どんだけー!
「ロブさん、おはようございます。今日も一日宜しくお願いしますね」
今日はレイのお弁当屋の日、月曜日だ。
朝早くにケンと家を出たレイは、いつも通りアーブに乗って街へと着くと、オブリ馬屋にアーブを預け冒険者ギルドへやって来た。
レイが依頼を受けたマルシャ食堂は開店から順調で、どうにか三人で店を回している、というぐらいに賑わっている。
そのためレイとケンは週末だけアルバイトとしてマルシャ食堂へ通うことを決めた。週末の混み具合は友人として見過ごすことは出来なかった。
「通いの従業員を雇う事を検討してるんだ……」
自分ではなくミランとトイの負担を気にしてフランクさんはそう呟いた。
ミランとトイが「大丈夫です、私たちはまだ頑張れます!」と言えば言うほど、フランクさんの良心は痛むようで主として心苦しかったらしい。
どっかのパワハラ上司に聞かせたい話だ、是非フランクさんの爪の垢を飲むべきだと思う。
そして仕方なくフランクが通いの従業員を商業ギルドへ申込みに行ったところ、手のひらを返したように大事にされたらしい。
アイスといえばマルシャ食堂!
世間ではすっかりそう認知されているので、流石にレシピを盗まれる心配は今はない。
けれどキッチンはやはりフランクとミランで担当し、数年後にはトイにも任せようと決めた。
なのでフランクは商業ギルドに接客担当者を申し込んだ。
それでもアイスの作り方を少しでも知りたいらしい商業ギルドは、すぐにでも人員を確保すると言ったらしいので、マルシャ食堂に新しい従業員が増えるものもう間もなくのことだろう。
「全部レイ君のお陰だよ、本当に有難う! この人気を維持出来るように私たちは頑張るからね!」
そう言ってフランクはレイに依頼達成のサインをくれた。コメント欄に最高だけれど普通評価にしておきます、という言葉付きでだ。
「フランクさん、これ……」
「うん、レイ君を困らせたくないから普通評価にするけど、君は最高の冒険者だって言いたかったんだ!」
「フランクさん……有難うございます」
目立ちたくないのならば、本当は最高評価を喜んではいけないのだろう。
だけどフランクに認められて、お礼を言われれば嬉しいと感じてしまう。
「フランクさん、商業ギルドから人が来るまではケンと手伝いに来ますからね!」
「うん、レイ君ありがとう、期待してるよ。ケン君も宜しくね」
「はい、もちろんです」
そんな感動するやり取りが週末にありの月曜日なのだが、レイはある疑問に気がついた。
(あれ? そういえば私ここ最近モーガンさんに会ってないよね?)
レイがお弁当屋への出勤日は、モーガンかロブのどちらかが休みだと聞いていたので深くは考えなかったが、レイはマルシャ食堂へ手伝いに行ったあたりからモーガンと顔を合わせていない。
(モーガンさん、もしかして病気? まさか自宅で倒れたりしてないよね?)
流石に可笑しいと感じたレイは、ボーっとカウンター席に座るロブに問いかけた。
「ロブさん、そういえばモーガンさんを見かけないのですが、もしかして長期休みとかですか?」
「んあ?」
仕事中なのに眠そうな顔で振り向いたロブに、レイは呆れ、ケンは苦笑いだ。
質問がやっと脳に到達したのか、ロブは「ああ、モーガンさんな」と眠たそうな目を擦りながら喋り出した。
「モーガンさんは出張だ、出張」
「出張?!」
おいこら! 売店員の出張ってなんだよ?
買い出しか?
レイは心の中で突っ込んだ。
おかし過ぎる話だからだ。
「ああ、ほら、モーガンさんはギルド長と仲がいいだろう、だから色々と頼まれんだよ、あの人優しいからな」
「またギルド長か……」
レイはエドガーにまた淡い殺意が芽生え、心の中でチッと舌打ちする。
エドガーは少しばかりモーガンを自分勝手に扱い過ぎではないだろうか?
