★兄との秘密の面談
ルオーテの街を出たギルフォード一行は、馬車で四日はかかる王都までの道のりを、愛馬を走らせたったの二日で到着した。
「レイ様に頂いた果物のお陰でしょうか? キャピュレットの調子が物凄くいいのですが……」
「うん、ジュリーも同じだからそうだと思うよ、それにお弁当のお陰か僕たちも全然疲れがないしねー」
「確かにギルフォード様の仰る通り、宿にも泊らず二日もぶっ続けで走り続けたのに、自分もロメオも出発前と何ら変わらない状態だと言えますね」
王城までの道を馬を引きながら歩き、三人はそんな会話を交わす。
レイの家で食事を摂ってからというもの、今までにないほど体が軽い。
旅の途中で現れた魔獣など手こずることなく、メイソンもゾーイも瞬殺と言える速さで倒すことが出来た。
レイが精霊王の愛し子であるというのも頷ける。
傍に寄るだけで心がホッとし、体の疲れが取れる感覚があるのだ。
彼女の料理には美味しい以上の何かがあるのだろうと思えてならなかった。
ただしレイの行動に胃が痛くなったり頭が痛くなったりするのはまた別の話だが……
「さあ、悪の巣窟に足を踏み入れるか」
「ギルフォード様、そのような言い方は……」
「ギルフォード様、誰が聞いているか分かりませんよ」
メイソンとゾーイの注意を聞き、ギルフォードははいはいと軽く受け流す。
それを見て二人は溜息を吐くが、ギルフォードを責めることはしない。
ギルフォードにとって王城が安心できる場所でないことを、二人はよく知っているからだ。
ギルフォードは現国王が商家の娘と恋に落ち結ばれ出来た子供。
簡単に言えば庶子である。
本来ギルフォードは王位継承権を持つことは許されないのだが、妾妃を愛しすぎた国王が、本来側妃になれるはずのないギルフォードの母親を、優秀な男児を生んだことを建前に側妃にし、そしてギルフォードにも王位継承権を与えてしまったのが、今のギルフォードの立場を作っていた。
その上ギルフォードは、兄弟の中でも両親の良いところだけを受け継いでしまった優秀な子供だった。
魔力も一番多く、見た目も一番いい。
その上何を教えても大概のことは簡単に熟してしまい、年の離れた兄たちにも教育面ですぐに追いついてしまった。
そうなれば当然「次期国王はギルフォード様が相応しいのでは?」という声が上がる。
幼いギルフォードはただ両親に褒められることが嬉しかっただけだったのだが、王妃の周りの者たちはそれが面白くなかったのだろう。
ギルフォードが十歳の時、母と共に毒を盛られ昏睡状態に陥った。
その結果、ギルフォードは一命を取り留めたが母は亡くなってしまった。
犯人は母親の侍女であった女性で事件後すぐに自首してきたのだが、彼女の罪は未だに冤罪であったのではないかとギルフォードは疑っている。
何故ならあの後王妃と会う機会ギルフォードは「生き残ったのか……」と漏らした王妃の言葉を忘れられなかったし、侍女の家が色々と追い詰められていたことをのちに知ったからだ。
扇子で隠し、誰にも聞こえていないと思っていただろう彼女の本音は、ギルフォードを心配する優しい笑顔と相まって空恐ろしかった。
なので自分の命を守るため、そして王位に興味がないことを示すため、ギルフォードは逃げるように冒険者になった。
それでも父親は未だにギルフォードを王位につけたいと望んでいるようで、ギルフォードは王城とは一定の距離を置いている。
ルオーテの街に拠点を置くのもそんな理由からだ。
勿論ギルフォードを見て騒ぐ令嬢たちがいない田舎の方が居心地がいいという理由もあった。
ギルフォードはいずれはS級冒険者となり、力を付けて王家の意向にも逆らえる立場になろうとがむしゃらに頑張ってきた。
そんなところに精霊王の愛し子であるレイの出現だ、興味を持つのも当然だった。
それもギルフォードが定住先にしているルオーテの街に愛し子が現れた、運命だと感じても可笑しくはない。
