レイの屋台
開会宣言と共にルオーテ祭りが始まった。
お祭りでの屋台のメインは商業ギルドの人たちだ。
なのでレイに割り当てられた屋台の場所は、端っこの目立たない場所。
その上食事メインの屋台ではなく、周りは物品販売が殆どの場所だった。
だけどレイ的にはその場所が有難い場所でもある。
街のど真ん中という一番いい場所などを与えられていたら、そこまで臭い中を進み、臭い中で準備をし、臭い中で仕事をして、臭い中で食べ物を売らなければならなかった。
けれどレイたちのいる端っこは、レイが住む森への入口門に一番近い場所。
なので新参者に対する嫌がらせであってもレイは無傷だった。
「ある意味ここは良い場所だよねー、競争相手がいないもん」
レイの周りの屋台と言えば、ダンジョンに入り手に入れた品をギルドに卸さずこの祭りで売っている人や、別の土地に出かけて手に入れた珍しい品を売っている人、それから仕事の合間に自分で作ったであろう品を売ってる人だったりと、飯屋と呼ばれる屋台を開いている人は少なかった。
けれど、客足は……というと悪いとしか言いようがない。
そもそも大男であるドルフが笑顔も作らずドンッと店の中央に構えているため、視線を逸らす者も多く、近寄ってこない。
ドルフのこの殺人鬼のような顔は慣れていない接客に対しての緊張からなのだが、それを客に理解してくれというのは無理難題でもあった。
「ドルフさん、ほら、笑顔笑顔」
「こ、こうか?」
「……それ、いじめっ子の笑顔ですよ、もっと口角上げて」
「こ、これで良いか?」
「……」
(あー、ヤバいかも、ドルフさん、人を殺めて喜んでるみたいな顔だ……)
ドルフに笑顔を求めるのが間違いだったとレイが反省していると、今日一人目となる最初の客がやって来た。
「レイ様、ごきげんよう」
「えっ? クライブさん?」
屋台に似つかわしくない黒いスーツ姿で笑顔を浮かべたクライブが、レイの屋台『ドルフの牛丼屋』にやって来た。
この街の大きなイベントである祭りなので、たまたま偶然まぐれ的な何かでレイの屋台の前を通りかかったかもしれないが、ここ最近レイの仕事先でいつも顔を合わせるため 『クライブ氏、レイ・アルク、ストーカー疑惑』 が脳裏をかすめる。
この人もしかして私を狙ってる? と、愛し子であるレイはちょっとだけ警戒心が前に出た。
「らっしゃい……」
緊張しているドルフが初めてのお客様に笑顔で声を掛ける。
クライブの後ろに立つ護衛らしき黒服の男たちがドルフの笑顔を見て物凄く動揺しているようだが、レイを見つめるクライブだけはどこ吹く風、普段通りのきな臭い笑顔で微笑んだままだ。
「こちらではレイ様のお作りになられた食事が食べられると聞いて参りました。マルシャ食堂へ通うようになってからすっかりレイ様の作るものの虜となっているのですよ」
「そ、そうなんですか? 有難うございます……」
「ああ、それと、娘もレイ様のお作りになった鏡を喜んでおりました。とても可愛らしい手鏡だと毎日大事に使っておりますよ」
「な、なら良かったでーす……」
どうやらクライブは、マルシャ食堂でアイスを食べてからレイに興味を持ったらしい。
レイ自身ではなく、レイの作るものが好きだと聞いてホッとする。
きっとこの屋台の情報もエイリーンあたりから仕入れたのだろう。
ちょっと付きまとわれる相手だとしたら執着が酷そうで気持ち悪いと思っていただけに、クライブの言葉を聞きホッとしたレイは、これ以上話が長引いては面倒だと「牛丼何個いりますか?」といつものスマイル全開でクライブに尋ねた。
「サイズも、普通、大盛、特盛とありますよ、どれにしますか?」
今日最初の客だけど、闇の似合う男風なクライブがいると尚更他の客が遠のきそうで、さっさと帰って欲しいというのが正直な気持ちだった。
「では、十個ほどお願い致します。全て特盛で」
「はい特盛ですね、ドルフさん、特盛十ちょう」
「はいよっ」
レイの家で練習した通り、レイが注文を受け、ドルフが丼ものを準備する。
レイ特製の紙で出来た器に盛り、持ち帰り用に同じく紙で出来た蓋をすれば、あっという間に牛丼の完成だ。
クライブはその速さに「ほう」と言って驚いているが、きな臭い笑顔はそのままだった。
「クライブさん、お持ち帰りなら紙袋に入れられますが、どうしますか?」
「紙袋……ですか? ええ、是非お願い致します」
「はいよっ」
十個の牛丼を三つの袋に分け入れてあげる。
これほど牛丼が似合わない人はいないだろうが、嬉しそうな顔をしているクライブにそれを言うことはない。
どんな人でも大事なお客様だ。
当然良い笑顔のままレイはクライブに紙袋を渡した。
「クライブさん、お買い上げ有難うございましたー!」
「いえいえ、美味しければまた明日も寄らせていただきますよ」
「はい、有難うございます……」
後ろに立つ護衛らしき男たちに牛丼を持たせ、いい匂いを振り撒きながらクライブは闇を背負って去っていった。
