賑わうお店と似合わない客
レイがいつもの時間にサラ商店へと足を運べば、店内は普段ではありえない程賑わっていた。
「ねえ、サラさん、次はいつ入荷なの?」
「シュシュだけでもすぐに手に入らないかしら」
「私は折り畳みの式の手鏡が欲しいの、ねえ、サラさん、倍のお金払うから私を優先してよー」
店に集まる多くの客が女性客で、サラさんに詰め寄り入荷の時期を聞いている。
レイの出勤時間である十時が店の開店時間なのに、彼女たちは欲しいものがあるのか開店前に押し掛けてきたようだ。
サラさんのお店には生まれたばかりの赤ちゃんもいる。
それに出産を終えたばかりのリサさんもいる。
これでは彼女たちが落ち着いていられないし大変だと、雇われた冒険者として、そして依頼主を守るため、レイは彼女たちとサラの間に入り込んだ。
「ちょーっとすみません、お姉さま方、落ち着いてください。一度に話されてはサラさんもお話を聞けません!」
「レイ君!」
サラがレイの名を呼び驚いた顔をする。
いつもの朗らかな様子はなく、困っているのか顔色があまりよくない。
「貴方誰よ?」
「私たちは大事な話をしているの、子供は下がってなさいよ!」
急に子供が割り込んできたからか、お姉さま方の顔はとっても怖い。
キッとレイをきつく睨む女性もいて、そうとう殺気立っていることが分かる。
だがこんな時こそスマイル0円が活躍するともいえる。
レイはニコリと笑い紳士らしく彼女たちと向き合った。
「綺麗なお姉さま方、初めまして、僕はA級冒険者のギルフォード様の弟子、レイと申します。今こちらのお店にお仕事の手伝いに来ているのですが、皆様のお悩みをお聞きしても宜しいですか?」
レイは得意の他人任せを繰り出す。
今回は若い女性相手なのでじっちゃんの名では無く、キラキラ指導係のギルフォードの名を出した。
「まあ、ギルフォード様のお弟子さんなの?」
「あら、ギルフォード様もこちらに来たりするのかしら?」
街の有名人の名は女性受けが良かったようで、レイを睨んでいた女性たちの表情があからさまに変わった。流石異世界のインフルエンサー・ギルフォード。
その効力は絶大だった。
「サラさん、それで何があったんですか?」
ギルフォードの名を聞いた女性たちが、身だしなみを整えだした隙を見てレイはサラに話しかけた。
サラさんはホッと息を吐き、頬に手を当て話し出す。
「それが昨日手鏡を購入してくれたお客様が色々と宣伝してくれたようで……」
宣伝とは言葉が良いが、きっとこの女性たちに自慢したのだろう。
レイはサラの簡単な説明を聞いただけで状況を把握した。
「畏まりました。お客様方は手鏡をご所望ですか?」
ギルフォードには全然負けるが、レイなりのキラキラスマイルを向けて女性たちに声を掛ける。
するとさっきまで落ち着いていたはずの女性たちの目が血走った。
「そう、私は折り畳み式の鏡が欲しいわ!」
「私は持ち手付きの鏡よ!」
「私は巾着が欲しいの!」
「シュシュよシュシュ! シュシュを頂戴!」
自分こそが! と思っている行動にレイは心底引いた気持ちになった。
百年の恋も一瞬で覚める迫力だ。
(えー、皆さん、今の自分の行動を鏡で見た方が良いと思いまーす!)
レイは仕方なく女性たちに一つずつ欲しいものを聞き、整理券を渡す。
夕方までには納品があるからと適当なことを言い、彼女たちを店から追い出した。
実際は今レイの空間庫に在庫があるのだが、あの騒ぎでは商品が取り合いになってしまう可能性があるため、落ち着いてもらうためにも店を出て行って貰った。
彼女たちの姿が見えなくなるとサラが「ふー」と大きなため息を吐きカウンターにある椅子に座りこんだ。
「レイ君、来てくれて有難う。まさかあんなに押し掛けてくるとは思わなくって、どうしようかと思っていたの、お客様に恐怖を感じるだなんて、私もまだまだねー」
「いえ、突然のことなら仕方がないと思います。それに僕は男の子ですから、あのお姉様方も僕にはちょっとだけ甘くなったんだと思います」
あとギルフォードの名を出したのも良かったと思う。
無駄にキラキラしているけどあの人もたまには役に立つものだ。
「それでサラさん、あの人たちが言ってた商品って……」
「ええ、全部レイ君がウチに卸してくれた品よ。私も可愛いと思っていたけど、まさか一日でこんなにも評判になるだなんてねー」
頬に手を置きサラは困ったわねと優しい笑顔で答える。
孫がいるというのにその姿は可愛らしく、とてもおばあちゃんなどとは呼べない。
レイは「分かりました」と頷き、とりあえず今日の分の商品を空間庫から取り出した。
「サラさん、これ、今日の、というかこの数が本当は一週間分ですけど、もしかしたら暫くはこの騒ぎが続くかもしれないので、今日は多めに納品しますね」
「えっ、ええ……ていうかレイ君、今、どこから……」
