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レイののんびり異世界生活~英雄や勇者は無理なので、お弁当屋さん始めます~  作者: 夢子


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★モーガンの願い

「モーガンさん、ギルド長がお呼びです」


「……」


 売店の仕事を普段通り順調に進めていたモーガンの下に、受付嬢であるエイリーンがやってきてそう声を掛けてきた。


 エドガーの呼び出し。

 エイリーンの無表情。


 その二つが重なったことでモーガンに嫌な予感が走る。


 これは絶対に厄介ごとだと、そう確信したモーガンは笑顔でエイリーンに向き合った。


「あー、ちょっと今忙しくてな、エイリーン、悪いが、少し時間をおいてからギルド長室に顔を出すよ」


「……」


 心の準備をさせてくれ。


 それがモーガンの心境だったが当然顔には出さず、今は商品の在庫確認の途中なんだ、とそんな意思表示をしながらエイリーンに手元にある紙を見せたのだが、それは通用しなかった。


「ギルド長が、今すぐ、速攻で来て欲しい、とのことです」


「……いや、だが……」


「売店に関することなので逃げられないと思いますよ、モーガンさん……」


「……」


 ロブに余計なことはしないように声を掛け、仕方なくモーガンはエドガーの下へ向かう。


 諦めの境地に近いが、諦めたくはない。


 祈る気持ちでギルド長の部屋の戸を叩けば、待ち構えていたエドガーが勢いよく扉を開けた。


「モーガン! よく来た、我が心の友よ!」


 大きな体でモーガンに抱き着くエドガーには不信感しかない。


 今度は何を聞かせられるんだ。


 そう思いながらも促されるまま椅子へと座る。



「実はな……」


「ああ、エイリーンがどっか行ったな、俺がお茶でも入れるか?」


「売店に置いて欲しい商品があってな……」


「ああ、そういえば、レイからもらった茶菓子があったんだが」


 どうにか話を先延ばしにしようと鞄に手を掛けたモーガンの手をエドガーが掴む。


 そして懇願するような目をモーガンに向け、あるものを渡してきた。


 黒いもふもふだ。


「なんだ? これは、鞄か? もしかしてブラッドベアーの毛皮で出来た鞄じゃないのか? おお、スゲーなあ、高級品じゃねーか」


 余りの手触りの良さについ鞄を撫でてしまう。


 珍しい形の鞄だがセンスがいい。


 黒の毛皮は艶があり、触り心地も最高だ。


 これなら欲しがる冒険者がいるだろうと、モーガンにはすぐに想像が出来た。


「売店に置くにはちょっと高価すぎる気もするが、まあ、いいんじゃないか」


 名匠の作品をこんな田舎のギルドにも置ける日が来たのかとちょっと嬉しさもある。


 いやもしかしたらこれは運がいいやつが出したダンジョンのドロップ品かも知れない。


 きっと置き場に困り売りに来たのだろう。


 モーガンは自分の中で想像し解決する。


 今回のエドガーからの話は思ったよりも普通の内容だった。


 もっと大事を吹っ掛けられるかと思った。


 そう覚悟していただけにモーガンはホッとする。


 またレイ関係のことだったら胃に穴が開きそうだったからだ。



「……モーガン、それは……魔法鞄だ……」


「……は?」


 いやいや待て待て、とモーガンは首を振り触っていた鞄をテーブルの上にそっと置いた。

 これが魔法鞄ならばただの鞄よりも値段は数倍、いや数十倍上がる。


 とてもじゃないがこんな田舎の売店に置けるものでは無い。

 それこそ護衛付きで高級魔道具店に置くべき品だろう。


 モーガンは知らず知らずのうちに胃を押さえ始めていた。


 嫌な予感的中だ!



「実はな、その鞄は、レイが作ったものでなー」


 だろうね!


 それしかないよね!


 もうここまで来たら供給元はレイしか考えられないよね!


