★努力の男
ルオーテの街に住む冒険者ギルドの売店員モーガンは、レイの栄養ドリンクによって元に戻った利き腕を誤魔化すため王都へと無事到着した。
久しぶりの王都は賑やかで、普段ならば酒でも飲んでちょっと旅と都会を楽しむところだが、今はとてもそんな気分にはなれない。
とにかく失った右手が戻ったことを悟られてはならないと、そんな気持ちから包帯をぐるぐると巻き、大怪我を負った状態に見えるように偽装しているのだが、それが却って「あの人大丈夫かしら?」と注目を浴びていることに気が付かないモーガンだった。
「すまん、一週間ほど宿を取りたいんだが、空いてるか?」
「はいはいって、あら! モーガンさんじゃないの! やだー、何年振りかしら!」
冒険者時代良く泊まっていた宿をわざと選び、モーガンは宿泊を決めた。
王都で腕が治ったことを広めるため、モーガンの怪我を知る者がいる場を選んだともいえる。
「女将、久しぶりだな、皆元気か?」
「ええ、勿論元気ですわ、それよりもモーガンさん……あの、その腕どうしたんですか?」
女将が大袈裟に包帯を巻かれたモーガンの腕を見る。そんな怪我をしているならば宿屋よりも神殿に行け、そんな疑問が分かる視線だった。
「ああ、ちょっとな、仕事で新人が馬鹿やってな」
「まあ! それはお気の毒に……」
新人とはもちろんレイのことだ。
レイが馬鹿をやって腕が生えてきたのだが、まさかそんな話を信じる者などいないだろう。
この状態なら怪我を負った、と誰もが思うはずだ。
真実とちょっとの嘘をちりばめどうにか誤魔化したが、女将は全くもって疑ってもいないようだった。
そして翌日、モーガンは神殿へと向かう。
薬師ギルドへ行ってすぐにポーションを購入してもいいが、誤魔化しは多い方が良いと、まずは神殿にて『回復魔法』を掛けてもらった。
値段にして金貨二枚、痛い出費だがエドガーが出張扱いにしてくれたので経費で落ちる、らしい。
礼を言い、その後すぐに薬師ギルドでポーションを購入する。
本当は冒険者ギルドで購入すればいいのだが、出来立てのポーションを飲んだことで治ったのかも? と誤魔化す方が良い訳が通る気がして、エドガーと相談の上でそうしたのだ。
「ハイポーションを一本頼む」
「はい、大金貨一枚になります」
「……」
やはり冒険者ギルドで買うよりも高い。
冒険者ギルドではギルド員はポーション類を少し安く購入できるため、ギリギリ金貨での支払い値段ぐらいになっているが、薬師ギルドではそうはいかないようだ。
モーガンはいつか腕を治すためにと、コツコツと金を貯め貯金をしていた。
その為大金貨一枚ぐらいの貯金は余裕である。
ハッキリ言って大金貨一枚で腕が生えるならば安いものだ。
実際どんなに大金を積んでも古傷を治すことは出来ない。
古い傷ほど体に馴染んでしまい治すことが難しくなるからだ。
いつか聖女か聖人が現れたら……
そんな願いをもって金をためていたのだが、まさかレイの栄養ドリンクであっさり治ってしまうとは思わなかった。
その上感動も何もなく、気がついたら治っていた状態だった。
そしてどう誤魔化すかと頭を痛める結果にはなったのだが、レイには感謝しかない。
きっとレイは聖人よりも上の存在なのだろう。
そう納得しながら、モーガンは宿へと戻った。
そして購入したハイポーションは大事に鞄へしまう。
ルオーテの街にもどったらエドガーがギルド用に買い取ると言っていたので、その言葉に甘えることにする。
どの道冒険者ギルドで販売するだけだ、エドガーの懐が痛むわけではないので遠慮はなかった。
ぐるぐる巻きにしていた包帯を取り、モーガンは宿の階段を降りて行き、わざと女将に顔を見せた。
「女将、ちょっと昔馴染みに会って来る、夕飯はいらないから、よろしくな」
そう言ってわざとらしく手を振る。
ニコニコ笑っていた女将の顔がそれを見て固まった。
「はい、畏まりました……って、えっ?! モーガンさん、その手は……?」
わざわざ右手で手を振ったので女将はモーガンの新しい手に気づいてくれた。
しめしめとレイのような笑顔を浮かべながら、モーガンは「ポーションか回復魔法が効いたようだ」と女将に答える。
その後は昔の仲間に会ったり、馴染みの店で買い物したりと、新しい手を出来るだけ見せびらかして街を歩いた。
数日間かけて、『王都で手を治した』という真実を十分に広め、モーガンは久しぶりに仕事をやり切った感で充実していた。
