うちの子になりますか?
ジュリエッタに別れを告げ第二厩舎へ行けば、そこにはレンタル用の馬達がいた。
遠出向きだと説明された馬はジュリエッタのように体躯がしっかりとしていて、レイのような子供でも乗れそうなポニーに似た小さくて可愛い馬もいた。それから重いものでも運べるようながっしりとした馬もいて、馬と言っても色んな種類がいるんだなとレイは感心した。
「今日は前に見た竜馬がいないね」
「へえ、今は貸し出しに竜馬いないんだすよ。どうしても売って欲しいという方がおって、先日お渡しすることになったんだす」
「ふーん、そうなのか……」
「へえ……」
ギルフォードやジェドの表情を見ていれば、強制されて竜馬を売ることになってしまったことが分かる。
ギルフォードは冷ややかな笑顔だし、ジェドは引きつった笑顔を浮かべている。
きっと面倒な貴族とか貴族とか貴族とかが無理を言ったのだろう。
異世界あるあるで面倒くささしかない。
絶対に自分はそんな輩に巻き込まれるのはごめんだ。
レイは尚更目立たないで生きていこうと決意をする。
「みんな、お仕事ご苦労様。林檎を上げるから今日も頑張ってね」
ジェドにお伺いをたて、第二厩舎にいる馬たちにも森で採れた美味しい林檎を配って行く。
『おいしー』
『もっと食べたーい』
『ちびっこありがとー』
喜ぶ馬たちの声を聴きながら、レイは「また遊びに来たときにあげるからね」と答えて見せた。
「坊ちゃんは馬に好かれる凄い子なんだなー」
「……うん……そう、とも見えるねー……」
暫くこの場に居る色んな馬たちをナデナデさせて貰い大満足した後は、遂に販売用の若い馬達がいる第三厩舎にレイは足を踏み入れた。
『りんご、りんごー』
『ぼくにもりんごちょうだーい』
第三厩舎に入るなり、馬たちから林檎を催促されるレイ。
ジェドにお伺いを掛ければ勿論林檎を上げてもいいと言われたので、一頭ずつ挨拶がてら配って行く。
「君も良かったら林檎をどうぞ」
リンゴ欲しさにレイに群がる馬たちとは違い、馬房隅で大人しくしている一頭の馬にレイは声を掛ける。レイの髪よりも深い黒色を持つ綺麗な黒馬だ。
もしかしてこの子は自分に似て引きこもり体質の馬なのだろうか、そんな思いで声を掛けてみたのだが、馬はレイを見て『ふんっ』と鼻であしらうだけで林檎に興味を示さない。ちょっとだけ反抗期の中学生男子のように見えてしまった。
「この子は何歳なんですか?」
「ああ、十六番は今丁度一歳になったところだすだ」
「ふーん、一歳なのに大きな子ですねー、座っているのにジュリエッタと変わらないぐらいに見えますよねー」
思春期らしい黒馬は、販売用なので名前ではなく十六番と呼ばれているらしい。
ツンツンしているけれど耳は正直で、レイ達が話す内容に聞き耳をたてているのかピコピコと耳が動いていて可愛い。それに黒い毛並みもとっても艶があり綺麗で触りたくなる。
レイの髪も黒いけれど十六番の黒色はまた違う色合いだった。
「こいつは竜馬の血が入っていて気性が荒いんで、人間を小馬鹿にしている所があんだすよ、だで中々買い手も見つからないんで困っているんだす、このままじゃー絞めるしかなくなるだすね」
「ふーん、そうなんだー」
ジェドの言葉に十六番の耳がちょっとだけしょんぼりと下がる。
買い手が見つからないイコール、人気がない馬だと考えたのだろう。
それに絞めるという言葉の意味も何となく理解しているのかもしれない。
無駄にプライドが高いぶん傷ついているのが分かり、そのツンデレぶりが可愛くってちょっとだけ笑いそうになった。
「十六番、葡萄あるけどいる?」
『……』
「じゃあ洋ナシは? うちの森で採れたからとっても甘いやつだよ?」
『……』
レイの声掛けで垂れていた耳がちょっとだけ回復して動き出す。
果物の名前を聞く度ピコピコと耳が動くので本当は食べたい気持ちがあるのだろう。
だけど施しは受けたくない、十六番の態度にはそんなものが見える気がした。
自分は食べ物になんか釣られないぞ!
