冒険者証が手に入りました
レイのお弁当を週二回、冒険者ギルドの売店で販売することが決定した。
大中小、それぞれ十個ずつ。
月曜日と水曜日の週二回。
値段は大が半銀貨三枚。
中が半銀貨二枚。
小が半銀貨一枚。
菓子類が銅貨五枚。
前世の記憶からすると高すぎる気がしたが、ギルド長や受付のお姉さん、そしてギルフォードが「大丈夫、売れる!」とサムズアップしてくれたので、レイは強気の値段を通すことにした。
本音としては中途半端な値段にして、計算やお釣りが面倒になるのを避けたかった、という理由がある。
なので最初の販売は「まあ売れ残ってもいいか」ぐらいの軽い気持ちで始めるつもりだ。
そしてレイは冒険者の仕事として売店に立ち、お弁当を自ら販売する。
時間は朝早くとお昼前のどちらが良いかとの提案に、ギルド長とギルフォードが揉めに揉めた為、月曜は朝早い時間の八時に、水曜日はお昼前の十一時にと、二人の意見を聞く形で決定した。
後は火曜か金曜にでもレイが普通の冒険者の仕事を行えば冒険者としての最低限のメンツは保てるらしい。
そう考えると週三回の仕事と週四回の休みが手に入った訳で、スローライフを楽しむ予定のレイとしては希望通りの仕事内容にホクホク顔となった。
これで今世の目標は十分に達成できたのではないだろうか。
きっとレイを転生させてくれた神様もお空の上で喜んでいる事間違いなしだろう。
天国にいるじっちゃんだって安心しているはずだ。
『さすがレイ! わしの自慢の孫!』 と得意げに胸を張っている可能性だってあるだろう。
天国で自慢げに胸を張るじっちゃんを思い浮かべながら、レイはやり切った感が最高潮となり充実感で胸いっぱいだった。
「良し、じゃあ、レイの指導係は僕が受け持つよ。レイ、僕が冒険者の基礎をしっかり教えてあげるから安心してね」
お弁当を食べ終え、お菓子も食べ終えたギルフォードが、レイに向け無駄なウインク付きでそんな言葉を吐く。
指導係とは……これまた面倒くさい習慣だなぁと一瞬脳裏をよぎったが、商業ギルドであればこれがニ、三年続くのだ。
そう考えれば今日一日で終わるであろう指導係など、気軽なもののように感じた。
「おいおい、ギルフォード、勝手に決めるな。レイの意見も聞いてからにしろよ」
ギルド長の意見を聞かずギルフォードが勝手に指導係だと言い出したようで、さっきまで揉めていたせいもあるのか、ギルド長がちょびっとだけ不機嫌な顔をする。
おっさんの拗ね顔など余り需要はない気がするが、レイ的には中々いいものが見れたとちょっと嬉しかった。
「じゃあ聞くけど、ロビン・アルクの孫を指導できる冒険者が僕の他に誰かいるの? それに同性で、歳も近い僕の方がレイだって安心だし、僕はこの街でたった一人のA級冒険者だよ。お金を積んでも指導されたいってヤツもいるぐらいなんだ。レイだって嬉しに決まっているだろう、な、レイ」
なるほど、なるほど。
普通A級冒険者であるギルフォードが新人を指導することはありえないのか。
つまりこれはお得なお買い物という事だろう。
セール品を目の前にしたレイが、断る理由などあるはずがなかった。
「じゃあ、ギルフォードさんで! ご指導宜しくお願いします」
笑顔でレイが頭を下げれば、ギルド長がそれ以上何かを言うことは無かった。
受付のお姉さんも頷き、「レイさんの指導係としてギルフォードさんを登録しておきますね」 と答えてくれた。
「良し、じゃあ先ずはギルド内を案内しようか」
レイの冒険者証が出来上がるまでの数十分、ギルフォードが冒険者ギルド内を案内してくれることになった。
キラキラ笑顔なギルフォードに何故か手を引かれ、レイはギルド長の部屋を出る。
そして食堂や、掲示板、休憩所や解体所などを案内してもらっていると、レイの冒険者証が出来上がったようで、ギルド職員さんにカウンターに来るようにと声を掛けられた。
「さあどうぞ、これがレイさんの冒険者証よ。名前に間違えがないか確認してね」
「はい、ありがとうございます!」
カウンターに置かれた薄水色の冒険者証を、レイはそっと手に取った。
レイ・アルク
Gランク
白字で書かれたレイの名前に、つづりの間違えなどは見当たらない。
真新しいカードに刻まれた自分の名にそっと触れてみれば、ここまで来た嬉しさが込み上げてきた。
「これが私の冒険者証……」
身分証を手に入れて、初めて自分がこの世界の住人だと認められたような気がして、レイの心には嬉しさが広がって行く。
「レイ、今日はお祝いをしようか、昼飯は指導係の僕が奢って上げるよ」
「ギルフォードさん、良いのですか? ありがとうございます!」
「あはは、もう、ギルで良いってばー」
ギルフォードにバンバンと背中を叩かれ痛いけれど、嬉しさが増す。
誕生日以外で誰かにお祝いしてもらえるだなんていつ以来だろうか。初めて魔獣を倒した時以来かもしれない。
