奴隷
「マルシャ食堂様、三人の奴隷を準備させて頂きました。まずはこちらの書類をご確認ください」
奴隷屋ゴアの店主クライブが部屋へ戻ってくると、その後ろから三人の奴隷が付いてきた。
そしてクライブがレイとフランクの前に書類を置く。
どうやらこの奴隷たちの経歴書らしい。
クライブにどうぞと促され、レイとフランクは一緒に経歴書に目を通す。
一人目の奴隷は58番。
名前はなく番号で書かれている。
58番は元料理人の男性。
自身の店が上手くいかず借金奴隷となったようだ。
顔には火傷の跡があり痛々しい。
ポーションで治せばいいのにと思ったが、お金がなかったのなら治せないかとレイは納得する。
見た目は四十代後半、実質年齢は四十三歳のようだが怪我のせいか老けて見える。
これから長く働いてもらうならフランクよりも若いぐらいの奴隷が良いと思う。
でも料理が出来るという点は大きなポイントだ。きっと即戦力になるだろう。
まあ、悪くないかなと、レイもフランクも頷いた。
二人目は105番。
こちらも元料理人。
けれどまだ若く、二十代前半ぐらいの見た目。実質年齢も二十三歳だった。
料理店で働いていたけれど、賭博によって借金を重ね料理を覚える前にクビなったようだ。
面接前でありながらヘラヘラと笑っている時点でレイはあまり好きになれない。
それに賭博好きというところも減点だ。
フランクさんのお金を使って賭博されたりしたらたまらない。まあ奴隷なのでないとは思う。
彼は借金取りから逃げる時に足を怪我したようで右足を引きずっている。
前歯もないし、髪もぼさぼさで何となく不潔感があり、レイ的には105番はあり得ないと思った。
三人目は114番。
こちらは元主婦、商家の出の女性だった。
主婦として料理経験があり、商家の出だけあって計算も得意なようだ。
見た目年齢的にはフランクさんと同じか、その下ぐらいか。
実質年齢は二十七歳とあるが、とにかくあちこっち傷だらけで年齢がハッキリとはわからない。
嫁ぎ先の店の経営が行き詰まり夫に売られてしまったそうだが、体中の傷もほぼ夫の仕業らしい。
レイが「信じられない、滅してやる」と呟けばクライブに聞こえたようで、「結婚後は妻は夫の所有物となるのですよ」と笑顔で教えてもらった。それが幼い子を見るような様子だったのでちょっと冷静になれた。
そしてそれと共にこの世界でも絶対に結婚したくないなとレイは頷く。
自分の人生なのに他人に支配されるなどまっぴらごめん。絶対に嫌だ。
それにお一人様の方が気軽でいい。
レイは十二歳で未婚を決意した。
「では一人ずつ面談をいたしましょうか、マルシャ食堂様、まずは58番からで宜しいでしょうか?」
「「はい、お願いします」」
三人の書類を見終わると、クライブにそう声を掛けられレイとフランクは頷く。
そして一番最初に指名された58番だけを残し、クライブと残りの二人は部屋から出て行った。
「ごほんっ、えーっと、じゃあ、58番さん、そこに座ってください」
「……」
フランクに声を掛けられた58番は無言のまま席へと着く。
前世の記憶を持つレイとしてはその時点で減点だ。
君は奴隷なのだ、失礼しますとか何とか声を出しましょうよと言いたくなった。
「えーっと、それで貴方はどんな料理を作っていたのでしょうか?」
「普通に、メシだ、ウチでは酒も出してたし、味は悪くなかった」
ふんっとふんぞり返って返答をする58番。
店が潰れた原因は自分ではないと言いたいのだろう。
プライドが高そうなその姿に流石のフランクさんも苦笑いだ。
(あー、この人はきっと売れ残りだねー、職人気質は分かるけどこんな奴隷誰も買いたくないもんねー……)
その後無難な質問をし、58番の面接は終わった。
彼は結局部屋を出ていく時もフランクさんに頭を下げることはしなかったし、有難うとも失礼しますとかも何もなかった。
そりゃあ店が潰れるはずだとレイは心の中で納得をした。
そして次は105番だ。
58番と入れ替わりで入って来た時点で彼はへらへらとまた笑っている。
多分これが彼の平常運転なのだろう。レイは深く考えるのを止めた。
「えーっと、105番さんは、どんな料理が得意なのかな?」
「あー、野菜を炒めるやつとか? 料理はそれぐらいだけど、皿は綺麗に洗えるぜ、です」
「ふむ、君は掃除が得意ってことなのかな?」
フランクとレイの期待が高まる。
105番の見た目的にはありえないけれど、彼はもしかしたら綺麗好きなのかもしれない。
綺麗好き仲間は大歓迎! レイとフランクの目が光る。
「掃除? ああ、俺は掃除も得意だぜ、です。あー、一月に一度は奴隷用の部屋も掃除してるからな、です」
「一月に一度? あー、ちなみに君は風呂、いや、水浴びはしてるのかな?」
「ああ、してるぜ、です。水浴びしねーと飯抜きなんだ、だから水をザバーッてかけてよー、ちゃんと拭いて綺麗にしてるぜ、です。ここで売れねーと困るからな、です」
「「……」」
レイ的には105番はちょっと無理だった。
多分105番は体を洗っていない。
それに料理も微妙な感じだし、皿洗いも彼に任せて大丈夫か不安になる。
(安い奴隷をお願いしたからこんななのかなぁ……それともこれが異世界の標準?)
