やらかしたかもしれません
「しょ、少々お待ちください!」
レイの情報が表示されると、クール系美女な受付のお姉さんは慌てた様子で席から立ちあがり、カウンターから飛び出すと階段を駆け上がって行った。
残されたレイは茫然自失。
一体何があったのか分からない。
「えっ? 私なんかやらかした?」
さっきの水晶を見つめてみたが、もう浮かんでいた文字は消えていて見えなくなっている。
名前と年齢、それと無職だという所はハッキリ見えたけれど、他にも何か問題があったのだろうかと、受付前で一人首を傾げる。
考えられるところは……
やっぱり性別か?
今日のレイは男装をしているのだ、学ラン坊主な男子学生だと思っていた子が実は女の子だった場合、目の前の女性が驚くのは当然で、悲鳴を上げられなかっただけでもマシかもしれない。
いや、それかシステムエラーだと考えてエンジニアを呼びに行った可能性も高いだろう。
「えー、どーしよ、故障したから賠償金払えとか言われないよね?」
逃げた方が良いか? 一瞬そんな気持ちが湧いたけれど、レイは大人しく待つ方を選択した。
じっちゃんのプラチナカードも持っていかれたままだし、何が原因かも分からない。
それにここまで歩いてきたのに冒険者カードが作れなかった……だけは絶対に嫌だった。
レイを受付に残したまま、冒険者ギルドの階段を駆け上がった受付嬢エイリーンは、ギルド長の部屋にノックも無しに飛び込んだ。
「ギルド長大変です!」
「エ、エイリーン、一体どうした?」
「おー、エイリーン、こんにちはー」
冒険者ギルドのギルド長エドガー・ヴァンスの部屋には、A級冒険者のギルフォード・サーストンもいて、エイリーンを見て気さくに声を掛ける。
普通の状態ならば有名な冒険者であるギルフォードに声をかけられれば頬を赤く染めるところだろうが、エイリーンの意識はそれどころではなかった。レイの存在の前ではA級冒険者も道端の石ころ状態だ。
「ギルド長、これを見て下さい!」
エイリーンは挨拶も返事も返すことなく、金色に輝く冒険者証をエドガーに差し出す。
受け取ったエドガーは首を傾げた。
「この冒険者証はS級の物か?」
何故こんなところに?
もしや落とし物? ではないよな?
疑問顔のエドガーに向かい、エイリーンは追撃を行う。
「そうです! それもあの有名なS級冒険者、ロビン・アルク様の物なのですよ!」
「なにぃ! ロビン・アルクのものだって?!」
「えっ、ロビン・アルクって、あの黒緋の英雄の?!」
驚くエドガーとギルフォードに向かいエイリーンはなぜかドヤ顔を向ける。
どうだ、やっぱり驚いただろう、と満足げな表情だ。
「そうです! そのロビン・アルクのギルド証なんですよっ! 大事件なんです!」
ロビン・アルクは単身で竜と戦い国を救った英雄だ。
だがある時期を境にふっと存在を消し、魔獣の根城といわれるスピアの森に住んでいると噂されていた。
眉唾物だと思っていたのだが、エドガーがギルド長の職に就くとロビン・アルクの情報が入ってきて、スピアの森の土地の一部を購入していたことが分かった。
けれどまさか本当にあのスピアの森に棲んでいるとは思っておらず、このルオーテ街に来るとも思っていなかった。
「……まさか、このギルドに、ロビン・アルクが来ているのか?」
「いえ、あの、男の子が……その、ロビン・アルク様のお孫さんのようなのですが……」
エイリーンの視線がちらりとギルフォードへ向く。
これ以上詳しい話は個人情報となる。
たとえギルフォードがA級冒険者だとはいえども、レイ本人の同意が無ければこれ以上話すわけには行かない。
「ああ、じゃあ僕はちょっと席を外すよ、でも出来れば後でその男の子とやらに会わせては欲しいな、僕もロビン・アルク様には思い入れがあるからね」
ギルフォードはウインクをして「気にしてないよ」とエイリーンを安心させる笑顔を浮かべると、ギルド長の部屋を大人しく出て行った。
こんな気遣いが出来るところもまたA級冒険者だからこそだ。
