? 僕はレイラを見るたびに落ち着かない気持ちになっているって言うのに」 


「そうじゃないよ。あたしにはショウがいない世界なんて考えられないし」


「それって……」


「もう、返事は分かっているでしょ。こんなあたしだけど、これからもずっと、おじいちゃんおばあちゃんになるまで、よろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げると、ショウは破顔一笑した。


「良かった。もし断られたら、明日からどんな顔で会えばいいんだって思っていたんだ。僕が絶対に幸せにするからね。お姫様」


「もう、こういう時は『二人で幸せになろうね』じゃないの? あたしは王子様に守ってもらうタイプじゃないって、知っているくせに」


「そっか。そうだ、これつけてくれる? ぼくが作ったんだ」


 ショウはポケットから長方形の箱を出す。中にはネックレスが入っていた。シルバーのプレートには『Layla』と刻印されている。


「わぁ、ありがとう。すごく精巧につくられているね。でもどうしてあたしの名前だけなの? Laylaなんとかって、例えば『ずっと一緒に』とかあるじゃない? ペットみたいだよ」


「レイラに伝えたい言葉が多すぎて、収まらなかった」


「何それ」


ネックレスを身につけ、顔を見合わせて笑い合った。

あのときは、本当に幸せだった。

誰にも邪魔されず、ただ二人の時間を楽しんでいた。


誰も住んでいない家の隣にある古い倉庫。付き合い始めたものの何も知らない二人は、狭い空間で顔を寄せ合ってくすくす笑いあっていた。あたしはとても幸せだった。今まで感じたことのない、喜びだった。あたしの前で嬉しそうに微笑むショウが嬉しかった。

一緒に勉強をしたり、顔を寄せあったり。まだ十三歳。恋を知り始めたばかりの、ささやかな日々だった。


けれど、数週間後、あの悲劇がすべてを奪っていった。

家も、家族も、友達も、一夜のうちに消えた。


生き延びたあたしたちは、希望を胸に外の世界へ逃げた。初めて見た外の世界を彷徨った。

見た事もない建物、動く乗り物、全てに怯えて、ただひたすら逃げた。希望に満ちていた外の世界は、楽園ではなかった。外の世界にいる人たちは異質なものを見るようにあたし達を眺めていた。近づいてくる人が敵か味方かも分からず、声をかけられれば、ただひたすら逃げた。ただ生きたかった。生きなきゃいけないと思った。生きるために、ただ逃げた。


そして気が付けば、あたしは記憶を無くしていた。ある日、目覚めると、ショウの事すらも忘れてしまっていたのだ。

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