奴隷についてのお勉強
レイはフランクの言葉を聞きショックを受けた。
(奴隷? 今、奴隷って言ったよね?)
レイはこの世界に【奴隷】がいると知り、胸にざわりと嫌な感情が流れでる。
「フランクさん、あの、奴隷って……」
「ああ、この国ではお金に困窮した家庭の者が奴隷落ちすることが多いのですよ。でもね、別に酷いことをされたりするわけじゃないからね、レイ君、安心していいんだよ。奴隷法ってものが出来てね、ちゃんと奴隷も人間扱いしなければいけないって約束されているんだよ」
「そうなんですね……」
子供に諭すように話すフランクの言葉を聞いてレイはホッとする。
異世界あるあるで物凄い酷い扱いを受けている奴隷がいるのではないか? と勘違いしてしまったからだ。
フランクの話では自分が借りたお金の分だけ働けば、奴隷契約は解除できるらしい。
ただ多くの者がそのまま奴隷であることを望むそうだ。
それだけ奴隷法があることでその身を守られているということだろう。
奴隷を解除されても一度奴隷落ちすると働き口がなかったりするそうなので、その方が楽らしい。
そう聞けばちょっとだけ気分が楽になる。
大昔の前世ではないが、永久就職に近いのかもしれないと思ってしまった。
「脅かしてごめんね、レイ君はしっかりしているからついつい大人のように扱ってしまったよ」
「いえ、大丈夫です。私が田舎育ちで物を知らなかっただけですので」
ずっと一緒に過ごしてきたじっちゃんにも、そして街のことを教えてくれると言った教育係のギルフォードにも、奴隷のことは聞いたことがない。
きっと当たり前すぎて話す必要などなかったのだろう。
いやレイが子供だったから、まだ必要ないとそう判断したのかもしれない。
「まあ、この国のすべての奴隷が幸せとはいかないかもしれないけれど、それでも昔よりはよっぽど幸せな生活を送れていると思うよ」
だから安心してね、フランクの笑顔はそう言っているようだった。
「えーっと、それで、奴隷を買うとなるといくらかかるんでしょうか?」
「うーん、技能付きの奴隷は値段が上がるからね、王都では白金貨数枚もする奴隷がいたって話も聞いたことがあるよ。でも、まあ、うちは接客が出来ればいいぐらいのレベルかな?」
「そうですね、いっそ子供でもいいかもですね、料理も教えて育ててもいいし」
「それはありだけど、私は教えられないよ……レイ君だってずっとはウチには来れないだろうし……」
「確かにそうですね……大人で料理が出来る奴隷が居たらそれが一番ですかね?」
「うん、そうだねー、料理と接客かぁ……幾らぐらいするんだろう? まあ、どちらかを担ってくれればそれで十分だけどね……」
「ですねー」
フランクとの話し合いの結果、次回木曜日にレイがまたマルシャ食堂に顔を出し、一緒に奴隷屋へ行くことが決まった。
明日はレイのお弁当屋さんの出勤日なのでそうお願いしたのだが、フランクさんは「私は特に予定がないから」と快く受け入れてくれた。綺麗好きな上に優しいとは……
フランクさんは本当に素敵な心の友だと思う。
それにしても、奴隷と呼ばれる人たちを見るのはちょっと怖い。
けれど奴隷屋というものを一度見てみたい気持ちはある。
レイはフランクと「では、また明後日に」と約束をして、「アイスをしっかり練習しておくよ!」と気合を入れるフランクを残し、マルシャ食堂を後にした。
「ジェドさーん、戻りましたー」
「おお、レイ坊ちゃん、お帰りなさいましだ、アーブが首をながーくして待っているだしよ」
「はい、有難うございます、すぐ向かいます」
ジェドさんと一緒に第一厩舎に向かう。
マルシャ食堂でのフランクさんとの話し合いは思ったよりも長引いてしまい、結局今日受けた依頼は一日がかりになってしまった。
これ以上遅くなれば夕暮れ時の森の中をアーブに走らせることになる。
そんな危険なことを可愛いアーブにさせるわけにはいかない。
(今後はもう少し早く仕事を終えないとだよねー)
遅くなるぐらいならば、アーブをこのままオブリ馬屋に預けておいた方が危険はないだろう。
そうなるとレイの宿泊先も必要になる訳で、綺麗好きなフランクさんの家になら泊れるかもしれないと、そんなことを考えているとふと疑問が沸いた。