そしてモーガンは帰路についた。
帰りは堂々と右手を使えるので精神的にも肉体的にも楽だった。
ゆっくりと右手を見せびらかしながらルオーテの街へ向かう。
知り合いに会うたびに「王都で腕が治った」という話を広め、恩人レイへと興味が向かないように努力しまくった。
そしてルオーテの街に着き、ギルドに向かえば、まずは休み無しで働いてくれたロブに声をかけた。
「ロブ、帰って来たぞ、休みなしで悪かったな」
「んあ? モーガンさん!」
いつものようにカウンターで肘をつき、ぼんやりとした顔で座っていたロブは、モーガンを見て目を輝かせた。
レイも弁当屋として出勤していたことで、売店内は綺麗に整理整頓されている。
これがロブだけだったならばこうはいかなかっただろう。
病的な綺麗好きも役に立つものだと、レイの初日の行動を思い出しながら店内を見まわす。
(うん、やっぱり綺麗だな……)
きっとロブだけならポーションだって数本は割れていたはずだし、下手をしたら商品に欠品もあった可能性もある。
だが売店内はモーガンが出発した時よりも綺麗で小物や花が飾られていてなぜか可愛く仕上がっていた。
「モーガンさん、お帰りっす、出張お疲れさまっした!」
「ああ、有難うな、ロブ。これは土産だ」
「わぉう、カッケー、襟巻ですか?」
「おう、王都ではそんな柄が流行ってるらしい、ロブみたいな若い男たちが良く首に巻いてたぞ」
「有難うございます! スッゲー嬉しいっす!」
ギルド長に報告に行くとロブに伝え、モーガンはエドガーの下へ向かう。
そう言えばロブはモーガンの腕をみても何も言ってこなかったなと疑問が浮かんだが、あのロブならまあそうかもなと思いながらモーガンはギルド長の部屋の戸を叩く。
「ギルド長、モーガンです。たった今戻りました」
「モーガンか?!」
扉の前で声を掛ければガタガタと音がした後、焦ったような様子でエドガーが扉を開けた。
久しぶりに顔を合わせたエドガーはちょっと、いやだいぶやつれていて疲れているように見えた。
「エドガー、どうした、何かあったのか?」
「モーガン、本当に、もう、色々と、ああ、とにかく聞いてくれるか」
言葉使いもたどたどしいエドガーにモーガンは「ああ」と頷く。
そして休む間もなく……その後からはもう信じられない話が続く。
レイが依頼を受けたことはまだ可愛い話だった。
けれど今はその店のアイスが大注目されているようで、噂を聞きつけ王都からも人が流れてきているらしい。
モーガンは俺の頑張りは……と思ったが、まあレイが注目されている訳ではないと取り合えず流す。
それからレイはなぜか奴隷を購入していた。
それも見るからに高級そうな奴隷を安く買ったらしく、本人もそれを認めていて「じっちゃんのお陰」と言っているようだが色々と疑惑を生んでいるようだ。
奴隷ギルドからも質問書のようなものが届いたらしくエドガーは胃を押さえていた。
っていうか子供がなんで奴隷を買えるんだ! と突っ込めば、依頼の件で紹介状を冒険者ギルドが用意したらしい。
だからってなんでだよ! と思ったが、そこはとりあえず流し、次の話に移った。
「そんなわけでドルフがレイにちょっかいを掛けてな……」
「ちょっと待て、どっからそんな訳になるんだ! 話が飛んでるだろう! っていうかエドガー、お前にレイのこと頼んだよな? ちゃんと見といてくれって、俺言っただろう?!」
前回言われた言葉をそのまま言い返すがエドガーはギルド長。
忙しいのは分かっているのでレイに付きっきりとはいかなかったのだろう。
だがドルフは元B級冒険者だ、目を付けられれば注目を浴びる。
それにドルフがやらなくとも生意気な若造を懲らしめようと思うものは必ず出たはずだ。
案の定レイは泣いてしまったらしい。
それはそうだろう、あの幼さではドルフのような大男は怖かったはずだ。
可哀想に……と気の毒そうな表情を浮かべるモーガンに、エドガーは信じられない言葉を吐いた。
「レイがドルフの腕と足を掴んでボロボロにしてなぁ……」
「いや、ちょっと待て、なんでレイがドルフをいじめたようになってんだ、普通逆だろうがっ!」
「……その時あまりにも傷が酷かったんで、ギルドに一個だけあったハイポーションを飲ませたんだ……お前が王都で買ってきてくれて丁度良かったよ」
「……」
有難うなと礼を言われてもちっとも嬉しくない。
っていうかなんでレイが掴んだだけでハイポーションが必要になるんだよ!
