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レイののんびり異世界生活~英雄や勇者は無理なので、お弁当屋さん始めます~  作者: 夢子


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精霊王の愛し子の涙

 ケンの手を引っ張り、レイはオブリ馬屋へ向かった。


 こんな失礼な冒険者がいる街なんてもう一分一秒でもいたくない!


 アーブに乗ってお家に帰ろう!


 レイの拒絶感はものすごいものだった。



「レイ坊ちゃん、早いだすな、もう仕事終わっただすか?」


 オブリ馬屋へ着くとジェドが朗らかな笑顔を浮かべレイに話しかけてきた。


 そのジェドの笑顔があまりに優し気で、その上ジェドのつぶらな瞳がレイを心配していて、レイはじっちゃんを思い出しうるうるとその目に涙をためる。


「うわーん! ジェドさ~ん!」


「レイ坊ちゃん! どうしただすか?」


 手を広げ涙ながらに駆け寄ってきたレイをジェドためらいなく抱きしめる。


 いつもニコニコと愛想が良いレイがこんな風に泣くなんて、何かあったと言っているようなもの。


 レイの後ろにいるケンに視線を送り「どうしただすか?」と視線で問いかけてみるが、暗い顔で首を振るだけレイの涙の訳は分からない。


 ジェドの胸元でぐすぐすと泣き出したレイの頭をジェドは優しくなでる。


「レイ坊ちゃん、お茶を出すだでちょっと休むだよ、レイ坊ちゃんは働きすぎだ、俺もアーブも心配してるだし」


「ひっく、ひっく、うん、ジェドさん、ジェドさんとお茶飲む……」


「うん、いい子だいい子だ、さあ、こっちさ行くだし」


「うん……」


 ジェドはレイの肩を抱き、オブリ馬屋内にある休憩室へと連れていく。


 涙を流す小さな子供を見て、子供好きなジェドが放っておくことなど出来るはずがない。


 それに竜馬の血を引くアーブがレイの涙を見たら狂暴化し暴れることは予想が付く。

 レイの涙が落ち着くまではアーブに絶対に会わせたくはなかった。


「ジェドさん、ひっく、ごめんね、お仕事中なのに……ごめんね、ひっく」


「そんなこと子供は気にしなくて良いだす。それにレイ坊ちゃんは俺の友達だす。友達にはつらい時甘えてもいいって決まっとるだす」


「うわ~ん、ジェドさーん!」


 いい子良い子とレイの頭をなでるジェドからは、お日様と草の良い匂いがして温かだった。


 この街の冒険者ギルドは大っ嫌いになったけど、ルオーテの街にはジェドさんもいるしフランクさんたちもいる。そう思うとこの街全体を嫌いになることはレイには出来なかった。






「んだば、その男がレイ坊ちゃんの作ったお弁当を全部ダメにしただすか?」


「うん、それにね、ケンにも意地悪したんだよ。ケンのこと奴隷だって、下に見たんだよ、私の大事な家族なのに……」


「それは酷いやつだすねー」


「でしょうー!」


 お茶をもらい落ち着いたレイは、ジェドに冒険者ギルドでの経緯を話した。


 ケンは終始隙があった自分が悪いと責めているが、レイだけでなくジェドもそれは違うと憤る。


「ケン、それではダメだすよ、この国では奴隷法があるんだす。主であるレイ坊ちゃんを敬うならまだしも、他のやつにケンが頭を下げる必要はねーだす! ケンはレイ坊ちゃんの奴隷であって他の奴の奴隷じゃね-だすだ。そんなんじゃあレイ坊ちゃんを守れないだすよ」