本当に明るい日差しが似合わない人だと思うが、まあ、そこはレイには関係ない話だった。
「あんたたちの屋台いい匂いだな」
「昼休憩の時は寄らせてもらうよ」
「凄く美味しそうだしな」
「有難うございます!」
クライブのお陰で、周りで屋台を開く人たちから声が掛かった。
ドルフの笑顔が怖くて近寄りがたかったようだけど、牛丼の魅惑には勝てなかったようだ。
営業スマイルを浮かべながら、レイはしめしめとあくどい顔を心の中で浮かべる。
屋台の本番はこれからだ。
レイの知り合いであるこの街のインフルエンサーにはお昼時に来て欲しいと頼んでおいた。
そこからがレイたちの屋台の勝負、戦いの本番だろう。
ほどほどの客を相手にしながら時間が進み、丁度十一時ぐらいになるとルオーテの街一番のインフルエンサーであるギルフォードが、ケン、カーク、メイソン、ゾーイを引き連れてレイの屋台にやって来た。
案の定、その後ろにはギルフォードのファンらしき人たちが沢山付いて来ていて、レイの屋台は一気に忙しくなった。
「レイ、牛丼楽しみにしてきたよー、ドルフさんとの練習の時には食べさせてもらえなかったからさー、今日を楽しみにしてたんだー」
キラキラ笑顔を振りまき、明るい声で牛丼を宣伝してくれるギルフォード。
レイは大注目を集めるその姿にムフフと含み笑いを浮かべながら「いらっしゃいませー」と明るい声で返事を返す。
それも大きめの声でだ。
周りの視線がレイに集まった。
「ギルフォードさん、牛丼の大きさはどちらにしますか?」
「えー、特盛二ついけるかな……いや大盛二つにしておくべきか……?」
悩むギルフォードは置いておき、レイは後ろにいるメイソンに声を掛ける。
「メイソンさんは?」
「特盛二つだ!」
ですよねー。
レイは頷きドルフに「特盛二ちょう」と声を掛け、ドルフからは「はいよっ」と慣れた掛け声が返ってきた。
それをサッと出すと観客からはその速さに「おおー!」と驚きの声が上がる。
牛丼を受け取ったメイソンは、すぐさま近くの席に座り牛丼をかっ込んだ。
美味しそうに食べるその姿は皆の食欲をそそったようで、ごくりと喉を鳴らす音があちこちから聞こえた気がした。
(くー、流石メイソンさん、食べっぷりが良いねー!)
メイソンの良い演技にムフフと笑いながら、レイはゾーイに声を掛ける。
「ゾーイさんは?」
「特盛を一つ、玉ねぎ多めで」
「了解です!」
野菜好きなゾーイは玉ねぎを多めで頼んできた。
それをドルフに伝えながら、レイはケンやカークの注文も取っていく。
ケンもカークも特盛二つ。
メイソンと同じ量を食べるようだ。
皆が食べ始めた様子に焦ったのか、悩んでいたギルフォードが声を掛けてきた。
「ね、ねえ、レイ、僕の注文も聞いてくれる?」
「ギルフォードさん、サイズは決まったんですか?」
「うん!」
自分を取り残しどんどんと牛丼を食べだす仲間が羨ましかったようで、ギルフォードは「特盛十個!」とあり得ないことを言いだした。
「ギルフォードさん……十個って……」
「ふっふっふっ、レイ、僕にはこの鞄があるからね。いつでもレイの牛丼が食べられるように多めに買っておくよ」
「あー、畏まりました。ドルフさん、特盛十ちょう」
「はいよっ」
魔法鞄を自慢し胸を張るギルフォードに対し、メイソンやゾーイが「ずるい」と言いだしたが、きっと十個の数の中には二人の分も入っているのだろう。
だけど三では割れない数だけど大丈夫? と思いながら、レイはギルフォード用の牛丼十個を準備した。
「俺、俺にもくれ!」
「私も、食べたいわ!」
ギルフォードたちのお陰でレイの店は一気に大盛況だ。
牛丼を皿に盛るドルフが汗を掻き、拭う時間が取れないほど店は忙しくなった。
(やっぱり牛丼にして正解だねー、お米が気に入られるか心配だったけど、問題ないみたいだしねー)
このお祭りで牛丼が認知されれば、このルオーテの街でも美味しいお米が手に入りやすくなるだろう。
その上このお祭りで、レイは売上という名の小銭を手に入れられる。
ジャラジャラとしたお金こそ稼いだ感があって最高だ。
ギルドで働いたお金がレイの口座に振り込まれるのも見ていて嬉しいけれど、現ナマを手に入れる瞬間は最高だった。
「おい、レイ、にやけてねーで次の客だぞ!」
ドルフの声掛けにハッとし、レイはすぐさま営業スマイルに切り替え次の客の対応をする。
「ふふふ、ドルフさん、お祭りって楽しいねー」
「こんな忙しいのを楽しいなんて言うのはお前ぐらいだぞっ」
毒を吐き汗を拭いながらもドルフの顔は笑っている。
楽しいとその顔に書いてあるのだが、素直になれないようだ。
「ドルフさん、そーゆーとこだよ」
「何がだよ!」
ドルフと楽しいやり取りを交わしながら、レイの忙しいルオーテ祭りは大盛況で幕を閉じたのだった。
こんばんは、夢子です。
本日もお読みいただきありがとうございます。
三連休最終日、皆さま楽しんでくださいませ。
私は仕事です。涙。




