子供奴隷と処分奴隷
「レイ君、大丈夫かい?」
クライブが少々お待ちくださいと言って部屋を出て行ってから、レイは無意識にその扉を睨んでいたようだ。
その様子を心配したのだろう、フランクが声を掛けてきた。
「フランクさん、すみません、ちょっと驚いたもので……114番さんもごめんね、勝手な事をして驚いたでしょう」
「いいえ……」
どうにか営業スマイルを作り上げ、レイは無理やり微笑んで見せる。
フランクと114番は、1045番と呼ばれた奴隷の過去にレイがショックを受けているとそう思っているようだが、実際は少し違う。
レイは自分の力が怖くなっていたのだ。
114番と1045番の過去の話を聞いて、レイは二人の夫であり父親である『その男』に対し強い憎しみが溢れた。前世の親を思い出したこともきっといけなかったのだろう。
今すぐにでも抹殺したい。
そう考えた瞬間、レイの中にどす黒い何かが溢れ、自分なら出来る。
そう思ったのだ。
(精霊王様の力をそんなことに使いたくないのに……)
レイには英雄にも勇者にもなれるほどの力がある。
それはつまり悪魔や魔王と呼ばれる存在にもなれるということで、レイは自分という存在に一瞬恐怖を感じ自分が怖くなったのだ。
(ムカつくけど、本気で殺したいわけじゃない。そんな面倒なことを私はわざわざしたりしないんだから!!)
レイの今世の夢はスローライフ。
冒険者となってお弁当屋を始めたのもその一環だ。
だから自分はそんなことをしない、誰かの行動に対しレイが裁きを下すことは絶対にない。
レイは面倒なことは嫌いだ。
出来れば楽に生きたいし、自由でいたい、それが今世の願いだ。
だから自分は絶対に大丈夫。
レイは何度もそう言い聞かせた。
「失礼します。1045番です。呼ばれたのできました……」
クライブが連れてきた少年はレイと同じぐらいに見える、114番によく似た男の子だった。
目が見えないようで杖を突いていて、部屋に入る時にはぺこりと頭を下げて行儀もいい。
そしてクライブに手を引かれレイたちの前に来ると「よろしくお願いします」とまた頭を下げる。
(やだー! いい子! 1045番ってばいい子じゃないですかー!)
負の感情を消すかのようにレイはハイテンションで1045番を褒める。
クライブが言った通り、1045番の顔や体にも114番同様傷があり、胸が痛くなる。
それはレイの隣に座るフランクも同じだったようで、胸にくるものがあったのだろう服の袖で目元を押さえていた。
そして母親である114番は息子に声を掛けてはいけないのか、口元を押さえ必死に泣くのを我慢しているように見えてレイはますます辛くなった。
そんな場の雰囲気を呼んでか、フランクが1045番に声を掛けた。
「ぐすっ、んんっ、えーっと、1045番くんは何が得意なのかな? 出来ることを私に教えてくれるかい?」
普段から優しいフランクさんだけど、1045番への声掛けはもっと優しい声色だった。
「はい、僕はお母さんに計算と文字を習いました。今は目が見えなくて文字は書けないけど、訓練が終わればまた文字が書けるようになるそうです」
そう言ってニコリと笑う1045番に悲壮感はない。
それがまた胸にきて、フランクだけでなくレイも涙が出そうだった。
きっと辛い思いも痛い思いも怖い思いも沢山してきたはずだ。
それでも笑顔を作る1045番を幸せにしたいとレイは思ってしまった。
(フランクさんが引き取らないなら私が引き取る! お弁当の数を増やそうか悩んでたところだし、二人には手伝ってもらえばいいもんね!)
レイの考えがこの異世界で甘いことは分かっている。
じっちゃんの残してくれたものがあるから奴隷を買うと言えるのも分かっている。
それにこれは自己満足だし、独りよがりかもしれない。
だけどそれの何が悪い!
誰にも迷惑をかけてないだろう!
