愛し子様と王女様
レイがルオーテの街に帰る日が決まった。
明後日には王都を出るということで、護衛としてケンとカークと一緒に今日は王城へ来ていた。
初めての友達であるレイがルオーテへ帰ると聞き、ジェフリーが落ち込んでしまったそうだ。
「レイ様はもう帰ってしまわれるのですか……」
ギルフォードの話では涙をこらえ、ジェフリーは悲しみに耐えていたらしい。
(ジェフリー君、なんて良い子!)
初めてできた大切な友達が、遠くへ行ってしまう。
王子として泣いたり叫んだりはしなかったけれど、だからこそショックの大きさが分かる。
心配した父ジェイクがギルフォードに頼み、帰宅前だが緊急案件としてレイが王城へ来ることになった……というわけなのだが、今日のレイは男の子に変装しジェフリーの下へ遊びに来ていた。
(男の子ならやっぱりわんぱくな遊びになるよねー)
今日の予定としては、元気になったジェフリーと庭に出たり忍者の下へ行ったり馬に乗ったりと、外に出て遊ぶ予定だ。
ということで、レイとしては外で遊ぶならやっぱり動きやすいように男の子の格好で! と安易に考えた結果だったのだが、愛し子の控室を覗きに来たらしいジェシカ王女はレイを見て怪訝な顔となった。
「ねえ、貴方誰なの? 愛し子様の従者か何か? 何故この部屋にいるの? 答えなさい」
部屋を覗きレイがソファーに座っている姿を見て愛し子がいないと判断したのだろう。
ジェシカ王女はレイを目掛けずんずんと進みそう声を掛けてきた。
(おおう、この子がジェシカ姫様かー、この世界の十二歳の女の子ってこんなに大人っぽいの? えっ……スタイルが私と全然違うんですけど! ジェシカ姫様、もうほぼ大人じゃん!)
ジェシカの女性らしい体つきと自分のすとんとした体つきを比べ、レイはショックで言葉が出ない。
同じ十二歳のはずなのに、隣に並んだら幼女と成女の差がある。
余りの衝撃に机に倒れこんだレイを見て、ジェシカが顔色を悪くする。
「べ、別に貴方を責めたわけじゃないの、怒っていないから大丈夫よ」
アンジェリカに似た顔つきで、髪の色は母親であるサブリナ妃のピンク色が混じったようなストロベリーブロンドでジェシカはとても美人だ。
きっとジェシカにはレイが幼い子に見えたのだろう、机に倒れたレイを心配そうに見て「大丈夫、大丈夫」と声を掛けてくれる。
彼女に悪意がないと分かっていたからレイもケンもカークもジェシカが部屋に入ってくることを気にしなかったけれど、ジェフリーが言っていた通りジェシカは優しい子で気遣いも出来る子のようだった。
「私は第一王女のジェシカよ、あなたのお名前は?」
小さな子に絵本でも読み聞かせるかのようにジェシカがレイに声を掛ける。
ケンとカークが地味に震えている気がするがレイはあえて気づかないふりをする。
「レイです、ジェシカ王女様、お目に掛かれて光栄です」
「まあ、貴方は小さいのにしっかりしているのね」
挨拶を返したレイを見て、ジェシカが笑顔を浮かべ頭を撫でてくれる。
ジェシカには一体レイがいくつに見えているのか……
多分だけど八歳よりも下な気がする。
レイはまた地味にショックを受けた。
「あのね、私、愛し子様に会いに来たのだけど……貴方、愛し子様って分かるかしら? 私と同じ年のとても可愛い女の子だって聞いたのだけど……」
ジェシカが部屋を見まわしとても可愛い女の子である愛し子様を探す。
控室に愛し子様がいないので、(もしかして部屋を間違えたかしら?)とでも思っていそうなジェシカの顔に、レイはまた少しショックを受けた。
「愛し子はここにいますよ。私でーす」
と小心者のレイが名乗れるはずがない。
多分ジェシカの中には確固たる愛し子像があるのだ。
今更自分が愛し子だと言ってジェシカをガッカリさせたくなかった。
ケンとカークも何と答えていいのか分からないのだろう。
レイを助けることもせず、必要のない護衛仕事に専念する為、視線を窓の外へ向けた。酷い。
(えー、どうしようかなぁ)
レイがどう答えようか悩んでいると、戸を叩く音がして「どうぞ」と答えれば、今度は護衛らしき男性と、メイドらしき女性が入ってきた。
「ジェシカ様、探しましたよ」
「愛し子様とはお約束がなければ会えません、さあ、お部屋に戻りましょう」
この二人もレイのことを愛し子だとは気づかなかったようだ。
部屋の中にいるレイとケンとカークを見てホッとし、ぺこりとお辞儀をした後、失礼しますと言って部屋へ入ってきた。
愛し子に失礼があってはならないけれど、護衛と小姓だけなら大丈夫、そう思ったようだ。
(くそっ、私はそんなに小さく見えるのか?)