「サラさん、とりあえず暫くは一個だけ店に飾って、後は順番に受付をして随時販売していきましょう。私、いえ、僕にも作れる数には限度がありますし、この人気もずっと続くとは限りませんし、すぐに落ち着いてしまう可能性もあります。何といっても女性の心は移り気ですからねー、目新しいだけですぐに飽きるかもしれないですし」
「……ええ、そうね……ていうかレイ君、女性の心って……」
「サラさん、僕はA級冒険者のギルフォードさんの愛弟子ですよ、女心だって教わっているんです!」
ギルフォードの名を出せばサラは「そうなのね」と納得してくれた。
あのキラキラした顔持ち主なら女性のことに詳しくても可笑しくない、そう思ってくれたようだ。
カランコロン。
店のベルが鳴り一人の客が入ってきた。
サラは一瞬あの女性たちが戻ってきたのかと身構えたようだが、レイは別の意味で驚いた。
「こんにちは」
笑顔で店に入ってきたその人物が、奴隷屋ゴアの店主、クライブだったからだ。
「い、いらっしゃいませ」
「えっ? クライブさん?」
「おや、これはこれはレイ様、お久しぶりですねー」
お久しぶりだとクライブは言うけれど、ケンを購入してからも、マルシャ食堂で度々顔を合わせているので全くお久しぶり感はない。
それにマルシャ食堂だけでなく、この可愛いお店にもクライブは合っていない。
いつものようにビシッとした黒い服で、その上二人の付き添いも同じような服を着ているので尚更だ。
葬式に来た人がパーティー会場に来てしまった。
そんな感じだった。
「あら、レイ君のお知り合い?」
「はい、えっと、前の仕事で知り合った? 方です……」
「じゃあ接客はお願いしてもいいかしら? 私はちょっとリサの様子を見てきたいの……」
レイは勿論と頷く。
あれだけの大騒ぎがあったのだ、サラさんだってちょっと休憩したいだろうし、もしかしたら赤ちゃんが泣いているだけでなく、リサさんも怯えている可能性もある。
泣き声は聞こえないけれど、レイはどうぞとサラを促した。
サラこそ少し休んで欲しい、そんな気持ちもあった。
「えっと、それでクライブさん、今日はどうされたんですか?」
サラを見送りクライブに声を掛ける。
この人もしかしてストーカーかな? とレイは心の中で警戒する。
自意識過剰なのかもしれないが、クライブはレイの前に現れすぎな気がするのだ。
当然ただマルシャ食堂のアイスが気に入っただけかもしれないし、サラ商店に来たのも偶々かもしれないけれど、その夜の帝王的な風貌がストーカー疑惑を大きくしていることは間違いなかった。
「ええ、王都にいる娘が間もなく誕生日でして、プレゼントをと思いましてねぇ」
「娘?! えっ、クライブさんって結婚してるんですかっ?」
驚くレイが面白かったのか、クライブがくすくすと笑いだす。
「ええ、私もいい歳ですし、とっくに結婚をして子供もおりますよ。レイ様よりも年上の娘です」
「そ、そうなんですかー」
この人ほど生活感が無い人間はいないのではないだろうか。
実は吸血鬼ですとか狼男ですとか言われた方がまだ納得できる。
もちろんレイは顔に出さず笑顔で乗り切った。
スマイル0円は得意だからだ。
「あー、単身赴任も大変ですねー。それでお嬢様への誕生日プレゼントはどのようなものをお探しですか?」
「……単身赴任……? 私の知らない言葉ですが、ええ、そうですね、娘の誕生日プレゼントにこちらの鏡が良いと人伝に聞いてきたのですが、そちらはございますか?」
「あー……クライブさんも鏡ですか……」
まさか奴隷屋のクライブにまで話がいっているとは……いったい誰が鏡のことを宣伝したのだろうか。
この世界、テレビやネットなど無い訳で、口頭での宣伝だけだと考えるとその人物には恐ろしさを感じる。
どれだけお喋りの人なのかと怖くなったからだ。
「とりあえず、こちらが見本です。商品は今品薄でして、お渡しできるのは早くて今日の夕方以降になりますが、それでも宜しいですか?」
「ええ、勿論です。それにしても折り畳み式の手鏡ですか……王都でも見ない素晴らしい品ですねぇ」
鏡を褒めてくれるのは嬉しいが、レイに向けるその視線が何だか気持ち悪い。
クライブに見つめられると値踏みされている気分になるから不思議だ。本当は悪魔だったりしないだろうか。
「ではレイ様、この白色の鏡を一つお願いいたします。夕方にまた取りに参りますので、宜しくお願い致します」
「はい、畏まりました。ではこちら注文書です」
レイから注文書を受け取ったクライブは笑顔を浮かべ店を出る。
それを見送ったレイは「ふーっ」と安堵の溜息を吐いた。
「さて、ダンジョンの出来事は見逃しましたが、今度はどんなものを見せて頂けるのでしょうか……楽しみですねぇ」
そんなクライブの呟きは、レイには届かなかった。
こんにちは夢子です。
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今日で十月も終わりですねー。
年末が近づいて参りました。皆様ほどほどに頑張りましょう。




