馬が見たいんです
「ギルフォードさん、私、自分用の馬が欲しいんですけど」
「馬! 馬だね! 良ーし、任せといて、僕の馬を預けている馬屋を紹介するよ!」
ペットが欲しいと強請ったレイに紹介できなかったからか、それともレイがあからさまにガッカリし大きなため息を吐いたからか、指導係であるギルフォードが握り拳を作り気合を入れる。
暑苦しい人間は苦手なレイだが、A級冒険者の紹介ならばきっといい馬を紹介してもらえるだろうと喜びが勝つ。
そんなレイの期待が伝わったのか、繋いだギルフォードの手にもグッと力が入った気がした。
「よし、ギルフォードさん、お馬屋さんまでお願いします、レッツラゴーですよ!」
「へっ? 何だって?」
「良いから早く行きましょう、で、お馬屋さんはどっちですか? こっち?」
「えっ? あ、うん、こっちこっち」
ギルフォードと手を繋いだまま、馬屋を目指す。
ギルフォードはこの街の冒険者だけあって街に詳しく、危険な場所や、冒険者が良く使う宿屋や食事処を歩きながら教えてくれた。
「馬屋の前にお昼を食べるかい?」
ギルフォードにそう声を掛けられたがレイは高速で首を横に振った。
紹介された食事処があまりにも汚くて、街で食事をしてみたいと思っていた気持ちが一瞬で消えたからだ。
それに冒険者が良く使う宿屋もお世辞にも綺麗とは言えなくて、綺麗好きなレイとしては「ごめんなさい」と言って右回れしたくなるほど恐ろしい建物だった。
(異世界あるあるをなめてたよー、こんなに不衛生だなんて思わないじゃん!)
それに道端には馬や家畜の糞だけでなく、人間のものと思われるブツも落ちていて気分が悪い。
(街の見学もなんか嫌になって来たな……オシャレな洋服は欲しいけど……)
しょんぼり気味なレイをギルフォードが慰める。
「大丈夫、レイには僕が付いてるから絶対に冒険者としてやっていけるよ」
「……ありがとうございます……」
どうやら食事処や宿屋を見たレイが冒険者としてやっていけるか不安になったとギルフォードは勘違いしたようだ。
まあある意味間違いではない。
レイは汚い世界でやっていけるか不安だからだ。
「レイ、僕になんでも相談していいからね、遠慮はいらないよ」
「……はい……」
どうやら指導係というのは建前ではなく本当のようで、ギルフォードはこの後も真面目に仕事を受ける理由とか、時間に遅れないようにとか、身だしなみは最低限整えるようにとか、絶対必要な持ち物とか、そんな事も細かく教えてくれて、有り難かった。
(ギルフォードさんて見た目こんなだけど、中身は世話焼きおばさんっぽいのかも……)
そんなことを考えているとギルフォードお勧めの馬屋に着いた。
「さあ、ここが僕の馬を預けてい居る馬屋【オブリ馬屋】だよ、この街一番の馬屋だと僕が太鼓判を押すよ」
「うわー! 凄い、ドッグランみたいだー、馬屋って広いんですねー」
「ん? んん? どっぐ? え、なんだって?」
ギルフォードはドッグランの意味が伝わらなかった様で困惑気味のを笑顔を浮かべている。
そこは純粋子供スマイルで誤魔化し「ギルフォードさん、早くいきましょう」とレイは馬屋への案内をお願いする。
「あ、ああ、うん、そうだね。おーい、ジェドいるかい?」
「へい、今いきやーす!」
ギルフォードが店の入口に入って声をかければ、店の奥からレイと同じ鳥打帽を被った白髪交じりのおじさんが出て来た。
短い鼻髭にオーバーオール姿。まさに馬屋のおやじ風な男性を見てレイの心が浮足立つ。
「これはこれはギルフォード様、ジュリエッタを走らせに来たんですかい?」
ギルフォードを見てジェドと呼ばれたおじさんがニカッと笑う。
ジュリエッタとはどうやらギルフォードの愛馬のようで、その名を聞いた瞬間ギルフォードの顔が蕩けたようなものに変わる。
「うん、ジュリーに会いに来たのもあるけれど、この子が馬を買いたいって言っててね」
「レイ・アルクと申します。どうぞお見知りおきを」
「こりゃあご丁寧な挨拶をどーも、オブリ馬屋の店主ジェド・オブリだす」
ジェドはレイのような子供にもきちんと頭を下げてくれた。
街一番の馬屋を経営するだけあって色々と心得ているようだ。