公私混同しないで欲しいものだ。
(ギルド長をちょいと裏まで呼び出すしかないかねー)
教育的指導が必要だと考えながらも、今は販売員のお仕事中なので、顔には笑顔を張り付けているレイだが、その黒い瞳は冷ややかだ。
レイがアサシンにジョブ替えしようかと思うほど、傍若無人な上司であるエドガーには怒りが沸いていた。
「それによー、聞いた話だとモーガンさん、怪我したみたいなんだ」
「怪我?!」
「ああ、王都へ発つ日にモーガンさんを見たやつがいるんだけどよー、なんでも失った方の手にぐるぐると包帯を巻いてたって聞いたんだ。あれほど包帯を巻くってことは、複雑骨折か、腕がちぎれかけてんじゃねーかって話してたんだよ」
「えっ? そんな、そんな状態で出張ですか?」
モーガンが死んだらどうするんだ!
レイはますますエドガーを嫌いになる。
奥様以外の人に優しく出来ないギルド長など、このギルドにいらないのではないか? 本気でそう思った。
レイの顔色が変わったからか、ケンが「レイ?」と心配げに声を掛けてきたのでレイは大丈夫と答えたが、全然大丈夫ではない。
腹の中でクソ上司! 死ね! とエドガーを罵っていた。
「だから俺はずっと休みなしだ。モーガンさんが戻るまでは休めないだろうなー」
「休み……無し?」
クソだ。
クズだ。
どうしようもない上司がここにいる!
レイは今すぐにでもエドガーを処分するために動きたくなったが、エドガーの妻サーラのふわふわした笑顔を思い出し、どうにか堪えた。
「でもよー、だからこそモーガンさんは王都に行ったんじゃないかって皆が言ってんだ」
「えっ?」
「ほら、ポーションにも限度があるからよー、あんまりにも酷い怪我だったから、ギルド長が気を利かせて出張って形でモーガンさんを王都に送ったんじゃないかって噂だ」
「……」
ああ! ギルド長、ごめんなさい。
本当、マジでごめんなさい。
クソ上司だって悪く思ってごめんなさい。
レイは今すぐにでも抹殺しようと思っていた相手に対し、心の中で平謝りだ。
エドガーはきっと友人のモーガンの怪我を知り、ギルド長の権限で出張扱いにしてあげたのだろう。
そうと分かれば、ギルド長の優しさと気遣いに感動する。レイの営業スマイルも本物に戻っていた。
「だけどさー、モーガンさんもそろそろ戻って来るはずなんだよなー、もう二週間以上経つもんなー」
確かにモーガンとはそれ程顔を合わせていない気がする。
それにレイの教育係であるギルフォードも戻りが遅い、ロブの言葉のせいで旅路に何かあったのでは? と心配になり始めた。
「まあ、王都だもんな、行ったら遊ぶに決まってるよな」
「そうなんですか? 王都は遊ぶ場所が沢山あるんですか?」
もしかして有名テーマパークでも王都にはあるのだろうか?
いや、デパートのような大型店舗でもあるのかな?
期待顔のレイの前、ロブがエヘへとイヤらしく笑う。
「レイにはまだ早いかもしれねーけどよ、王都って言えば高級な娼館があるだろう、きっとモーガンさんもそこで遊んでるんだと俺は思うんだよ」
「……」
ロブを見るレイの目もケンの目も、冷めたものに変わる。
ぐへぐへ笑うロブが気持ち悪過ぎて本気で引いた。
コイツ大丈夫か?
と疑いたくなるほど、ロブの楽しげな笑顔は気持ち悪い笑みだった。
(そうか、王都には高級娼館があるのか、だからギルフォードさんも帰って来ないのか)
ロブのせいでギルフォードは可愛い教え子に酷い勘違いをされたのだが、それに気付くことはない。
ロブのせいで帰って来た時にレイが笑顔を浮かべていても、心の中ではキモッと言っている可能性が高くなったのだが、王都にいるギルフォードがそれに気付くことはないのだった。
こんばんは、夢子です。
本日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいね、など応援もありがとうございます。感謝しております。
ロブはレイが女の子であることをしりません。