オブリ馬屋の従業員の姿が見えたからだ。
「ジェドさん、オブリ馬屋には奴隷っていますか? ここで奴隷も働いているんでしょうか?」
レイの急な質問にも嫌な顔をせず、ジェドはああと笑顔で頷いてくれた。
「あそこにいる若いのが奴隷だす、あと奥にももう一人俺と同じくらいの年齢の奴隷がいますだが、レイ坊ちゃんは奴隷が気になるだすか?」
「うん、今日冒険者の依頼を初めて受けたんだけど、今度その依頼主と奴隷を見に行こうって話になって、私、奴隷について何も知らなかったからここにもいるのかなぁ? ってちょっと気になったんだ」
ぶしつけな質問をしてごめんなさいと謝れば、いいんやとジェドは首を横に振る。
「そうなんだすね、レイ坊ちゃんは勉強家で真面目で立派だす。それに依頼主のことも考えてあげるだなんて、もう一人前の冒険者だすなー」
「えー?! へへへ、ジェドさん褒めすぎだよー」
「うんにゃ、本当のことだすよ」
急な誉め言葉にデレデレするレイをジェドは優しい顔で見つめながら「レイ坊ちゃんはきっと凄い冒険者になるだすよ」とまた褒めてくれる。
なんだかじっちゃんに「凄いぞレイ」と魔法を褒められた時のようで、ちょっとくすぐったい。
優し気にレイを見つめるジェドの瞳を見れば、お世辞ではなく本心だと分かるだけに尚更だった。
「そうだすねー、奴隷屋といっても色々あるだすからねー、行く前に冒険者ギルドで紹介状をもらうのもいいと思うだすよ」
「えっ、ギルドで紹介状なんか出してくれるの?」
「ああ、出すだすよ。信頼がなければ今は奴隷も買い辛くなってるだすからねー、買う者の評価が分かれば売る方も安心だすよ」
確かに、身元が確かであれば売り買いは安全だし、話も早いだろう。
奴隷法が出来たと言っていたから、尚更そういう点が厳しくなったのかもしれない。
けれどレイは今現在底辺冒険者だし、フランクさんだって今は無職……
いや、店を継いだことになっているから個人経営者なのかもしれない。
そうなるとこれからアイス屋を始めるフランクさんは新進気鋭の若き社長? 少壮有為の経営者? となるのだろうか?
フランクさんの評価が高ければ、良い奴隷を安く買える可能性もある。
(うん、そうだ、ジェドさんの言う通り冒険者ギルド長に相談してみよう! それが良い!)
エドガーが聞けば胃が痛くなるような結論に行きつくレイ。
けれど巨人族のように大きくて頼りになりそうなエドガーの風貌を思い出し、ギルド長ならばいい紹介状を書いてくれるよね! と勝手に強い期待を持ったのだった。
「アーブ、待たせてごめんね、寂しかったよねー」
『べ、別に待ってないぞ、それに寂しくなんかない』
強気な言葉を吐きながらも、アーブの尻尾はふっさふっさと揺れている。
レイに会えてうれしい。
尻尾は正直者のようだった。
「じゃあ、ジェドさん、明日も来ますので宜しくお願いしまーす」
これ以上遅くなってはアーブが可哀そうだと、急いでアーブに跨ったレイはジェドにお礼を言いオブリ馬屋を出る。
「レイ坊ちゃん、気を付けてー、明日も待ってるだすよー」
「はーい、また明日ー」
手を振り離れていくレイの背中をジェドは見送る。
朝早くにオブリ馬屋へ来て、そしてこの時間まで冒険者として働いていたレイは、ちゃんと休んでいるのか? とジェドが心配になるほどずっと仕事をしている気がする。
八歳ぐらいの子供でありながら、森を管理し、お弁当屋もやり、売店の手伝いもし、オブリ馬屋に人参を納品し、冒険者の仕事までこなすレイには感心しかない。
その上今度は依頼者に付いて奴隷屋にまで行くと言っているのだ、ジェドの心配は尽きなかった。
「本当にレイ坊ちゃんは働き者でいい子だす。だども働きすぎだすね……」
異世界でのんびりスローライフをしよう! と思っているくせに、前世の記憶が邪魔するからか、それとも働きアリ根性が染みついているからか、異世界の社畜に片足を突っ込みつつあるレイなのだった。
こんにちは、夢子です。
ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。
誤字脱字報告も有難うございます。
ジェドさんは馬好きですが子供も好きです。そしてレイを八歳ぐらいの幼い子供だと思って心配しています。




