絶対に許さん!
ロブからモーガンのお休み事情を詳しく聴いていると、レイのお弁当屋の開店時間となった。
もう冒険者ギルドでお弁当屋を開くのも数回目。
ただでさえ接客が得意なレイは慣れたもの。
ケンも戦闘奴隷の下積み時代に接客経験があるので、売店員の仕事に問題はない。
それにレイのお弁当屋は商品が少ないし、値段設定も簡単なので販売は楽だ。
冒険者ギルドの売店で一番接客が向いていないのは、ハッキリ言って先輩従業員のロブだろう。
まあ、彼はレイの店の従業員ではないので注意はしない。
モーガンがいない今、ロブの指導係はギルド長がするべきことだ。
それもなんだかちょっと違う気がするが、レイは勝手にそう解釈した。
「坊主が弁当の数を増やしてくれたから助かるぜ、この前は買えなかったからよー」
「それはご迷惑をお掛けいたしました。今後はこの数で参りますのでまたのご利用をお待ちしております」
「あははは、何言ってんのかよく分からねーけど、坊主また寄らせてもらうからな」
「はい、有難うございます!」
ケンが来たことで、レイはお弁当とクッキー類の数を増やした。
以前は各種十個だったけれど、今は各種三十個、結構な数になった。
それでもまだ購入できない人もいるが、それはそれ、レイはあくせく働くのは嫌だった。
その為、以前のように争奪戦が起こり、お弁当が一瞬で売り切れることはない。
お弁当を売り切るまでには少し時間がかかるけれど、冒険者にもギルド職員にも行き渡るようになって、競うように並ぶものはいなくなったし、悲しい顔をする人も減ってホッとした。
それにちょっとお弁当を増やしただけだけど多くの人に感謝されレイはちょっとだけくすぐったい。
「ふふふ、ケンのお陰だね」
レイがそう声を掛ければ、ケンは少し目を見開き照れたように笑う。
「いえ、私は何も……レイ様の……いえ、レイの努力の結果ですから……」
まだぎこちない部分はあるけれど、ケンはレイとの兄弟設定を目標とし、それに合った会話や行動を心がけてくれている。
ちょっとした言葉でもすぐに照れたり、返事がちょっと硬かったりと改善点はまだまだあるが、レイ的には可愛いケンのデレ顔はご褒美だ。
(うちの子最高! 可愛すぎ!)と常に思っているし、照れた顔は美味しくって仕方がない。
今も耳と頬が少し赤いケンをほくほく顔で見つめて大満足だ。
初めて会った時からケンとは縁を感じたけれど、カッコよくって可愛くって素直で、レイの黒髪に似た紺色の髪を持っているケンは、レイの家族として最高の相手だった。
冒険者たちが出発し、少しお弁当屋が落ち着いてくると「レイ君」とエイリーンに声を掛けられた。
「レイ君、悪いけれど、ちょっといいかしら」
「はい、何でしょうか?」
売店から抜け、エイリーンの受付へと一緒に向かう。
こういう時にはうっかり屋のロブではなく、しっかり者のケンに店を任せられるので安心していられる。
「レイ君は次の依頼、冒険者の仕事は決めたのかしら?」
エイリーンの問いかけはそれだった。
いいえまだですと首を横に振ると、一つの紙を渡される。
【依頼主、サラ商店
依頼内容、販売店員
依頼受付可能ランクF、G
依頼期間、一週間程度
支払い金額、一時間、半銀貨一枚】
「これもしかして依頼ですか?」
「ええ、私の知り合いのサラさんが営んでいるお店なんだけど、娘さんが出産で暫くお店の手伝いが出来ないから一週間ほどお手伝いしてくれる人が欲しいそうなの、商業ギルドに頼むともっと金額が高くなってしまうでしょう。だからもしレイ君にお願いできたらなって思って声を掛けたのよ」
申し訳なさそうにレイを見るエイリーンさん。
大きな店でなければ人を雇うのも難しいのだろう。
商業ギルドの依頼の値段は分からないけれど、人の弱みに付け込む部分をマルシャ食堂の時に見ているだけに、サラ商店が困っていることは理解できた。
「あと、それからケンさんのことなんだけど」
「ケンさん?」
その呼び方にちょっと口元が緩む。
ケンさんなんてエイリーンが呼ぶとそれっぽくってちょっと良い。
「ええ、ケンさんはレイ君の奴隷だけど、冒険者としての依頼はどうするのかしら? ケンさんが今後冒険者としてランクを上げていく気持があるのならば、レイ君とは別行動が良いでしょう? それに成人前の冒険者であるレイ君の依頼にずっとついて回るのもどうかと思うし……」
確かにそうだとレイは納得する。
多分サラ商店さんへ行くときはケンがいない方が良いのだろう。
出産したばかりの女性の下に若い男を連れていくのは前世であっても迷惑だろうし、この異世界ではタブーなのかもしれない。
それにケンは戦闘奴隷期間があったのでそれなりに戦うことが出来る。
あとはレイが主として、ケン本人が今後どうしていきたいのかを聞くべきだろう。
「分かりました。少しケンと相談してみます。サラ商店さんの依頼へのお返事はそれからでもいいですか?」
「ええ、勿論よ。リサの、いえ、娘さんの出産まではまだもう少し時間があるから、レイ君の気持ちが決まったら教えて頂戴ね」
はい、と答えようとしたところでガシャンッ!!と背後で大きな音がした。
「なんだ?」
「どうした?」