きっと年齢関係なく、金を払う人は皆客だとして見てくれているのだろう。
久しぶりに大人扱いされているようで、レイはちょっと嬉しくなる。
「んで、ギルフォード様、こちらのぼっちゃんにどんな馬をお探しで、今仔馬は二頭しかいないんですが」
レイとギルフォードを見ながらジェドが質問をする。
購入するのはレイだけど、馬に詳しのはギルフォードだ。
それにギルフォードは冒険者としての指導係でもある。
なのでレイに合う馬を見繕うのはギルフォードだとジェドには分かったのだろう。レイに視線を送りながらもギルフォードと話しを始めた。
「うん、この子の自宅から街まで通うのに馬を使いたいようなんだよ。だから若い子じゃなくても大丈夫。それより子供のレイでも乗れる、性格が大人しい子が良いかもしれないな」
取りあえず相性もあるし、馬を見てみようとのギルフォードの声掛けで厩舎に向かう。
先ずはギルフォードの愛馬ジュリエッタを紹介してくれるという事で、ワクワクしながら第一厩舎に向かった。
「ここが第一厩舎だす」
第一厩舎は預かり専用の厩舎のようで、一角一角に番号が振ってあり、かなりの数頭を預かれるようになっている。今現在空いている馬房の区画は半分ぐらいあった。
「ジュリー」
ギルフォードが美しい毛並みの白馬に声を掛けると、声の主が主だと分かったのか「ヒヒーン」とジュリエッタが鳴いた。
ギルフォードが相好を崩しジュリエッタに近づき体を摩る。
ジュリエッタも甘えるようにギルフォードにすりすりと体を寄せ好意を表す。
理想的な主従関係を築く二人を見て、レイも馬を迎え入れたらこんな関係になりたいなとそう思った。
「ジュリー、僕の教え子となったレイだよ。仲良くしてあげてね」
「ジュリエッタさん、レイです、宜しくお願いします」
レイはペコリと頭を下げ、ジュリエッタの傍へと近づく。
けれどジュリエッタから許可があるまでは体には触らない。
馬はとてもデリケートな生き物だとじっちゃんから聞いている。
なので初めて会うレイに対し警戒が取れるまでお触りは禁止だ。
「ジュリエッタさん、お近づきのしるしにこちらをどうぞ」
レイはギルフォードに確認し、森で採れたとっておきの林檎を空間庫から取出し、ジュリエッタに差し出した。
ふんふんと鼻息荒くレイの林檎を嗅ぐジュリエッタは懐っこくて可愛い。
毒林檎ではないと分かったからか、ギルフォードを一瞥してからがぶりと齧りついた。
『なにこの林檎ー! ちょー甘ーい!』
そんなジュリエッタの心の声が聞こえ、そうでしょうそうでしょうとレイは自慢げに頷く。
『貴女、ギルの番か何かなの? こんな美味しい林檎をくれたし認めてあげてもいいけど?』
認めてくれるのは嬉しいけれど、ギルフォードの番ではないとレイは首を横に振った。
良かったら葡萄や人参、洋梨などもありますよ、と空間庫から出し差し出せば、ジュリエッタはすりすりとレイに顔を寄せて来た。
『いいわ、貴女をギルフォードの相手として認めてあげる』
「有難うございます。ジュリエッタさん、これから仲良くしてくださいね」
『勿論よ、レイ、特別にジュリーって呼んでいいわよ』
「有難うございます、ジュリー」
許可がおりたのでジュリエッタの白く美しい体を撫でる。
つやつやとして体は触り心地がとても良く、丁寧に扱われていることが分る。
街一番の馬屋と言われるだけあって、ジェドは馬の扱いが完璧なようだ。
「……ねえ、レイ、君、もしかして馬と話せるの? テイマーじゃないよね?」
驚いたような顔でレイを見つめるギルフォードに「話せるわけ無いじゃないですか」と笑顔で答える。
「だよね、そうだよね? 当たり前だよね?」
ぶつぶつ呟き納得するギルフォード。
そうレイは動物と話せる訳ではない。なんとなく動物の言っている事が分かるだけなのだ。
面倒なことになるのは嫌なので当然正直に話すつもりはないけれど、色んな能力があって良かったと思うのはこういう瞬間だよねとレイは思うのだった。
こんにちは、夢子です。
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本日二話目です。




