奴隷購入いたします
「その処分しようと思っている奴隷、私に見せてもらえますか?」
「レイ君?!」
驚くフランクさんを手で制し、レイはクライブへと笑顔を向ける。
きな臭い笑顔を浮かべたクライブが「何故でしょう?」と言い返してきたが、そのチョコレートの様な瞳は興味津々といった様子だった。
「私、こう見えてロビン・アルクの孫なんですよ。だからその方に何か出来ることがあるかもしれないと、そう思ったんです」
レイの告白を聞き、クライブでなく隣のフランクが「えっ?!」と驚く。
冒険者だけじゃなく王都の一般ピーポーだったフランクにまでその名を知られているとは……じっちゃんはレイが思っている以上に有名人だったらしい。
「ちょ、ちょっとまって、レイ君って、あのロビン・アルク様の孫なの? 本当に?」
「はい、そうなんです、ガチですよ」
「……」
あのとはどれを指すかは分からないが、ロビン・アルクは確かにレイの祖父に間違いない。
なのでレイは頷き、困った時のじっちゃん頼みを炸裂させた。
「ウチにはじっちゃんの冒険者グッズが色々とあるんですよねー、てへっ」
新人冒険者で底辺なGランク冒険者のレイでは、廃棄奴隷に対し何も出来ないと思われるだろうが、元S級冒険者のロビン・アルクの孫となれば話が違う。
それにじっちゃんが亡くなったことをフランクもクライブも知らないのだ。脳内で色々と誤解してくれるなら儲けものだった。
「……畏まりました……では特別に79番を連れてまいりましょう。ただ彼にはもうポーションは効きませんので予めご了承ください。彼はもうそれ以上の状態なのです」
「はい、構いません」
じっちゃんから聞いた話だとこの世界のポーションは万能ではないらしい。
怪我の場合一週間以内の使用が必須。
病気の場合に至っては初期症状の時にしか効かないらしく、異世界なのに役立たねーなーと突っ込んだものだ。
でもレイの作った栄養ドリンクならば効果が違う。
精霊王の愛し子の力がふんだんに入っている栄養ドリンクなのだ、効き目が段違いであることは間違いなかった。
それにレイには回復魔法がある。
これまでちょっとした怪我にしか使ったことはなかったけれど、もしその奴隷を購入したら完全回復魔法を発動する気でいる。
そうすれば安くていい奴隷が手に入るわけで、お買得な買い物上手と言うことだ。
レイはしめしめと、心の中であくどい顔を浮かべた。
後はその奴隷の性格、レイとの相性だろうか。
レイはその奴隷を見て、愛し子としての自分の運と直感を試してみたいとそう思っていた。
「クライブ様、79番を連れてまいりました」
奴隷屋の従業員が担架に乗せ一人の男性を運んできた。
服はこの奴隷屋の綺麗な服を着せられているが、その下にある彼の体はボロボロで、生きているのが不思議なぐらい。
腕は左腕が肩あたりから無く、足には複数の切り傷があり、どれも深いものだと分かる。
首には荊のような刺々しいタトゥーが入っていて、彼の雰囲気とは合わず違和感があった。
もしかしたら元主に無理やりに付けれられたのかもしれない。
そして彼の顔の右半分は色が変わっていて、何かで殴られたのか目もつぶれていると分かる。
呼吸は浅く「ひゅー」と音がすることから肺も傷ついているのだろうとレイは判断した。
(これが処分奴隷? 酷いね、酷すぎて悲しくなるよ……)
見るのが辛くて顔にギュッと力が入る。
余りの彼の傷の酷さに胸が痛むレイの下へ、クライブが79番の経歴書を持ってきた。
「79番は子供のころに親に売られて奴隷になっております。サジテ国出身のようで、最初は戦闘奴隷としてあの国で戦っていたようです」
「戦闘奴隷?」
「はい、賭け場の奴隷ですね」
レイが戦闘奴隷の意味が分からないと思ったのだろう、クライブが詳しく教えてくれた。
サジテ国とはこの国の隣の国で、奴隷に対しまだ対応が悪いのだと遠回しに教えてくれる。
サジテ国の戦闘奴隷は試合に勝っても勝利祝いとして酒が周りに振舞われ、借金が新たに増える。
負けたら負けたで勝利者に金を払うため借金がまた増える。
つまり奴隷を開放しないように設定されているそうで、サジテ国の奴隷は使い捨て、生き残ることが難しいのだそうだ。
(サジテ国クズだ。クズ国家だ。絶対に行かないもんねっ!!)
