★国王との面談
「おお! ギル、久しぶりだな。その顔を良く見せておくれ」
長兄ジェラルドとの秘密の面談から二日後。
この国の国王でありギルフォードの父親である、ギルバード・フォークラースとの面談が叶った。
王妃の様子次第では一か月は王宮に滞在し、レイからもらった食料も底をつくだろうと思っていただけに早い面談は有難かったが、長兄が無理をしたのではないかと少し心配だった。
「父上、お久しぶりでございます。お変わりないようで安心いたしました」
ギルフォードの顔を見て笑顔を浮かべる父ギルバードは、多分世間一般的には愛情深い父親なのだろう。
けれどその父親が国王となると話が変わってくる。
自分の子や妻は所有物であり、自分の願い通りに行動するのが当然だと思っているのだから頭が痛い。
それに父ギルバードに兄弟はいない。
生まれてからずっとたった一人の王子として大切にされ、ずっとすべての願いが叶ってきたのだ、今後もそれが叶って当然、そう思っても仕方がないことなのかもしれない。
「ギルフォード、そろそろ王宮に戻ってこないか? 冒険者など危険な仕事はもうやめた方が良いのではないか?」
「いえ、父上、冒険者になることは私の夢でした。それに市井を知る母上も私が広い世界で活躍することを喜んでくれていると思います」
「……そうか、そうだな、エミリならば確かにそう望むだろうなぁ……」
このやり取りもいつものことだ。
父はギルフォードを傍に置きたがり、ギルフォードはそれを断る。
そして母の名を出せば父は少し悲し気で優し気な何とも言えない顔になり、母エミリと同じ色を持つギルフォードの瞳を見つめるのだ。懐かしそうに。
父は悪い人ではない。
それに王らしい王なのかもしれない。
けれどそれに振り回される身としては苦しい気持ちが強い。
父が母を愛し過ぎていなければ、王妃に疎まれることなどなく母は今も生きていたかもしれない。
そして母が亡くならなければ、父がここまで強く執着しギルフォードを愛することはなかっただろう。
それに幼いころ無知だったギルフォードは、両親に褒められるのが嬉しくて、勉強も、剣術も、魔法も全て頑張りすぎてしまった。
兄の地位を揺るがす気などギルフォードにはなかったのだが、結果的にギルフォードの頑張りは兄たちの治世の邪魔になっただけで、疫病神となってしまったのだ。
(母ではなく、自分が死んでいれば……)
王宮の閉鎖的な場に来ると、ギルフォードはどうしても負の方へと感情が流れてしまう。
その上今日は大事な教え子であるレイの話をこの父にしなければならないのだ、気が重くならない訳がなかった。
「父上、大事なお話があるのですが」
ギルフォードの言葉を聞き、ギルバードはすぐに人払いをする。
これが兄たちだったり王妃であったならばこうはいかない。
父は母が亡くなってからというもの、王妃や兄たちに対し少し、いやだいぶ態度が悪い。
それが却ってギルフォードに負荷をかけることになるのだが、この父はそこを理解しない。
唯我独尊とは父のような人を指すのかもしれない。
「それでどうしたギル、何か辛いことでもあったのか?」
ならば自分が力を貸すぞ!
本気でそう思っているだけにギルフォードは絶対に父親には頼れない。
どんな些細なことでもギルフォードのためならばと、勝手に解釈して力技で解決しそうだからだ。
「実は……愛し子を見つけました……」
「何っ?! それは本当か?!」
驚く父にギルフォードははいと頷く。
(レイ必ず守るからね)と心中で誓いながら……
「だったらすぐにこの王城にて保護しなければ! ギル、何故連れてこなかった、もしや愛し子が拒否したのか?」
「いいえ、そうではありません。ですが、愛し子は森を出ることを望んでおりません」
「森? お前の住む街で森と言えば……まさかあのスピアの森か?」
あんな危険な場所にと驚く父に、ギルフォードは母に良く似た笑顔を向ける。
彼女のことは心配はいらないのだと、分かってもらえるように。
「スピアの森はその愛し子のお陰で今は魔獣の活動も落ち着き、以前のように危険な状態ではありません」
「そうなのか?」
「はい、それに聖獣たちが愛し子を慕い遊びにも来ておりました。彼女をあの森から離せば彼らがどう動くかも分かりません」
「聖獣が……か?」
愛し子だけでなく聖獣の話も持ち出せば、父は驚きを隠せない。
聖女や英雄でさえ聖獣と会うのは難しく、ましてや遊びに来るという言葉を理解できないようだった。
それほどレイはこれまでのこの世界の歴史にない存在なのだ。
レイこそ望めば何でも手に入る、そんな存在だろう。