モーガンが心の突っ込みを吐き出せないまま、エドガーの話は続く。
「それでレイが泣いたもんだから聖獣たちが怒ったようでな……」
「……」
「危うくこの国が潰れるところだったんだよ……」
「……」
「それのせいでスピアの森で魔獣のスタンビードが起こりかけてな、丁度ギルフォードが戻って来たから何とかなったが、本当に危なかったんだ。レイを泣かせたドルフも俺も生きた心地がしなかった……」
「……つまりレイはやっぱり愛し子というわけか? 聖人にしてはポーションの力が強すぎると思ったんだよな……」
「ああ、そうだ。レイは精霊王の愛し子なんだ……ギルフォードとも話し合ったが、レイは好きなようにさせておくべきだと思う。とにかく世界平和のためにもレイには弁当を作らせておくのが一番だ!」
「……」
もう何を突っ込んでいいのか分からないが、弁当を作らせておくのが一番いい、それには納得だった。
あの子は掃除をしたり飾りつけをしたり何か食べ物を売っている時が一番幸せそうだ。
世界のためにもそうしよう!
それがいいと頷いているモーガンの前「だが」とエドガーの話は続いた。
「この前レイがダンジョンに入ってなぁ……」
「いや、ちょっと待て、なんで新人がダンジョンに入るんだよ! 入り口で止められるだろう!」
モーガンの突っ込みを聞いてエドガーが力なく笑う。
なんかこいつ老けたな……
モーガンはエドガーのことがちょっとだけ可哀そうになってきた。
「スタンビードの影響からか、ダンジョン内に異変が起こってな。一人の冒険者が取り残されてそれがレイの知り合いだったようであの子が助けに入ったんだよ」
やりそー。
レイの性格を知るだけに、お節介なことをしても可笑しくないなとモーガンは頷いた。
「ギルフォードと一緒に行ったが、それでもレイが魔法を使ったところを見たやつがいる。それであの子はちょっと可笑しいと噂が立ち始めていてな……注目を集めるのも時間の問題かもしれん……」
「……」
幸運だったのはその青年が助かり、その青年自身がギルフォードに助けられたと言っていることだった。
それにレイたちと共に最深まで潜った冒険者はいない。
なのでレイが完全回復魔法や蘇生魔法を使ったことを知るものはギルフォードしかいないそうだ。
それだけが救いだとエドガーは遠くを見つめながら話し終えた。
「ちょっと待て、それをなんで俺に話す? お前の心の中に仕舞っておけばいいことだろうが!」
「エドガー、お前は俺の親友だろうが、困っていたら助けてくれる、それが親友だ、違うか?」
「……」
今のところレイの秘密を知るものはエドガー、ギルフォード、メイソン、ゾーイ、エイリーン、そしてモーガンとなっている。
実はドルフも分かっているが、やらかした後なので口をつぐんでいるし、知らないと貫くらしい。
まあ、あいつならば誰かに広めることもないだろう、とモーガンは頷く。
「なあ、エドガー、俺が王都に行ってきた意味はあったのか……?」
モーガンのその問いかけに、親友だと名乗った男は黙ったままだった。
こんばんは、夢子です。
本日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいねなど、応援も有難うございます。
努力の男はモーガンのことです。エドガーは振り回されているだけで努力しておりません。