 諦めたモーガンは無言のまま頷いた。


「もふもふして可愛い……子供にも合う鞄……それを目指して作ったらしい……魔法鞄だ」


「いやいやこんな高級鞄を持つ子供って、貴族でもいないだろうがっ!」


 モーガンの突っ込みを聞いてもエドガーは身動き一つしない。


 表情筋も何もかもそのまま、ただジッと鞄を見つめている。


(こいつ考えるのを止めたな……)


 親友とは長い付き合いなだけに、モーガンはエドガーの思考などすぐに分かった。



「内容量はなんでもタイイクカン? とやらが入る大きさらしい、まあ解体場三個分ぐらいだそうだ」


「でかっ! ってか、そんなもん子供用に作るなよ! いや先にレイに魔法鞄の常識教えておけよ! エドガーお前の責任だろう!」


 ロビン・アルクにレイを任されたエドガーを責めてみたが、それは無理だとモーガンだって分かっている。


 そもそもレイの常識はあのロビン・アルクから学んだものだ。


 それに最近レイはギルフォードの傍にいて、王子様の常識を学び中だ。


 あの二人が持つ魔法鞄が当たり前だと思ったのだろう。


 そんなレイだからの品に頭が痛くなる。



「あの子は金が欲しいそうだ……」


 現実に戻ってこないエドガーがそんなことを呟く。


 レイは弁当屋もやっているし依頼もこなしているはずだ。


 それなりに金を持っているはずなのだが、エドガーは悲し気に微笑んだ。


 もしやロビン・アルクには借金でもあったのか?


 不安になったモーガンは提案を出すことにした。


「俺がレイに小遣いをやるよ、ってか売店の従業員代をもっと上乗せしてやるよ、レイにとってもその方が良いだろう?」


 貧しい家の子供なんてごまんといるのは知っている。

 だがレイはモーガンの腕を治してくれた恩人だ。

 金が欲しいというならいくらでも積んでやる。


 そんな気持ちがあったのだが、エドガーは首を横に振った。


「レイには遺産もあるし、稼ぎもあるが、それとは別に現ナマ……というものが欲しいそうだ……」


「げ、現ナマ?」


「ああ、そして稼いだ金を使い王都で豪遊したいらしい……ギルフォードと一緒に今度王都に行くのだと、それは嬉しそうに話してくれた……」


「おい、ちょっと待て、それって」


「ああ、王妃様とお会いになるらしい……」


「マジかよ……」


「その上、王子殿下の解呪も請け負ったらしい……」


「……っ!」


「お忍びらしいが……これから先、レイのことは貴族連中にも広がっていくだろうなぁ……」


「……」


 哀愁漂うエドガーの肩をポンッと叩く。


 お前も大変だな。


 ってか、俺は聞かなかったことにするからな。


 そんな気持ちを込めて肩を叩いたのだが、モーガンはある一点が気になった。


 それはエドガーの肌艶だった。


「エドガー……お前、なんか若返ってないか?」


 数日前に会ったときは老けたなと思っていたのだが、今日のエドガーは若さを取り戻したかのようにぴちぴちとしている。目の錯覚だろうか。


「……いや、さっき、レイにお疲れさまっと言われて、栄養ドリンクを貰ってな……」


「お前……」


 まさか飲んだのか?

 あれは効き目の良すぎるハイポーションだと知っているよな?


 モーガンの目を見ないままエドガーは話し続ける。


「そしたらなんかこれまでの肩の疲れや腰の痛みとかが一気になくなってなぁ」


「飲んだんだな……」


 その感覚は分かるが、モーガンはエドガーをジッと睨みつける。

 お前分かっててやっただろう。

 モーガンの瞳にはそんな気持ちが籠っていた。


「すまん、今日は結婚記念日でな……」


「……」


 その言葉を聞いてモーガンはそれ以上何も言えなくなった。





「あ、モーガンさーん」


「お、おう、レイかー」


 売店に戻るとロブの傍にはレイが立っていた。


 どうやら遊びに来ていたらしいが暇だったのだろう、モーガンが残していた在庫の確認をやっていてくれていたらしい。


 丁寧な文字で在庫数が書かれている。


 レイは仕事ができる上に気が利くいい子だ。


 それだけに常識がないことが悔やまれる。


 ギルフォードよ、早くこの子に常識を教えてくれ。


 王子感覚では無理かもしれないが、きっとロビン・アルクよりはマシなはず!