だからこそ表舞台に立たせたくはない。
他の誰よりも先に父に報告したのはそのためだ。
万が一レイを狙うものがギルフォードとは違う形でレイのことを報告した場合、この父がどうなるかは分からない。
ギルフォードたちとは感覚が違うレイが、無理やりにでも王城へ引っ張られてしまった場合、果たしてどうなるかはギルフォードにも想像ができない。
あの身体能力や、あり得ない魔法の使い方を見れば、レイが異質な存在であることは確かだった。
「ギルフォード、彼女と言ったからには、その愛し子は女性なのだな?」
「はい、女性というか、まだ少女ですね。それも幼い少女、そう言えます」
レイの年齢は十二歳、だが父にそれを伝える気はない。
レイの見た目は七、八歳だ。
何も言わなければまさかレイが十二歳であるとは誰も気づかないだろう。
「ふむ、ギル、その愛し子を娶れ、そうすればお前は王になれる。誰も反対することはないだろう」
「……」
案の定、父はギルフォードが想像していた通りの言葉を吐いた。
そして自分の息子ならばそれが出来る、そう信じているのだから困ってしまう。
「いいえ、父上、彼女はまだ幼いのです。娶るも何も、結婚のことなど意識もしていないでしょう」
「だが女の成長は早いぞ、数年もすれば彼女の方がお前を欲するかもしれん、お前ほどの魅力ある若者などどこを探してもおらん。それにお前ならば彼女の心をつかむことなど容易いだろう」
父から見るとギルフォードは絶世の美男子のようだ。
誰だってお前に惚れる、そう信じているのだから笑えてしまう。
あのレイが自分に惚れるところなどギルフォードには全く想像できないのに……
「それはどうでしょうか……彼女が大人になるころには私はもういい歳です。彼女にはもっと年が近く気の合う者が好ましく、そういった相手と恋に落ちる可能性は十分にあるでしょう」
ギルフォードの言葉は本音だった。
実際にレイとは十歳以上離れているし、自分のような不良物件はレイに似合わないと思っている。
それ以前にレイ自身は未婚を決めているのだが、ギルフォードもギルバードもそんなものに気づくはずもない。
この世界では女性は年頃になれば結婚するのが当たり前なのだ。
レイのことも同じように考えて当然だった。
「ただ、私は愛し子と交流し、あの子のことを知り、彼女の傍で彼女を護りたいと、そう思いました」
「ギル……?」
怪しんだ父が目を細めギルフォードを見てくるが、それに気づかないふりをする。
「父上、どうか私に彼女の騎士になる役目を下さい。私は王位継承権を放棄させていただき、愛し子の傍で彼女を護る使命を賜りたく存じます」
「……」
ギルフォードが願えば父は言葉を無くす。
これまで何度も王位継承権を放棄したいと願い出たが、それは叶わなかった。
けれど今回は違う、愛し子の名があるからだ。
レイを口実にするのは心苦しいが、父へ報告すればどの道誰かしらを愛し子の確認に向かわせたり、護衛として向かわせるだろう。
ならばギルフォードがそれを担えばいい。
あの子の傍に居られるならば、理由はなんだっていいのだ。
ギルバードは愛し子とギルフォードの間で心が揺れるのか、いつものように「ならぬ!」と即座に返答することはなかった。
王としてこれまでの歴史を学んでいるだけに、愛し子に対する対応を悩むのだろう。
「ギル、これについてはすぐに答えは出せぬ……だが、前向きに考えたいとも思う……私の答えはそれだけだ……」
「父上! 有難うございます!」
これまでにない手ごたえを感じ、ギルフォードは思わず笑顔を浮かべてしまう。
だがそれは悪手だった、父親がどれ程己に執着しているかを、ギルフォードは忘れていたのだ。
「礼が早い! 考えると言っただけだ、それに愛し子に会うまでは答えは出せぬからな!」
「父上?」
「王位継承権を放棄したいというのならば、その愛し子をここに連れてまいれ! そうでなければ私は許さぬ! お前を手放すなど、そう簡単には認められんからな!」
そう叫び、父は面談の席から出て行ってしまった。
結局ギルフォードは王位継承権を放棄することも認めてもらえず、その上レイを王城へ連れてくるかの二択を迫られてしまった。
それにきっと、この話は王妃にも伝わるだろう。
まさか愛し子であるレイを亡き者にしようなどと愚かなことは考えないとは思うが、ギルフォードとレイの仲が深まらないように『何か』をしでかす可能性はあるような気がして、恐ろしさを覚えた。
こんにちは、夢子です。
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