105番が異世界の標準なら仕方がない。
きっとレイが気にしすぎるのだろう。
けれど隣にいるフランクさんの笑顔は引きつっていたので、綺麗好きなフランクさんも105番は無理そうだった。
「失礼致します」
最後に114番が部屋へと入って来た。
商家の出だけあってその仕草にはちゃんと品があり、フランクさんを敬う気持ちもあるのか近くによると礼を取る。
「114番です。どうぞ宜しくお願いいたします」
着ている簡素なワンピースの裾を上げ、114番は挨拶をする。
きっと生まれの商家はそれなりに大きな店だったのだろう。
彼女はちゃんとマナーを学んでいる様子で気品があった。
「えーっと、114番さん、席へついてください」
「いえ、私は奴隷ですので、こちらで大丈夫です」
114番は他の二人とは違い、立ったままでいいと言う。
彼女は自分が奴隷だときちんと理解しているのだろう。
けれどこのままでは話辛いと言えば、ちゃんと座ってくれた。
主の二度の願いは断らない。
そんな教育もされているようだ。
「えーっと、114番さんはどんな料理が得意ですか?」
「はい、得意料理はサーモンのクリームスープでしょうか、子供が牛乳好きだったので、良く作ったものです」
「えっ、貴女にはお子さんがいるのですか?」
「……は、はい……おります……」
経歴書には子供がいることについては書いていない。
本人の能力だけなので、子供を産んでくれる奴隷が必要な場合だけそのあたりは記載されるのかもしれない。
「えっと、聞いても良いのか分かりませんが、お子さんは今どこに?」
フランクさんの問いかけに114番は少しだけ顔色を悪くし「ここにおります」と教えてくれた。
それはつまり元夫は妻だけでなく子供も奴隷商に売ったということだろう。
レイの中でむくむくと、会ったこともないその元夫に殺意が芽生える。
(元夫はクソだな! 会ったら絶対に捌いてやる!)
114番を不安にさせないように笑顔を浮かべながらも、レイはそんな恐ろしいことを考える。
精霊王の愛し子であるレイならば、誰にも気づかれずに元夫を捌くことを簡単に達成出来るだけに物騒すぎる考えだった。
「すみませーん、クライブさーん、ちょっと来てもらえますかー!」
怒りが爆発しそうなレイは扉の外にいるであろうクライブに声を掛ける。
案の定呼びかけてすぐにクライブは部屋に入ってきてくれた。
そしてクライブのその顔には相変わらずきな臭い笑顔が浮んでおり、レイにその笑顔を向けて「何でございましょう?」と執事のように声を掛けて来た。
「お聞きしたいのですが、114番さんのお子さんはまだこちらに残っていますか?」
レイの問いかけを聞きクライブは少しだけ目を見張り、その後ニコリと良い笑顔になった。
「ええ、1045番ですね、彼は怪我が原因でこの店に残ったままです。只今訓練中ですので」
「訓練中?」
「ええ、男親に殴られたことが原因で1045番は目が見えなくなりました。その為、奴隷として売りに出す前に生活訓練を受けております。ああ、ちなみに114番の怪我の原因は1045番を守るために出来たものですよ」
「それは酷い……」
フランクがクライブの言葉を聞き、眉尻を下げそんな言葉を吐く。
だが「ここではそれぐらい良くあることですよ」とクライブが答えれば、フランクは辛そうな顔のまま押し黙った。
良くあること。
それはレイも知っている。
毒親は自分の子に何をしてもいいと思っている。
子供が痛いとか、苦しいと感じているなど、彼らは分からないのだ。
「ここにもやっぱりクソはいるんだなっ……」
前世の悪い記憶が蘇り、冷めた顔でレイはそう呟く。
もう顔も思い出せない前世の親。
だけどされたことは今でも覚えている。
死んでも忘れられないことだってこの世にはあるのだ。
「クライブさん、その1045番に会えますか?」
フランクが引き取らなければ自分が引き取ってもいい。
そんな考えのもと、レイはクライブにそう声を掛けていた。
こんにちは、夢子です。本日も読んでいただき有難うございます。
また、ブクマ、評価、いいね!などたくさんの応援有難うございます。
創作活動の励みになっております。
クライブは36歳設定です。
レイはきな臭い笑顔と思っていますが女性にはそれなりに人気がある設定です。(笑)
今日の夜もう一話投稿できたらと思っております。
目標19時台で!