嬉しくって、ギルフォードはさっきお弁当を食べたばかりなのにとか、今日会ったばかりの人に奢ってもらうなんて悪いとか、そんな遠慮する気持ちはレイの中から消えていく。
それに自分でもここまで頑張った自分をお祝いして上げたかったし、今日はレイの誕生日だ。ダブル祝いをしたって良いだろうと、そんな気持ちが沸いた。
(うん、うん、私偉い! ご褒美に今日は帰ったら漬けておいた果実酒を飲んじゃおっかなー)
この世界、明確な飲酒年齢は決まっていないので、十二歳のレイがお酒を飲んでも問題はない。
薄めた物ならば酔うことも無いだろうし、果実酒はほぼジュースと言っても過言ではないだろう。
脳内で今夜のシュミレーションをまとめていると、「良し、じゃあ外に行こうか」とギルフォードに声を掛けられた。
うんと頷きギルドの外へと出る。
また手を繋がれたがご機嫌なレイは気にしない。
なんだかギルフォードがとっても張り切っている気がするのは笑顔がキラキラだからだろうか。不思議だ。
「よし、じゃあ先ずは新人冒険者の定番の薬草採取場所でも教えようか?」
無駄にキラキラ笑顔を振り撒くギルフォードにレイは首を振る。
「いえ、薬草は家の周りに生えているので、それを常時ギルドに卸そうかと考えています」
「そ、そっか、レイは森に住んでいるんだものね、それに空間庫があればそれも可能だよね」
空間庫という部分だけ小声にし、ギルフォードがぱちんとウインクを向けてくる。
イケメンのウインクなのだ普通の女の子なら喜びそうなところだが、レイの琴線には全く響かない。
この人ちょっとうざいな、と思う程度だ。
ギルフォードが可哀想になる思考とも言える。
取りあえず薬草採取さえこなせば冒険者証を抹消されることは無いらしい。それも底辺ランクを維持できるのだ。最高ともいえる。
真面目にコツコツ仕事を行えば、薬草採取でも五年後ぐらいにはランクが上がる程度だそうなので、面倒くさい高ランクの仕事に回される事もなく、今と同じ生活が送れるだろう。
レイはそのことが何よりも嬉しかった。
スローライフを楽しめることに喜びホクホク顔のレイを見て、ギルフォードがまたキラキラした笑顔を浮かべている。
ヤル気に満ちた新人冒険者が喜んでいる。
それを見て指導係として嬉しい、そんな笑顔だった。
(この人、悪い人じゃ無いんだけど……面倒くさいタイプだよねー)
熱血過ぎる指導は嫌いだけど、こういった子供に向ける生あったかい視線も面倒だなとレイは思った。
「レイ、どうする、僕と一緒に魔物を少し倒しに行くかい? それとも腹が減ってるなら冒険者お薦めの飯屋に行ってもいいけど?」
魔獣を一緒に倒すと言うのは、多分先輩冒険者としては気の利いた優しい声掛けなのだろう。
だけど汚くて臭い魔物を見たくも倒したくもないレイとしては首を横に振る一択だった。
当然さっきお弁当を食べる姿を見ているし、レイにもギルドのお茶菓子が出されたので飯屋も却下だ。
「街が初めてなので、出来れば街を見たいんですけど、ギルフォードさん、ペットを買える場所ってありますか?」
もしくは生まれた動物を貰える場所、それか保護した動物を譲り受けれる場所。
そんな場所を紹介して欲しい、そう願ってみれば 「ペットて何?」 と首を傾げられた。
「レイは動物が欲しいの? つまり家畜が欲しいって事? 豚や鶏、ヤギとかだったら月一ぐらいで広場で販売会みたいなのが開催されてると思うけど、動物には僕も余り詳しくないんだよねー」
豚や鶏、ヤギも魅力的だけど、なんかちょっと違う。
レイは家畜ではなく、心の癒しが欲しいのだ。食べもの関係ではない。
出来れば猫と一緒に住んでお昼寝のお供に出来たら最高なんだけど、ワンちゃんも可愛いからどちらでも可ではある。レイとしてはもふもふであれば大歓迎なのだ。
「犬や猫ってそのへんをウロウロしてるものじゃないの? えっ? 動物が欲しいって、レイの家ってネズミでも出るの?」
「……」
うん、ダメだなこれは。
聞いた相手が間違いだった。
もうギルフォードに聞くのは止めよう、時間の無駄だ。
この世界ではペットという概念がないようだ。
ならば聞いても意味はない。
今日新しい家族を迎え入れることをレイは諦めた、次回以降に持ち越しだ。
その内冒険者の知り合いが増えたら、犬を使って狩りをしている人や、鼠退治に猫を飼っている人を聞いてみよう。
ギルフォードの後を歩きながら、(コイツ、マジで使えねー) と大きなため息を吐き、そんな決意を持ったレイだった。
こんにちは、夢子です。
ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。
しつこいですがギルフォードは仕事ができます、世間でも評価は高いです。A級冒険者ですからね。
ちなみに指導係は一日で終わるものではありません。レイの勝手な勘違いです。