異世界で自由生活を送ると豪語するレイは開き直った。
「あの、114番と1045番を私が購入します!」
だけどレイよりも早く二人を買い取ると決めた大バカ者がいた。
それは勿論レイの綺麗好き仲間、フランクさんだった。
「クライブさん、その、ふ、二人で、お幾らでしょうか?」
不安そうな言葉とは裏腹に、流していた涙を袖で拭ったフランクさんは、決意ある顔をクライブに向けたのだった。
「思ったよりも安くて驚いたよ」
奴隷の購入金額も聞かず、クライブへと購入宣言をしたフランクさんは(カッコいい男の中の男だ!)とレイが感動するようなキリリとした顔つきの裏で、高値だったらどうしようとドキドキとしていたらしい。
フランクさんの奴隷購入用資金は金貨十枚。
前世金額で約五十万だったのだけど、親子二人同時購入でも全然安く買えてホッとしたようだ。
114番は元商家の娘ということで能力が高いけれど、傷だらけであることと結婚していた過去があることで金額が下がり金貨二枚。
前世金額で約十万円という、人間の値段とは思えない金額だった。
そして1045番に至っては現在職業訓練中の身。
若いけれど目も見えないし、傷だらけということで銀貨三枚。
前世金額で約三万円と、とても信じられない値段だった。
ただ二人にはその身に背負った借金がある。
全て元夫が抱えた借金だそうだが、二人に押し付け夜逃げをしたらしい。
本当にクズ中のクズ男だが「彼はもう返せない身となってしまったので全てを二人が背負ったのですよ」というクライブの口ぶりで、元夫が本物の地獄に落ちていることが分かった。
それを聞きレイは当然の報いだと感じたし、憎い相手がいなくなってスッキリしたとも思った。
「では二人の準備をさせてまいりますので、少々お待ち下さい」
奴隷は購入後連れて帰れるようで、クライブが声を掛けると数名の従業員が現れて二人を連れて行き、その間にフランクさんはクライブ相手に購入の手続きを始めた。
「ではマルシャ食堂様、こちらにサインをお願いいたします」
フランクさん個人の奴隷ではなく店の持ち物として契約することで、将来フランクさんが結婚して子供が出来てもその子に奴隷が引き継げるようになるそうで、クライブの説明を聞き、フランクさんは店の奴隷としての契約を選んだ。
ただし店が傾き借金でも作れば一番最初に奴隷は持っていかれてしまう。
店の味を盗まれたくはないと思うのならば個人契約が良いそうだが、アイスを欲するエイリーンのあの恐ろしい笑顔を思い出し、フランクさんの店なら大丈夫だとレイは後押しした。
「失礼します、クライブ様、少しお話が……」
フランクさんがサインを終え、新しく出されたお茶をレイと一緒に飲んでいると、クライブの下へ従業員の一人がやって来た。
そして何やらクライブの耳元で囁く。
どうやら店にいる奴隷に関することらしいが、緊急なことのようでその従業員の顔は固いものだった。
「ふむ、ではうつる病気ではないのですね」
「はい、医者を呼ぶのを嫌がったのですが、他の奴隷のこともありますので確認いたしましたが、老衰に近い症状だと……」
「そうですか……79番はまだ二十代でしたか?」
「はい、ですが、もう……」
小声で話してはいるが静かな部屋の中、その内容は丸聞こえだ。
これってもしかして気の優しいフランクさんに聞こえるように話してるんじゃないの? と疑いたくなる行動だ。
案の定フランクさんは心配で仕方がないという顔をしている。
どれだけ人が良いのだろうか。
レイは店が順調に行ってもマルシャ食堂へ通うことを決意する。
フランクさんが騙されそうで心配だったからだ。
(疑いたくないけどさー、もしかしていらない奴隷を押し付けようとしてる? いや、前世の記憶があるから疑っちゃうのかなー? 私って心が黒いのかも……)
ジト目でクライブと従業員の会話を聞いていると「では、処分しかないでしょう」との結論に至ったようだ。つまりは殺処分するということだろうか、それが人間だと思うとレイの良心が痛む。
レイはこんな簡単な罠に引っ掛かるのは嫌だったけど、お弁当の数を増やそうと思っていたし、フランクさんがまた奴隷を買うと言い出すのを阻止したい気持ちもあるんだ、と己に言い訳をし「はい」と大きく手を上げた。
「その処分しようと思っている奴隷、私に見せてもらえますか?」
お節介根性が染みつくレイが、他人の困りごとを見て黙っていられるはずがないのだった。
こんにちは、夢子です。本日も読んでいただき有難うございます。
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創作活動の励みになっております。
ちなみに元夫は亡くなっておりますのでご安心ください。
あとこの国では安いですが奴隷にも給料を出します。
それで借金を支払って行きます。