B級を越えるには強さだけではなく人柄も判断される。
なのでレイの祖父ロビン・アルクがS級ライセンスを持っているということは、その人格も冒険者としての実力も物凄い人物であるという事なのだが、それをレイが知る由もなかった。
「それでロビン・アルクの孫が来て居ると? だがあの方が結婚していたとは聞いたことはないが……」
「本当です、水晶がロビン・アルクの孫と表示していました」
「壊れている、ということは……」
「あり得ません!」
それはそうだなとエドガーは頷く。
一流の魔法使いが作った水晶がそう簡単に壊れるはずがない。
だがきっとこの街にロビン・アルクの孫が現れたとなれば大騒ぎになるだろう。
ある意味古参職員であるエイリーンの受付を選んでくれて良かったと、エドガーはホッと息を吐く。
これが新人の受付であれば、その場で大騒ぎし冒険者ギルド中に話が広がっていた可能性は高い。
その少年の身を守るためにも、素早い判断が出来るエイリーンの受付を選んでくれたのは光明だった。
「それでその少年は何か言ってきたのか?」
親の威を借りるではないが、身内に有名人がいれば自分もその恩恵にあやかれると思うものは多くいる。もしやその少年が無理難題を言ってきたのでは? とエドガーは怪しんだのだが、エイリーンは首を横に振った。
「違うんです、違うんです、あの子は良い子そうだったんですが……」
普段冷静だと評価されるエイリーンのきょっどりっぷりは珍しく、益々何があったとエドガーは不安になる。言いよどむ姿にどんな理由がるのかとごくりと喉がなった。
「十二歳って表示されたんですが、小っちゃくって可愛くって八歳ぐらいにしか見えなくって」
「は? 八歳だと?」
もしかして庇護を求めて来たのか?
今度はそんな疑問が湧く。
あの森は危険だ。
もしや年老いたロビン・アルクに何か有って助けを求めて来たのか?
そう考えついたエドガーの疑問は当然だった。
「それにあの子、帽子を被っていたんですが……チラッと見えた前髪が黒髪だったんですよ」
「黒髪?! まさか聖女か? いや、男なら聖人か?」
黒髪は一部の国では呪いとも言われているが、この国では聖女の象徴とも言われている。
帽子を被っているということは本人もそれを自覚し、普段から気を付けているのだろう。
ロビン・アルクがスピアの森に身を隠したのも、そんな理由があったからなのかもしれない。
「……というか……大精霊の愛し子と表示されていまして……」
あり得ない言葉が聞こえエドガーの動きがピタリと止まる。
大精霊の愛し子?
それは聖女どころの騒ぎではないだろう。
「エイリーン、それはやっぱり水晶が壊れているって事だろう?」
「いいえ、ギルド長、先ほども言いましたが壊れていません、絶対に!」
「いやいや、普通そこは本人が意識して隠すところだろう、どうして表示されるんだ! 可笑しいだろう!」
「……子供なので隠せることを知らなかった、のでしょうか?」
いやいやいや、ギルドの水晶では普通は名前や年齢、性別。それに冒険者だったらランクぐらいが表示されるだけだ。スキルや能力は無意識にでも隠すものだろう。意味が分からない。
本人が純粋過ぎて隠せなかったのか、それとも見せても良いとそう思ったのか。
とにかく大型の問題児がやって来たことに、エドガーは頭を抱えてしまった。
「ギルド長、どうしましょうか?」
エイリーンの問いかけに帰って貰えとは言える訳がない。
出来れば王都の冒険者ギルドに行ってほしかった。それが本音だった。
「うん、会おう、俺が面接をする」
「はい! 有難うございます!」
言いたい言葉を飲み込み、エドガーはギルド長らしくそう答えたのだった。
こんにちは、夢子です。
ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。
レイは今のところ書いていてとても楽しいヒロインです。
一応女の子ですから、ヒロインですね。(笑)