そして戦いで左腕を失った79番は鉱山奴隷となり、その鉱山が閉鎖されると、今度はこの国、フォークラースに売られ、この奴隷屋ゴアに流れ着いたようだ。
ここに売られたときはまだ動くことは出来たそうだ。
けれど買取主が付かないままここで過ごしていくうちに、だんだんと弱っていったらしい。
病気なのか、怪我の影響なのかは分からないけれど、弱っている奴隷を買うものなどおらず、79番は売れ残ったまま、奴隷屋ゴアで寝て過ごしていた。
その間も生活費や食費は借金金額に上乗せされる。
病気になり医師を頼めばそれも上乗せされる。
だから奴隷の中では風邪を引いたぐらいでは医師を頼む者はいない。
それにポーションも高額なため飲む者はいない。
見た目重視の奴隷以外自分の傷には無頓着になるそうだ。
クライブの説明を聞いたレイは79番に近づき、そっと手に触れた。
彼の顔の造りは傷の深さであまり分からないけれど、東の聖獣ステゥムを思い出させるキリリとした顔つきに見えて、そこでまず縁を感じる。
それから一番気になったのは79番の髪の色だ。
黒とまではいかないけれど、濃い紺色の髪。
これならばきっとレイと兄弟に見える可能性はあるだろう。
そんなところにも不思議と縁を感じた。
(戦闘奴隷で傷つくなんて……79番はなにも悪くないのに……売った親が一番悪いよね……)
子供は親の所有物。
この異世界での当たり前な常識が79番のような被害者を生むのだろう。
(私は無理だけど、誰かがそんな常識変えてくれるといいな)
他力本願な考えのレイが79番の手を握りゆっくりと癒しの魔法を送り込んだことで、79番の呼吸は少し落ち着いてきた。レイ的には点滴をしている感覚だ。
この様子なら多少は話が出来るかもしれない。
そう判断したレイは79番の耳元にそっと囁いた。
「79番さん、私は冒険者ギルドでお弁当屋をやっていますレイと言います。実はお弁当の数を増やすために人手を募集しているのですが、ウチで働く気はありますか? お料理のお手伝いの仕事になりますが、嫌ではないですか?」
レイの問いかけに79番は小さく「はい」と答えた。
この状態になっても彼には生きる気力がある。
レイならばとっくに面倒だと諦めていただろうけれど、79番はそうではなかった。
それが何だか嬉しかった。
「クライブさん、本人の確認が取れましたので79番さんをウチの子にしますね」
79番の手をギュッと握ったまま、クライブにその意思を伝えた。
レイの横にいたフランクはなぜか泣いており、涙もろいことを理解する。
(そいえばフランクさんって、初日に会った時も泣いてたもんねー)
優しくってお人好しなフランクさんの涙を見て、レイは思わずふふふと笑ってしまう。
きっとフランクさんの下へと行く114番と1045番は、これから幸せな道を歩くことが出来るだろう。
ならばレイだって同じ奴隷の主としてフランクさんに負けるわけにはいかない。
(79番を幸せにして見せる! じっちゃんの名にかけて!)
レイは心の中で宣言をした。
「79番さん、本当の名前を覚えてますか? 覚えていたら私に教えて欲しいです」
クライブが奴隷購入の書類を準備している間、レイは79番の耳元にまた声を掛けた。
79番は少し間を開けて「ケン」と自分の名を教えてくれた。
その名は前世の英語の教科書を思い出させるもので、些細なことだけどレイはケンとの縁をまた感じた。
(ケンだって! なんか懐かしー!)
「フフフ、ケン、私はレイです。うちの子は可愛がって甘やかす予定だから覚悟して下さいね」
「……は、い……」
ケンのこともアーブに負けないぐらい可愛がる。
決定事項だ。
「私と一緒にスローライフを楽しんで幸せになろうね、ケン。それから美味しいものも一緒にたくさん食べよう!」
「……はい……はい」
ケンの声にだいぶ張りが戻って来たのでレイは手を離した。
あとはマルシャ食堂へ行ってから完全回復魔法を試せば大丈夫だろう。
クライブの準備が整ったので、レイは奴隷の主となる覚悟を持って『レイ・アルク』と書類にサインをした。
その間に114番と1045番の準備が出来て二人が部屋へと戻ってきた。
そして一緒に79番の荷物も従業員が持ってきてくれたのだが、その荷物は本当に少しだけ、小さな手提げ袋一個だけだった。
79番の荷物を見てレイは心を燃やす。
ウチの子になったんだから絶対に衣装持ちにしてやるからねっ! と、明後日の方向へ気合を入れたのだった。
「マルシャ食堂様、レイ様、本日はお買い上げ有難うございました。多くの奴隷を購入していただきましたのでお礼として馬車を準備してございます。どうぞお使いくださいませ」
「あ、有難うございます……」
「有難うございます」
「いえ、お得意様には当然のことですのでお気遣なく」
そう言えばエイリーンのお陰でマルシャ食堂は最上級のお客様だったことを思い出す。
通された応接室も良い部屋だったし、初来店に関わらず接客も店主自らだったし、その上送迎馬車付きだ。高待遇だと疎いレイでも分かる。
それと共にエイリーンが紹介状にどう書いたのか不安になる。
マルシャ食堂は世界一の人気店になります! そんな事を宣言していそうで本当に怖い。
別にレイは気にしないのだが、事実を知った時フランクが胃潰瘍になりそうで心配だった。
「では、またのご来店をお待ちしております」
店の入り口まで見送られ、レイたちは奴隷屋ゴアを後にする。
もう二度と行かないだろうけれど、レイは空気を読んで「ではまた」と言って馬車に乗り込んだ。
(うわー、馬車の中も豪華だねー)
奴隷屋が用意した豪華な馬車の中、横になるケンの頭を撫でるレイに、見送るクライブの呟きは届かない。
「さて、私の鑑定を弾くあの子はいったい何者なのでしょうね……」
いい笑顔でそう呟いたクライブは、レイたちを乗せた馬車を見えなくなるまで見送ったのだった。
こんにちは、夢子です。
本日も読んでいただき有難うございます。
またブクマ、評価、いいねなど応援も有難うございます。
励みになっております。
ケンはじっちゃんより先に出来たキャラでした。
当然ギルフォードよりも先です。
やっと出番が来た感じ。