 モーガンの心境はそれだった。



「あ、その鞄早速売店においてくれるんですねー、良かったー」


「……」


 全く良くないが、レイの笑顔を見れば置いて良かったとモーガンは思ってしまう。


 商品棚の一番客から遠いところに魔法鞄を置き、値札を付けて陳列する。


「あれ、値段はギルド長と相談なんですか?」


「あ、ああ、ブラッドベアーの毛皮は貴重だからな……その時によって値段が変わるから、エドガーと相談して販売金額を決めるんだ」


「へー、そうなんだ、なんか凄いですね、自分が作った鞄が高級品扱いされてるみたいで嬉しいなー」


 うん、されてるんじゃなくって高級品なんだよ。

 それも国宝級。超高級品だ!

 こんな魔法鞄、この世にこれ一つしかないからな!


 突っ込みたい気持ちをモーガンは我慢し、笑顔で乗り切る。

 この場で余計なことを言えば魔法鞄の製作者がレイとバレてしまう。

 余計な輩にこの鞄のことを知られるわけにはいかない。


 ぐふぐふと笑うレイにモーガンは話を変えるため声を掛けた。


「それでレイ、きょ、今日はどうしたんだ?」


 レイはモーガンの問いかけで、何故この場に来たかを思いだしたようだ。


 モーガンの残った仕事を手伝っていたので自分の用事がすっぽり頭から抜けていたのだろう。


 レイは少し仕事中毒かもしれないとモーガンはそこも心配になった。


「んふふっ、モーガンさん、実はね、僕今度王都に行くんです!」


「あ、ああ、王都にーー」

「レイ、王都に行くのかよーーーー!」


 モーガンの言葉を遮るようにボーッとしていたはずのロブが叫び出した。

 こいつ寝ていたんじゃなくって聞いていたのかよ、と突っ込みたいが我慢した。

 これ以上いろんなことに巻き込まれるわけにはいかない。

 レイのことで精一杯だ。


「はい、王都に行ってきます、ぬふふん、それも依頼なんですよー、凄いでしょう」


「わぉう! 仕事で王都に行けんのかよ、だったらただじゃねーか、羨ましいなー」


「ぬふふ、でしょう、でしょう?」


 やっぱりレイは金を使いたくないようで、無料で王都に行けることが何よりも嬉しいようだ。

 小遣いなら俺がやるのにと、モーガンは物凄くレイの財布事情が気になった。


「ロブさん、モーガンさん、お土産何が良いですか? 王都で買ってくるんで、欲しいものがあったら教えてください」


「レイ、お前……」


 自分の金はケチるのに、俺たちには土産を買ってこようとしてるのか……


 モーガンの瞳はなんだか潤んできてレイの顔が見れなくなってきた。


「レイ、俺は王都の春画本が欲しい!」


「春画本? それって何ですか?」


 モーガンは急にロブの腹を殴りたくなった。

 多分殴っていないと思うのだが、ロブは「うっ」と言ってしゃがみこんでしまった。


 きっと子供に余計な知識を与えようとした神からの罰だろう。

 モーガンは笑顔を浮かべながらも器用にロブを睨んでいた。


「えっ、ロブさん大丈夫?」


「レイ、ロブは大丈夫だ。それにこいつに土産もいらん、王都を楽しんで来い!」


「えっ、でも……」


「子供は気を使わなくっていいんだ。それよりも自分の好きなもんを買ってこい、お前の稼いだ金だろう? 自分のために使ってやれ」


「はい! モーガンさん、有難うございます!」


 何故かモーガンに礼を言い、笑顔で手を振りながら離れていくレイを見送る。


 そしてギルドから無事出て行くレイの姿を確認すると、モーガンはロブに向き合った。


「ロブ……お前、レイに何を言ってんだ、あの子はまだ子供なんだぞ!」


 久し振りに威圧を使えばロブは真っ青になり「すいません」と謝った。


 だがきっとこいつは三日で忘れる。


 これまでの行動がそれをうなづけていた。


 その証拠に「王都の春画本欲しかったなぁ」とブツブツ呟いていて呆れしかない。



「はー、レイ、とにかく問題を起こさず無事に戻って来いよ……」


 モーガンの願いは只々それだけだった。

こんばんは、夢子です。

ジェドとモーガン、おじさん二人の話が続いてしまい申し訳ありません。

偶々です。W

明日からは普通の話に戻ります。

引き続きよろしくお願いします。

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