「レイ様を守れ、ない……?」


「んだ、それではダメだすよ」


 ケンはサジテ国出身の奴隷だからか、どうしても自分自身を卑下してしまうようだ。


 そのせいであのカスハラ男に舐められたのだろう。


 ジェドはキツイ言い方だがケンを思って言葉にしてくれている。


「ケン、これからはビシッと言ってやるだすよ、レイ坊ちゃんは良い主だって、それがレイ坊ちゃんを守ることになるだすよ!」


 ジェドの優しさと気遣いにホッとするとともに、あのカスハラ大男にレイはまた怒りが沸いた。


「あーあー、あいつのせいで冒険者辞めちゃったから身分証が無くなっちゃったなー」


「ああ、レイ坊ちゃん、身分証が欲しいだけなら役所に行けば作れるだすよ」


「そうなの?」


「だすだす。ただちーっとばかし金もかかるだし手続きは面倒だすが、貴族は役所で身分証を作るものがほとんどだすよ」


「あー、そうなんだ……貴族か……」


 だからじっちゃんはレイに役所のことなど教えなかったのだろう。


 レイが貴族と関わりを持ちたくないと知っていたからだ。


「それが嫌なら俺と同じ馬屋ギルドでギルド証を作っても良いだすよ」


「えっ?」


「レイ坊ちゃんはウチに人参も林檎も卸してくれてるだす。うちの従業員だと登録しても何の問題もないだすよ」


「ジェドさ~ん!」


 嬉しくってレイが抱き着けば、ジェドは笑いながらまた頭をなでてくれる。


 その手が優しくってレイはじっちゃんの愛情を思い出し、じっちゃんに会いたくなっていた。


「レイ坊ちゃんは働きすぎだす。もっと子供らしくしててもいいだすよ。俺に甘えてくれたらいいだす」


「ジェドさん……」


「レイ坊ちゃんの歳なら遊んでたって文句は言われねーだす。いんや、俺がレイ坊ちゃんを悪く言うやつは全員ぶっ飛ばしてやるだすよ」


「ジェドさん……」


 レイの止まっていた涙がまた流れ出す。


 優しくって嬉しくってホッとできて、ジェドの傍はどこまでも温かかった。






「ギルド長、大変です!!」


「な、なんだ、エイリーン、どうした?」


 エドガーがいつものように執務室で仕事をしているとエイリーンがノックもせず飛び込んできた。


 その顔色はとても悪く、長年の経験から大きな事件があったことがすぐに分かった。


「どうしたもこうしたも……」


 普段クールだと言われているエイリーンの泣きそうな様子に、エドガーはごくりと喉を鳴らす。


「ま、まさか魔獣のスタンビードか?」


 椅子を転げる勢いで立ち上がったエドガーに向けエイリーンは首を振る。


「いいえ、レイ君が怒ってしまって……」


「レイが、怒った?」


 それがどうした?


 魔獣のスタンビード級の出来事が起こったと思っただけにエドガーはホッと息を吐く。


 けれどエイリーンの様子は変わらない。


「いいからちょっと来てください!」


 そう言うとエイリーンはエドガーの腕を引き、階下へと向かう。


 冒険者ギルドの一階ホールへ着けば、落ち着いている時間のはずなのにざわざわと賑わっていて違和感を感じる。


 エイリーンに連れられその騒ぎの中心につけば、エドガーの笑みは消え去った。


「これは……いったい……何があった……?」


 売店の前には古参冒険者のドルフが気を失っていて、その腕は変な方向へと曲がり、足もあり得ない場所がへこんでいる。


「ドルフさんが、その……レイ君の奴隷に言いがかりをつけたようで……」


「何? レイの奴隷って、ケンにか?」


「はい……ケンさんにです」


 エイリーンとは別のギルド員が、全てを見ていたであろう売店のロブに話を聞いている。


 エドガーはその場に近づき、二人の会話を聞く。


「ドルフさんが急にケンにお前はサジテ国の奴隷だろうって言って、子供の奴隷で恥ずかしくないのかって笑い出して、ケンがレイは凄くいい子だからって言って、んでもって弁当にぶつかって、どばしゃーってなって、ポーションも落ちてガシャーンってなって、そんでレイが来て怒り出してあんななって」