ショックをまた受けたレイの横、大人っぽいジェシカが唇を尖らせ子供っぽい顔をする。
なんだかその仕草が妙に色っぽくて、自分にないものを持つジェシカに対しレイは勝手に敗北を感じていた。
「私だって愛し子様にお会いしたいわ、私だけがお会いしていないのよ」
「でしたら陛下にちゃんとお願いを致しましょう。勝手なことをしては失礼になりますよ」
「そんなこと分かっているわ。でもお父様は今とてもお忙しいし、愛し子様は近いうちにご自分のお屋敷に戻られてしまうのよ、今日を逃せばもう会えないかもしれないわ」
新国王となったジェラルドはとても忙しい。
ジェシカはそれを分かっていて、その上愛し子が帰ってしまうと聞いて強硬手段に出たようだ。
そこまでして何故会いたいのか。
ジェシカにはちゃんと理由がある気がした。
「ジェシカ様、ジェシカ様は何故愛し子に会いたいのですか?」
レイがジェシカに質問をすると、メイドと護衛から注意を受ける。
ジェシカ様の名を気軽に呼んではいけない、愛し子様には継承を付けなさいというお叱りだったが、ジェシカがそれを止める。
小さな子だから大目に見なさいと、王女様らしく彼らを注意するがレイの胸には大きな釘が刺さったような心境だ。
(ううう、小さな子……)
レイは王城最終日に大打撃を受けていた。
「貴方、レイと言ったわね」
「はい、レイです」
「フフフ、そう、レイ、私はね、愛し子様にお礼を言いたいの」
「お礼ですか?」
「そうよ、愛し子様のお陰でジェフリーの病気が治ったし、おばあさまと私たちの仲も取り持ってもらえたわ。それにお父様が無事国王陛下となれたし、愛し子様のお陰で皆が幸せになれたの、凄いでしょう?」
ニコリと微笑むジェシカ王女。
彼女は周りの皆の幸せを願う優しい女の子だ。
ラップ男に狙われていたけれど、こんな敏い子ならばきっと気づいていただろう。
それでもまっすぐ育っているのだ。
ジェラルドとサブリナの教育とジェシカ本人の努力の成果だとレイは思った。
「ジェシカ様、そのお言葉謹んで頂戴いたします」
「えっ?」
「さすが未来の女王陛下、お優しい心をお持ちですね」
「……いえ、私は女王になんて……」
顔を曇らせるジェシカを見て、レイはジュダスかギャイル侯爵あたりが何か吹き込んだのでは? と感じる。
そうでなければこんなに自信がある子が、女王になれないなんて思うわけがない。
あの一家の顔を思い出し、沸々と怒りがこみ上げてくるのを感じながら、レイはジェシカの手をそっと取った。
「ジェフリー殿下が言っていました、ジェフリー殿下はいつかジェシカ様が女王となった時にお手伝いがしたいのだと」
「ジェフリーが?」
「はい、ジェシカ様はお優しく勉強熱心でとても素敵な方だと聞きました。私もジェシカ様にお会いしてそう感じました。ジェシカ様は未来の女王に相応しい方です。どうぞ周りの言葉など気にせず自分の進みたい道を選んでください」
「レイ……」
メイドと護衛からの咳払いと小声の注意が聞こえたが、レイはジェシカの手を離さない。
点滴魔法で元気を注入する。
「レイ、有難う……私、なんだか貴方に元気と勇気をもらった気分よ」
レイに向け微笑むジェシカの笑顔はアンジェリカによく似て美しい。
元気になれたのはレイが内緒で点滴をしたからかもしれないし、勇気をもらえたのはジェフリーの言葉を伝えたからだろうけれど。
(元気と勇気って……私ってあんこの入ったパンのヒーロー的な感じなのか?)