「何の音だ?」
騒がしくなるギルド内。
残っていた冒険者や、仕事途中のギルド職員たちが音がした方へと集まっていく。
「どうしましたか?」
総合受付に座るエイリーンも当然立ち上がり、音がする方へと視線を向けたが、その瞬間「あっ!」と驚きの声を発した。
そうエイリーンの視線の先にも、そして当然レイの視線の先にも、売店で販売しているレイの大事なお弁当が床に落ち散らばっていたからだ。
「なんで?」
レイは疑問の声を上げる。
さっきまでレイのお弁当はしっかりとカウンターの上に並べられていた。それも綺麗に。
「ケン?」
ケンは床に手をつき、レイのお弁当をかき集めている。
それも苦しそうな表情を浮かべて、泣きそうな顔で。
レイは数メートル先の売店へと急いで駆けつける。
ケンの様子が心配だったからだ。
「ケン、どうしたの?」
「レイ様、申し訳ありません……」
理由を言わず謝るケン。
ケンがわざとお弁当を落とすなどあり得ない。
もしぶつかって落ちてしまったならば、気にしなくてもいいよと声を掛けようとした。
けれどそんなレイの前、踏ん反りかえる大男が目に入った。
「お前がこの奴隷の主か? 新人冒険者のくせに生意気にも奴隷持ちなんだってなー」
悪い顔でにやりと笑う大男。
それを見てレイは悟る、こいつが犯人なのだと。
「おい、ちびっこーー」
「お前がケンをいじめたのか?」
レイは大男の腕をギュッと握る。
レイの大事な家族であり、可愛い兄でもあるケンをいじめるなど許せない。
「いっ! な、いじめたって何だよ、この奴隷はサジテ国の奴だろう! 俺は冒険者としてーー」
「お前が私の弁当を落としたのか?」
レイは掴んだ大男の腕をギュッとひねる。
ギリギリと変な音がするが気にしない。
レイが丹精込めて作ったお弁当を落とすなど万死に値する。
死んだって許されることではない。
レイの心は冷たいものに支配されていた。
「いててててっ! おい、ガキ、離せ、俺はーー」
ゴキッ!
大男の腕が変な方向に曲がり「ギャー!」と悲鳴を上げた。
だけどそれがどうした。
ケンをいじめ、お弁当を落とした男を許せるはずがない。
レイは騒ぐ男の右足を今度は掴んだ。
「レイ様、私は大丈夫ですから! おやめください!」
「レイ君、それ以上はだめよ! ギルド内での死闘は禁止されているのよ!」
ケンとエイリーンがレイを抱きしめ止めてくる。
こんなクレーマーでカスハラな男、この世界には必要ない。
レイは二人にニコリと微笑んで安心させる。
「二人とも安心して、私、ごみ処理は得意なの、任せて!」
「レイ様!」
「レイ君、ダメよ、お願い、我慢して」
我慢して?
被害者はケンと私なのに、我慢して?
それがこの世界の常識なのか?
それが冒険者ギルドのやり方なのか?
レイの中でますます冷たいものが広がっていく。
「エイリーンさん、何故、私が我慢するんですか? 悪いのはこの人ですよね? ねえ、知ってます? 私がこのお弁当にどれだけの愛情を込めているか、分かってますか?」
「レイ君、ごめんなさい。そうじゃなくって、私は貴方のことを心配して……」
エイリーンが青い顔で首を振るが、レイの心は納得しない。
「心配? 我慢させるのが心配してるってことなんですか? それが冒険者の当たり前なんですね」
「ちがう、違うのよ、レイ君、聞いて、まずは手を放して」
「……」
そうか分かったよ。
異世界もやっぱり同じなんだな。
弱者が間違っていなくても我慢するもの、そういう世界なんだ。
レイは掴んでいた大男を放り投げる。
床にドン! と叩きつけられたが気にしない。
お弁当も同じ思いをしたのだ、仕返ししても構わないだろう。
「ケン、帰るよ」
「レイ様?」
この場にはもう用はない。
レイは魔法を使い、落ちたお弁当たちを一瞬で消し去った。
このままこの場所に落としておいて、誰かに踏まれるなんて許されない。
家に持って帰ってレイの手で処分してあげる。
誰にも食べられずダメになったお弁当をそうしてあげたかった。
「エイリーンさん、私はもうここには来ません。冒険者辞めますんで、安心してください」
「えっ?! ちょっと待って、ねえ、レイ君、お願い、話を聞いてちょうだい」
レイは首を横に振った。
これ以上ここにいて我慢を強いられるなど嫌だった。
ケンだって奴隷として生きてきてこれまでずっと我慢してきたのだ、これ以上ケンに我慢などさせたくない。
当然レイだって自分が悪くないのに我慢など出来るはずがなかった。
「ケン、行くよっ!」
レイはケンの手を引っ張り、冒険者ギルドを後にする。
「レイ君待って!!」
エイリーンが後を追って大きな声でレイの名を呼んだが、レイは振り向かなかった。
冒険者なんて辞めてやる!
二度とこの街になんか来るもんか!
冷静さを失ったレイは、そう決断したのだった。
こんばんは、夢子です。
本日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいね、など応援もありがとうございます。感謝しております。
サラ商店はエイリーンの実家近くにあるお店です。リサはエイリーンの幼馴染、妹分です。




