内職
レイは暇だった。
この世界に生まれてこれほどのんびりとしたのは生まれたての赤ちゃんの頃と、じっちゃんが亡くなって何も手に付かなかった頃以来ではないだろうか……というほど暇だった。
冒険者の依頼でやって来たサラ商店。
置いてある小物はとても可愛らしく、ばえる品物も多くある。
それに日用品も充実していて、素人目にも良い品が揃っているようにも見える。
けれど残念ながら毎日それを購入する者はいない。
特にサラ商店の品は品質が良いのでそう簡単に壊れることは考え辛く、ちょっとしたものや、贈り物を買いに来る客が一時間にニ、三人。
下手をすれば一時間に誰一人として店に来ない時間帯もあった。
「あの、サラさん、お客様が来ないんですけど……もしかして私が、いえ、僕が店番だからでしょうか?」
店員初日。
あまりの人の来なさに心配になってサラに問いかければ「まあ」と言って驚いた顔をした後、頭を撫でられながらクスクスと笑われてしまった。
「お客様の入りはいつもこんな感じなのよ、ウチは旦那が小物職人で、それをあちこちに卸しているからこの店は赤字にならなければ良いぐらいの感じなの。だからレイ君のせいじゃないわ。気にしないでね」
「そうなんですか、それならいいんですけど……」
それでも社畜根性が染みつくレイの中には不安がある。
レイがいるから売り上げが落ちたと思われては、紹介者のエイリーンだって立場がないだろう。
「それよりも疲れたでしょう? 温めたミルクをどうぞ、それから私が焼いたお菓子だけど、クッキーも良かったら食べてね」
「はい、有難うございます」
得意の四十五度でお礼を言えば、サラさんはまた「まあ」と驚きクスクス笑う。
レイの頬に触れ「いい子ね」と褒めてくれる お母さんのイメージそのものな優しいサラさんを前に、レイの顔は真っ赤になった。
「男の子も可愛くっていいわねー、レイ君にはうちの子になってもらいたいぐらいだわ」
なでなでなでとレイのほっぺや頭をいっぱい撫でて、サラさんはそんな言葉を言う。とても優しい。
「レイ君、本を読んでゆっくりしていてちょうだいね、今はリサが寝てるからお昼ごろには店番を交代するから、そしたら休憩に入ってね」
「はい、有難うございます」
サラさんはそう言ってレイに優しい笑顔を見せると、奥へと戻って行った。
本当にこの職場は天国ではないだろうか?
そう思うほどレイはのんびりとさせて貰っていたし、甘やかせて貰ってもいた。
前世、今世共にお母さんを知らないレイが、母という存在を味わえる幸せな場所だった。
(これこそが異世界のスローライフ?! えっ、最高じゃない?!)
自分で店を持つのは面倒だと思っていたけれど、こんな風にのんびりできるならば、自分好みの小物屋さんを開くのも良いかもしれないとレイは思った。
(お弁当屋はお弁当の数を前の販売数に戻せば一時間で販売は終わるし、林檎と人参をジェドさんのところに卸してるからお金にはもう困らないよねー)
でも商業ギルドに登録して店を始めるのは面倒くさい。
ならばサラ商店に自分の作った品を置いてもらうのはどうだろうか。
それにレイは手先が器用だし、神様がくれたチートな能力もあるため作りたいものが簡単に作れる。
(はっ! これ、もしかして異世界の内職仕事になるかも!!)