「……」


 何故今この場にモーガンがいないのか。


 モーガンさえ居ればこんな騒動にはなっていなかっただろう。


 胃を押さえたエドガーは集まる野次馬どもに仕事に戻れと指示を出し、気を失っているドルフを抱え医務室へと向かう。


「とりあえず、目が覚めたらまずはドルフにポーションを飲ませて詳しく話を聞く。エイリーン、ロブを俺の部屋に連れて来てくれ、あいつにも俺が直接話を聞くからな」


「はい、すぐに!」


 横にも縦にもでかいドルフを持ち上げ、エドガーは「はー」と大きくため息を吐く。


「モーガン、ギルフォード、早く戻ってきてくれよ……俺一人じゃ無理に決まってる……」


 そんな呟きが漏れたエドガーだったが、ある意味この時はまだ考えが甘かったと言える。


 本当の危機はこの後やって来たのだ。



 その日の夜、各地の冒険者ギルドから緊急連絡が届いた。


『キーラベルヤ火山にて活発な動きあり、噴火の恐れがあるため警戒待機を願う』


 キーラベルヤ火山とは南にある火山だ。

 聖獣ハヌゥを神と崇める地域であり、ハヌゥの住処ともいわれる場所でもある。

 同じ大陸ではあるが違う国。

 それなのにこの街にまで警告文が来たことにエドガーはゾッとする。


『アランドピーク山にて猛吹雪のもよう、災害の恐れあり、緊急時には応援願う』


 アランドピーク山は北の国にある、この世界で一番高い山と言われている場所。

 聖獣アセナの住処としても有名だが、この時期の猛吹雪には違和感しかない。

 季節外れの吹雪に警告が出るのも分かる気がしたが、エドガーはその理由がだんだんと分かってきた。


『カラカカ砂漠にて大竜巻あり、被害最大級の恐れあり、注意願う』


 カラカカ砂漠は聖獣ボウロの住まう場所。

 普段は穏やかな砂漠のはずなのだが、()()場所だけにエドガーは頭を抱える。


『シャナノ海にて大波、うねりあり、出航不可、各所注意を願う』


 シャナノ海は聖獣ステゥムの守る地。


 頭を抱え胃を押さえるエドガーは、流石に状況が飲み込めてきた。

 これはもうレイを泣かせたことが原因、それしかいないだろう。


 愛し子を愛さなければ国が亡びる。


 その言い伝えはどうやら本当だったようだ。


 レイを泣かせてしまった。


 その余波は、この国を揺るがすほどの大問題になりつつあった。


「ギルド長、大変です!」


「今度はなんだ!」


 エイリーンではなく別の職員がエドガーの執務室へやって来た。

 これ以上のことがあるのか? 

 不安になりながらも、エドガーは冷静沈着な表情を保ちつつ「どうしたんだ」と威厳ある風に答えた。


「スピアの森で魔獣が多数発生し冒険者たちが逃げてきております! 下手をしたら魔獣のスタンビードの危険があるかもしれません!」


 部下の報告を聞き、エドガーは手で顔を覆った。

 涙は出ていないが心は泣いている。


 もう駄目だ。

 この街消えちゃうかも。


 いやそれどころかこの国自体終わるかもしれない。


 そんな言葉をどうにか飲み込み、エドガーは指示を出す。


「上級冒険者をすべて呼び出しギルド内で待機の指示を、低ランク冒険者は本人の希望に限り後方支援を依頼する。いいな!」


「はい!」


 駆け出して行った部下を見送り、エドガーは机に突っ伏した。


「ロビン・アルク~、こういう大事なことは先に言ってよ~!」


 その悲し気な呟きは、誰にも聞こえることは無いのだった。

こんばんは、夢子です。

本日も読んでいただきありがとうございます。

またブクマ、評価、いいねなど応援も有難うございます。

励みになっております。

今日二話目です。

ジェドは動物好きなのでレイと波長が合います。

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