勝手な妄想でレイがまた地味にショックを受けていると、ノックをしてジェフリーとジェイクが部屋に入ってきた。
「レイ様、こんにちはー」
二人はジェシカとレイが手を握り合っている姿を見て目を丸くする。
いつの間に知り合ったのか? という表情で、親子そっくりで笑えた。
「ジェシカ、君は愛し子様とお友達になったのかい?」
「ジェイク伯父様……?」
「ジェシカ姉さまもレイ様と遊ぶお約束をしていたのですか? 僕も仲間に入れて下さい」
「ジェフリー……遊ぶって……まさか……」
二人の言葉で敏いジェシカはレイが愛し子だと気が付いたようだ。
レイは紳士らしく立ち上がり、帽子を取って頭を下げる。
「ジェシカ王女、初めまして、愛し子のレイ・アルクです。お会いできましたこと嬉しく思います」
護衛とメイドが息をのみ、深く頭を下げる。
内緒にしていたレイが悪いので気にしなくてもいいのだが、二人の顔色は悪い。
「愛し子様、申し訳ありません! 知らないことだったとはいえ、私……」
部屋にレイと護衛役のケンとカークしかいない時点で、レイが愛し子だと気づくべきだったとジェシカは謝る。だけど男装をして愛し子らしくしていなかったのはレイだし、ショックのあまり否定できなかったのもレイだ、ジェシカは何も悪くない。レイは首を横に振った。
「ジェシカ様、気にしないでください。護衛の方もメイドの方も当然の行動です。私は怒ってなどいませんよ、大丈夫です」
「愛し子様……」
「それより私たちはもうお友達でしょう? さっきみたいにレイって気軽に呼んでください」
「ですが……」
「私、同じ年の女の子のお友達はジェシカ様が初めてなんです。だから仲良くしてくださると嬉しいです。ね、ジェシカ様、お願いします」
レイがお願いするとジェシカは少し頬を染め「はい」と頷いてくれた。
可愛さと美しさを兼ね備えたジェシカはとても魅力的だ。
きっと国民が憧れる女王様になるだろう。
「じゃあ、三人で遊びましょうか? どうします? 外で乗馬が良いかな? 室内で遊ぶならトランプとかウノとかジェンガもありますけど?」
「えっ? レイ、今、何と言ったの?」
「レイ様、僕の知らない遊びの名前です」
「ふふふ、じゃあ、全部やってみましょうか」
その後ジェシカ、ジェフリー、そして護衛やメイド、ジェイクも巻き込み皆で遊んだ。
ケンとカークも当然遊び仲間に入れてゲーム大会は大いに盛り上がり、レイとしては楽しい時間を過ごせて大満足だった。
年の近い友達も良いよね。
また王都に来よう。
二人に会いに来よう。
楽しい時間を終え、そう決意したレイだった。
「ジェシカ様、ジェフリー君、また一緒に遊びましょうね」
「ええ、是非。それとレイに手紙を書くわ、良いでしょう?」
「僕もレイ様に手紙を書きます! またお城にも遊びに来てくださいね!」
「勿の論だよ、絶対遊びに来るからね」
こうしてレイの王城最終日は楽しく幕を閉じた。
いろいろあった王都での生活も残りわずか。
レイの旅行の終わりが近づいていた。
こんばんは、夢子です。
この小説を見つけていただきありがとうございます。
またブクマ、評価、いいねなど、応援も有難うございます。
ジェシカは年齢よりも少し大人っぽいのでレイがショックを受けるのも仕方がないと思います。
レイはバカンスではなく指名依頼で王都に来ています。w