いい案閃いた! みたいな気持ちでいるレイだが、自分で自分の仕事を増やしていることに気づいていない。
野菜や果物をオブリ馬屋に卸し、冒険者ギルドでは弁当屋を行い、薬草も卸し、依頼を受け、そしてたまにマルシャ食堂の手伝いまでするレイなのだが、どれもこれも毎日の仕事でないため、レイは自分はあまり働いていないと勘違いをしている。
そんな現実に気づかないまま、レイは空いた時間で本を読むのではなく、内職に向けて小物を作り出した。
未来の自分のため、そしてサラさんに認められて良い内職先を手に入れるための行動なのだが、自分自身で仕事をどんどん増やしていく働き虫根性は、どこまで行っても消えはしないようだった。
「レイ君お待たせ、奥にお昼を作ってあるから休憩して来て頂戴……って、あら、何か作っているの?」
戻って来たサラがレイの手元を覗き込み声を掛けてきた。
レイはそれにニッコリ笑って答える。
「はい、時間があったので手鏡を作ってみました」
レイは折り畳み式の手鏡と手持ちタイプの手鏡をサラさんに見せる。
サラさんは「まあ!」といつものように驚いているが、少しだけ声が大きい。
触ってもいいかしらと言うので、レイは当然「はい」と頷いた。
「まあ、手のひらサイズで持ちやすいし、見た目も可愛いし、夫が作る鏡よりも表面が綺麗だわ……ねえ、レイ君は誰に小物作りを教わったの?」
あまりの出来の良さからレイはプロ越えをしてしまったらしい。
流石に(ヤバい)と思ったレイは得意のじっちゃん頼みを繰り出しその場を切り抜ける。
「……えっと、僕は、じっちゃんと二人でずっと森で暮らしていたので、その、何でも自分で作ってきました」
「そうね、そういえば今付けているそのエプロンと帽子も、レイ君の手作りだって言っていたわねぇ……」
「はい、その通りです」
サラさんが納得してくれてレイはホッとする。
まさか精霊王の愛し子のチートパワーを使いました! とは言えない。
いや、最悪言っても問題ないような気もするが、最近はギルフォードが色々と五月蠅いのでレイは黙っていることを選択する。
あの教育係は口五月蠅いところがあるので、面倒くさいレイは教え子として逆らわないことにしたのだ。
ちょっと姑感がある気がするが、ギルフォードはレイが何か言うとすぐに泣きそうになるので言葉にはしなかった。
「あの、サラさん、もしよかったらこの商品をこちらの店に置いていただくことは出来ますか?」
「えっ?!」
サラの驚きっぷりに図々しかったかなと思ったが、心配するレイの前、サラは満面の笑みを浮かべた。
「レイ君、良いの? 小さなウチの店にこんな素晴らしい商品を置いてもいいのかしら? もっと大きな店でもこの商品なら扱ってくれるはずだけど?」
レイはいいえと首を横に振る。
大きな店なんてそんな面倒くさいところには客以外では行きたくない。
下手をしたら小物にノルマを付けられて、ものすごい数を作らされるかもしれないじゃないか。
そんなものは楽しい内職じゃないし、レイのスローライフ生活の首を絞める。
自分が作ったものをちょっとだけ店に置いてもらって、ちょっとしたお小遣いが手に入る。
それがレイのささやかな楽しみなのだ。
大きな店のせいでレイの大事なのんびり生活を、せかせかしたものに変えたくはなかった。
「僕はサラさんのお店が大好きなので、サラさんのお店に置いて欲しいです……」
「レイ君……」
何故か分からないけれどサラはウルウルとした目でレイを見つめた後、そっとレイを抱きしめる。
お母さんらしいサラさんの胸の中は温かで、ずっと抱きしめていて欲しいと思ってしまうから不思議だ。
でも慣れない愛情はレイにはくすぐったくってこそばゆくって頬が熱くなるのを感じる。
それを誤魔化すようにサラから離れると、レイは話を変えた。
「サラさん、あと、このシュシュと巾着もこの店に置いていただけることは出来ますか?」
「しゅしゅ? 巾着?」
「はい、これも僕の手作りですけど」
店のカウンターにはレイの作ったシュシュとかぎ針編みで作った巾着の見本を置いてある。
どこから出したのかは突っ込まれなかったけれど、サラさんの目はシュシュと巾着に釘付けだった。
「ものすごく可愛い品ね、でも、巾着はともかく、このしゅしゅっていうのはどうやって使うのかしら?」
「ああ、シュシュはサラさんの髪にリボンを結ぶ代わりにこのシュシュを付けてもらえれば大丈夫ですよ」
「ああ、もしかしてリンちゃんが使っているあの髪留め?」
エイリーンはレイの渡したシュシュをサラに自慢していたようで話が早い。
「はい、エイリーンさんには僕からプレゼントしました」
「あらまあ、レイ君はおませさんなのね、うふふ、でもこんな素晴らしい商品ならぜひウチで取り扱わせてもらいたいわ」
「有難うございます!」
やったー! とレイは飛び上がって喜んだ。
これで異世界での内職も決定した。
思惑通りの進み方にスローライフ希望のレイは嬉しくって仕方がない。
(ムフフ、これで内職も無事決定だね!)
これで今後くいっぱぐれる心配もないだろうし、冒険者をクビになったとしてもどうにか生きていける。レイはそれが嬉しかった。
「レイ君ったらあんなに喜んじゃって、そんなにリンちゃんのことが好きなのかしら? うふふ、男の子の初恋って可愛らしいわねー」
あらまあと、サラはレイの喜びようを微笑まし気に見つめる。
紹介者のエイリーンに良いところを見せたいとレイが頑張っている。
サラはそう勘違いしたようだが、レイの心の中はスローライフでいっぱいだった。
(これで私はのんびり生活を手に入れたも同然だね!)
この後レイはこの日の出来事を仲良しのジェドに嬉々として報告するのだが、ジェドの顔色はなぜか晴れないものだった。
こんばんは、夢子です。
今日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいねなど応援も有難うございます。
ジェドは(また仕事増やして……)と心配しております。