その上彼女は目標とする冒険者ロビン・アルクの孫でもあった。
レイの傍にいてレイを護りたいと感じたのは本心からだった。
(精霊王の愛し子は、勇者や聖女とはまた違う……)
もしレイが聖女であればギルフォードは王家に彼女の庇護を求めたかもしれない。
そしてレイが勇者であれば王家に報告し、地位を与え、それ相応の立場を準備させただろう。
だが精霊王の愛し子はモノが違う。
王家が跪き頭を下げる相手だ、レイを服従させることなどあり得ないことだった。
(まあ、あの子が王家の意向に従う姿なんて僕には想像できないけどねぇ……)
王との謁見を待つ間、普段ならば気持ちが落ち込み憂鬱になるのだが、今日は違う。
王宮で出された食事にほとんど手を付けておらず、レイの作ったお弁当を食べているお陰もあるが、それだけではない。
あの子の行動や言動を思い出すとふっと口元が緩むのだ。
それに「帰ってきたら好きな物を作りますよ」との言葉を思い出すだけで心が温かくなった。
「はあー、またあの方が邪魔をしているのかな? もうここに来て六日目だ。陛下に会うまであと何日かかるのかなー」
レイが馬たちにくれた林檎をかじりながら、ギルフォードがそんな言葉を呟く。
王妃はどうやってもギルフォードの邪魔をしたいようだが、そんなことをしなくてもギルフォードに王位を望む欲などない。
レイと出会ってしまった今は尚更だった。
あのちょっととぼけたお節介な子と一緒にいると、とても楽しい。
それに年下の彼女には悪いが、母親に甘えられるような感覚もあり、友としてずっと一緒に居たいとそう思うのだ。
コンコンとノックの音が聞こえメイソンが対応する。
誰かからの先触れか、それともやっと父親に会うことが叶うのか、そう思っていれば入って来たのは何と上の兄だった。
久しぶりに会う兄の姿に驚き、ギルフォードは立ち上がるのが一拍遅れてしまう。
だが兄はお忍びでギルフォードの下に来たようで、それを制し、そのままで良いと促した。
「兄上、どうなさったのですか? それもお一人で来るなど危険すぎます!」
「ハハハ、可愛い弟に会うのに何の危険があるのだ。それに母上のことはジェイクに頼んできただから心配するな」
「ですが……」
ギルフォードと会ったことは後で必ず王妃の耳に入るだろう。
そうなれば何があるか分からない。
あの人でも流石に自分の息子に何かするとは思いたくはないが、これまでのことを思うと心配でたまらなかった。
「ギル、私はもう三十五だよ、流石に母上に負けない力があると自負している。まあ、だが、流石に王である父上にはまだ敵わないだろうがね……」
「……」
それもすべて国王が兄を王太子に指名しないからだろう。
能力的にも人柄的にも王太子になる素質がある兄だが、その魔力はギルフォードよりも少なく弱い。
その上兄は王妃に似た容姿をしている。
父が頑なに王太子として認めない理由は、そんなくだらないことなのだ。
だがそれも数年のことだと分かる。
兄はまだだと言っているが無理だとは言っていない。王位を取るのも時間の問題なのだろう。
「ギルが食事をほとんど食べていないと聞いてね、もしかして何かあったのではないかと心配になって来てみたんだよ……でも見た目的には元気そうだ、ギルはお腹が空いていないのかい?」
どうやら王宮の食事をほとんど残していることで、兄たち二人に心配をかけてしまったらしい。
申し訳なさからギルフォードの端正な顔が困ったように歪む。
きっと毒でも盛られ寝込んでいるのではないかと心労を掛けてしまったのだろう。
「兄上、申し訳ありません、実は食事を持ち込んでおりまして……」
「食事を? そうなのかい? だがお前たちが王都に入ってから寄り道をしたとは聞いていないが? まさかルオーテの街で購入したものを食べていたのかい?」
「ああ、それは、ほら、これのお陰ですよ」
ギルフォードはそう言って魔道具である鞄を見せる。