そう言っているような姿を見て、レイは改めて可愛い子だなと感じていた。
「うーん……果物は嫌なのか、じゃあ人参もダメかな……うちの人参はめっちゃ美味しいって自慢なんだけどな~」
人参と聞きレイの近くにいるギルフォードの顔に苦々しいものが浮かぶが、十六番は初めてレイに視線を向けて来た。
これは人参好きだと言っているような物で、レイは空間庫から実物を取出し、パキッといい音を出して口に入れると十六番の目の前でもしゃもしゃと人参を食べてみた。
「うん、美味しい、ギルフォードさんとジェドさんも食べてみる?」
ジェドは「へえ」と頭を下げながら人参を受け取ると、パキッといい音を立ててレイのようにもしゃもしゃと食べ始めた。
「これは美味しいだすなー、家の馬のおやつに売って欲しいぐらいだすわ」
「ジェドさんになら売ってもいいよ、でもあんまり数が無いから月一ぐらいでいい?」
「へえ、それは勿論だす。でも本当に売って貰っていいだすか?」
「勿論だよ」
本当は空間庫にたっぷりと人参はあるが、販売を始めてしまえば毎回この街に来なくてはいけない仕事が増えるので月一にして貰う。それにお弁当屋さんを始めることが決まった今、どれだけ人参を使うか分からない。出来るだけ食料品は温存しておきたかった。
「……人参かぁ……」
ギルフォードは人参嫌いなのか、名を呼ぶだけで口に運ぼうとしない。
「ギルフォードさん、マヨネーズで食べてみる? 嫌いなものでも美味しく感じられると思うよ」
空間庫からマヨネーズを取出し、ギルフォードの人参に掛けてあげた。
白い見たことのないソースをかけられて、ギルフォードの顔は益々苦々しいものに変わった。
「良し、僕も男だ。食ってやる!」
そこまで気合を入れることではないけれど、ギルフォードはレイの人参を勢い良く食べだした。
パキッ、ポリポリポリ、むしゃむしゃむしゃ。
いい音とともにギルフォードの青い瞳が見開かれ、無言のまま人参を食べ続ける。
「えっ? なにこの人参……めっちゃ美味しいんだけど……」
でしょうでしょうそうでしょう。
レイは自慢げに頷く。
「それにこの白いソース……凄く美味しい……」
マヨネーズも出来立てですからね。
作ったら即空間庫が基本ですからね。
当然ですよ。
レイが鼻高々に頷いていると、十六番がのっそりと近づいて来た。
「十六番も人参食べる? 美味しいよ」
『……』
無言のまま頷く十六番。
レイは人参を手のひらに乗せ、十六番に差し出した。
かぷっ、もしゃもしゃもしゃ。
『うまいうまい美味い! 人参美味い!』
首を大きく振り、美味しいと連呼する十六番。
急に素直になった姿が可愛くって、レイはこの子と家族になりたいと直感的にそう思った。
「十六番、私はレイ。良かったらうちの子にならない?」
『……人参、毎日くれる?』
態度の割には可愛い声がレイの脳内に響いてくる。
十六番は体は大きいけれど、まだ子供なのかもしれない。
「うちの子になったら人参でも、葡萄でも、洋梨でも、林檎でも、十六番の好きなものは何でも食べさせてあげるよ」
『……じゃあ、レイの家の子になる……』
「本当に? 十六番、ありがとう!」
十六番の首元にぎゅっと抱き着けば、『ふんっ』 と鼻であしらうような声が聞こえ笑ってしまう。
(馬も照れるんだね、面白いなー)
十六番のツンデレな可愛さに、愛着が湧く。
「えー……僕、何の役にも立ってないじゃん……」
抱き合い愛情を確かめ合うレイと十六番の横、ギルフォードのそんなボヤキが聞こえ、レイとジェドは顔を見合わせ笑ったのだった。
こんにちは、夢子です。
ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。
間もなくレイの家に向かいます。




