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ep10

「おや、見つかっちゃったかな」



ビクッと体が震えた。声の主は、高垣翔。

どうして――会議中じゃなかったの?


頭痛が激しくなり、思うように体が動かない。振り向きながら、なんとか声を絞り出す。


「どうして……これ……あたしだよね? どうして、あたしの写真がここにあるの……?」


写真に写っていたのは、10年前のあたしにそっくりな少女。

リュウさんに保護された頃に撮られた、あの写真によく似ていた。


「きみが僕の秘書になって、毎日一緒に過ごせば、何か思い出してくれるんじゃないかって……そんな淡い期待をしてたんだ。だけど、真実を告げるべきか、ずっと迷ってたよ。……レイラ」


あたしの名を呼ぶ彼の声は、穏やかで優しかった。

でも、言っている意味が分からない。


「……何を言ってるの?」


「きみも知ってるだろう? 僕たちには、人並み外れた能力がある。身体能力、頭脳、記憶力……それは、僕たちだけに受け継がれた血の力だ」


「……僕たち?」


あたしの問いに、彼は頷いた。


「そう。僕たちには、仲間がいたんだ」


そう言って彼が差し出したのは、40人位の人が笑顔で写っている集合写真の方だった。夫婦と思われる男女の間に子供が数人ずつ。それぞれが家族だろうか。全部で9組いた。写真の中央にいる優しそうなおじいちゃんの姿を見た時、あたしの中で言いようのない不安が押し寄せてきた。こころの深く沈みこんだところに手のようなものが押し入って来て、鷲掴みされているようだった。身体の奥で、不気味な何かがむくむくと肥大化していた。


「……これは?」


震える声で問うと、彼は静かに答えた。


「僕たちの家族の写真だよ」


彼の指が、一人ずつを丁寧に指し示す。


「これが、きみの家族。こっちが僕の家族。そしてこの長老が、集落のみんなをまとめていた人」


彼の語る過去は、信じがたいものでありながら、どこか懐かしさを伴って心に沁みてきた。


「昔、長老から聞いた話だと、僕達の祖先は全国を放浪する特殊な民だったらしいよ。ヨーロッパにいる、ロマみたいだったんじゃないかな。時代が移り変わっても、どこにも定住しない祖先を国が心配して、集落を与えたんだって。行く先々でひどい目に遭ったりしていたようだから。隔離されていたけれど、不自由はなかったよ。みんな家族だった。子供たちは一緒に学び、笑い合っていた」


まるで遠い昔の夢のような話。胸がざわつく。何かが、心の奥を強く揺さぶった。

でも、耳には入っても理解が追いつかない。あたしの中の何かが、それを受け入れるのを拒んでいる。


彼の表情が曇る。


「だけど、ある日――すべてが壊された。突如として襲撃者が集落を襲い、僕たちの家族を、仲間を、次々に殺したんだ。……無抵抗だったみんなを」


激しい頭痛に襲われた。

呼吸が浅くなり、動悸が速くなる。


「……そして、生き残ったのは、僕と、きみだけだった」


その言葉が、心の奥深くまで突き刺さった。

あたしの中で、何かが音を立てて崩れていく。

意識がふらつき、体が傾いたその時、彼の腕があたしをそっと支えた。


――そして、意識が、闇に落ちた。


――――――――――――――――――


あたしは、暗闇の中にいた。

ここはどこ? 私はだれ? わからない……。不安が押し寄せる。

けれど、温もりを感じた。優しく抱かれている。誰かが、守ってくれている。


「……ずっと見つけられなくて、ごめん」


耳元で、懐かしい声が囁く。


慈しみと愛しさに満ちた声。あたしは、この声を――知っている。


「無事で、よかった。やっと会えたね」


心の奥底で、誰かが答えた。


『あなたも無事で、よかった。あたしは、あなたが大好きだったのに……忘れてた。忘れてしまっていた……』

霧が晴れていく。

忘れかけていた記憶が、次々にフラッシュバックする。


燃える集落、逃げ惑う人々、銃声、叫び、鮮血。

そして、誰かが必死にあたしの手を握って走っていた。


「……ショウ、だよね」


うっすらと目を開けると、涙でぼやけた視界の向こうに、彼がいた。


あたしが知っている『彼』だった。幼い頃からずっと一緒だった彼。彼の名前は『ショウ』。あの頃より背も伸びて、逞しくなっている。見た目はずいぶんと変わったけれど、彼は紛れもなく『ショウ』だった。


「思い出したかい? 僕のことを」


 優しく問いかけられ、あたしは静かに頷いた。


子どもの頃、いつも隣にいてくれた彼。あたしの大切な人。


「きみは、あの惨劇を見て……記憶を失ってしまった。自分が誰なのかさえも、わからなくなるほどに」


ショウは苦笑しながら肩をすくめた。


その仕草も、あの頃と変わらない。


「……無事で、本当によかった」


あたしは彼の胸に顔を埋めた。あふれる涙がシャツを濡らしていく。


「思い出したなら、笑ってくれないかな」


ショウが顎に手を添え、あたしの顔を覗き込む。


「あたしたち、二人で……逃げたよね。どこまでも」


「そうだね。あの時、僕たちには逃げるしか選択肢がなかった。相手は……僕らの力じゃどうにもならなかった」


ショウの微笑みは、どこか切なげだった。



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