今はレイが見たら笑うか、コスプレだと言って喜びそうな王子様らしい服装をしているので、ギルフォードは流石に冒険者らしい鞄を腰にはつけていない。
なのでテーブルの上に置いて見せたのだが、兄はそれを見て少し悲し気に微笑んだ。
「お前は本当に冒険者になってしまったんだね……」
「兄上?」
今更何をと思ったが、ギルフォードがA級冒険者になったのは最近だ。
兄にも思うところがあったのだろう。
もしかしたら自分の治世ではギルフォードの力を借りたかったのかもしれない。
ギルフォードの存在など災いにしかなりそうにないが、弟想いの兄は父とそんなところが似ていると思ってしまう。
「いや、何でもない、それよりこれはかなり高価な品なのだろう? 王城の宝庫にもあったはずだ、それも誰にも使えないようにされた状態でね」
「いえ、これは運よく手に入れたものですから、私はそれほどの者ではありませんよ」
「……」
また兄の顔が悲しそうな笑顔になり、ギルフォードは言葉選びを間違えたことを悟る。
ギルフォードが自分を卑下するたび、この兄は罪悪感を感じてしまうようだ。
冒険者になったこともきっと自分のせいだとこの兄なら思っていそうだった。
「ああ、そうだ、兄上、林檎を食べませんか? 美味しいものがあるのですよ」
「林檎? それはいいな、一つもらおうか」
重苦しい話を変えるため、ギルフォードは鞄からレイにもらった林檎を取り出す。
そしてギルフォード自らリンゴの皮を剥き兄の前に差し出すと、まずは自分が先に口にし「どうぞ」と勧めた。
「うん、甘くて美味しいな! ルオーテの街ではこれほどの林檎があるのかい? こんなに美味しいならジェフリーにも食べさせてやりたいな」
「ジェフリーですか? ジェイク兄上ではなくて、ジェイク兄上の息子のジェフリー?」
「ああ、少し体調が悪くてね、果物ぐらいなら食べられそうなんだよ」
「ならば持って行って下さい、林檎はまだありますので」
「ああ、有難う、ギル。そうさせてもらうよ」
レイからはジュリエッタたちにと貰った林檎だったが、あの子のことだ人間の子供に渡しても文句は言わないだろう。
それにジェフリーの体調が悪いということも心配だった。
第一王子の子ではなく、第二王子の子であるジェフリーの体調不良。
誰かの手が回っているのではないか?
そんな風に疑ってしまう自分がいた。
「ギルの元気そうな顔も見れたし、そろそろ戻ろう。流石にこれ以上は側近が騒ぎそうだ」
時間にしてたったの十分。
それぐらいしか兄には自由な時間がないらしい。
やっぱり自分には国王など向かないなと感じながら、ギルフォードは立ち上がり兄を扉まで見送る。
「ギル」
「兄上?」
何か忘れものですか?
急に振り向いた兄にギルフォードは問いかける。
だが兄は一歩ギルフォードに近づくとその頬にそっと触れた。
「お前が安心して戻ってこれる王宮を必ず私が作るから、待っていてくれ」
長兄ジェラルドはそう言い残すとギルフォードの答えを待たず去って行った。
その言葉はとても重く温かで、ギルフォードの心を優しく包みこんでくれた。
(兄上にレイのことを話せれば一番いいのだけど……)
けれど国王との面談が済まない状態で、兄にレイのことを話す訳にはいかない。
あの父がどう出るか分からない状態で兄に精霊王の愛し子の話を伝えれば、父の可笑しな行動に兄を巻き込んでしまう可能性もあった。
「はー、早く帰ってレイの作ったご飯が食べたいなー」
残りの林檎を食べながら、ギルフォードは思わずそんな言葉を呟く。
いつの間にかレイはすっかりギルフォードの中で身内扱いとなっていて、早く会いたいと願う相手にもなっていたのだった。
こんばんは、夢子です。
今日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいねなど、応援も有難うございます。
チェックをするのが私の楽しみになっております。
今日も二話投稿できたらと思っております。
目標は20時頃で、頑張ります。




