綺麗好き仲間のために提案します!
冒険者の依頼としてマルシャ食堂へやって来たレイは、店主のフランクの苦労話を聞いてある提案を出した。
「フランクさん、アイス屋さんをやりませんか?」
「あいす? 屋さん?」
「はい、アイス屋さんです」
フランクさんは元王都の文官さんだったらしく、料理は苦手だとのこと。
店はお兄さんが継ぐ予定だったそうで、食堂の息子でありながら幼い頃から勉強ばかりで料理をしてこなかった。
全くの素人がお父さんのレシピを使ったとしても、食堂を一人で切り盛りするのはどう考えても無理だと思う。
けれど今淹れてもらったお茶は、プロ級とはいかなくても普通に飲める味だ。
高級店ならともかく、下町の店でお客様に出しても文句は言われない味だと思う。
ならば一人で切り盛りできる『何か』を売ればいい。
フランクさんはとりあえずお父さんの店の名前を残したいみたいなので、料理はおいおい覚えるとして、まずは人を呼べるメニューを提案したい。
そしてどうせ手伝うのなら、それがレイの好きな物であれば尚更いい。
それにこの店は見た目が可愛い造りなので、ばえ狙いの女性客は集客しやすいと思うし、商店街なので話題にものりやすいし、商業ギルドが近いので人通りも多い。
それに何よりレイ自身がアイスを気軽に食べたかった。
私欲にまみれて何が悪い。
レイは今世は自分のやりたいように生きると決めている。
なのでレイが好きな 【アイス】 を提案させてもらった。
当然の行動だろう。
「フランクさん、とりあえず一度アイスを作ってみませんか? 食べてみてアイス屋をやるか判断してもらえると嬉しいです」
「うん、はい、分かりました」
レイは売店用の制服である白い帽子とエプロンをつけ、フランクと一緒に厨房へ向かった。
掃除ばかりしていたというフランクの言葉通り、厨房もキッチンカウンターもピカピカで、長年経営していた食堂とは思えないほどの綺麗さで感動する。
(フランクさん、食べ物屋さんより掃除屋さんの方が向いてそうだけどなー)
けれどこの世界の綺麗水準は低い。
なのでわざわざ人を呼んでまで掃除をしてもらおうと思うものは少ないだろう。
もちろん貴族は別だけど、そこは使用人を雇っているのでフランクの出番はないと思う。
それに掃除好きと綺麗好きはちょっと違うのだ。
フランクも仕事にしてまで掃除がしたいとは思わないだろう。
だったら文官として働く方がマシ。
そう言いそうな気がした。
「ではまず材料ですね、牛乳と生クリーム、砂糖、卵黄、バニラビーンズですね。砂糖と生クリームは私に伝手があるので手に入れることが出来ます。バニラビーンズは値段が高いので出来れば入れて欲しいという感じですね」
「はい……」
「では材料を量っていきましょうか」
「はい……」
自分が何を作るのか分からないといった表情のフランクに指示を出し、材料を量ってもらう。
案の定、綺麗好きなフランクは分量をきっちりと量るタイプでお菓子作りには向いていた。
計量カップや秤など、食堂だったこの店にはちゃんと置いてあり、フランクが問題なく量り終わるとレイは次の指示を出した。
「お鍋にお砂糖と牛乳を入れて弱火で温めてください。沸騰しないように気を付けて下さいね」
「はい」
砂糖が溶けたら火を止め、溶きほぐした卵黄をその中へと少しずつ入れていく。
「フランクさん、ゆっくり丁寧にへらで回しながら卵黄を入れてくださいね」
「あ、はい」
フランクさんはたぶん実験とか好きなタイプなのだろう。
アイス作りを始めた今、だんだんと目が輝き出し、楽しそうな顔をしている。
嫌々な作業ではないことにレイは内心ほっとしていた。
「じゃあ、それを漉してまた鍋に入れます、それで混ぜながらトロミがついてきたら第一段階は終了です。ここまでは大丈夫ですか?」
「ああ、ええ、はい、大丈夫です」
フランクさんは鍋に戻したアイス液を丁寧に混ぜていく。
そして出来上がったアイス液をボウルに移し、レイが魔法を使いサッと冷ました。
「今日は魔法を使いましたが、普段は氷で三十分ぐらい冷まして下さい。あ、冷蔵魔道具は氷が出来るやつですか?」
「ああ、うん、出来るやつです」
急に魔法を使ったからかフランクさんは一瞬驚いた顔を見せた。
けれど受け入れてくれたようなので、そのまま次の工程に移る。
「泡だて器は……手動タイプですよね……うーん、魔道具タイプの泡だて器って売ってたりします?」
「あー……確か店にもあった気が……」
フランクさんが引き出しを開け、魔道具式の泡だて器を取り出した。
フランクさんのお父さんは研究熱心だったらしく、料理関係の魔道具は多くあるらしい。
自分は使わないだろうと、中古店に売りに出そうかと思っていたそうなので、今日来て良かったとホッとする。
それにこの店で使っていた泡だて器だけあってレイの自宅にあるものより大型のものなので、アイス屋さんにはちょうど良かった。
「じゃあ、生クリームを泡立てます。六割ぐらいの泡だちでお願いしますね」
「ろ、六割?」
「あはは、大丈夫ですよ、ちゃんとそこまでって指示出しますから」
「はい、有難うございます」
泡立てた生クリームを冷やしたアイス液に混ぜる。
そしてそこにバニラビーンズも加えまた混ぜたら、レイが魔法でまた冷ます。
フランクさんはレイの説明を聞き、丁寧にメモを取り、頷いている。
一人でもできるようにとその目は真剣そのものだ。
けれどそれだけ切羽詰まっているともいえる。
フランクさんは本気でこの店の名を残したいのだろう。
レイはその心意気にまた胸を打たれた。
「これを一度混ぜてください、そしてまた冷やします。その方が口当たりが良いので」
「分かりました」
スプーンを使って一度固まったアイスをフランクが一生懸命混ぜる。
そしてそれをまたレイが魔法で冷やし、アイスの出来上がりだ。
「じゃあ、器に盛って試食してみましょうか」
「うん、いえ、はい、お願いします」
マルシャ食堂にある小皿にフランクさん手作りのアイスを盛る。
今日はスプーンを使ってよそったけれど、アイス屋さんを開店するならディッシャーを用意した方が見た目的にも良いだろう。
それに出来ればウエハースも欲しいし、季節の果実も乗せたいところだ。
アイスのみ、アイスとウエハース、アイスとウエハースと果物乗せと、三種類のメニューを作ってもいいかもしれない、それなら値段を安くしてちょっとした子供のお小遣いでもアイスを食べられるように出来るし、レイなら毎日通うと思う。
「フランクさん、アイスのお味はどうですか?」
「うん、うん、レイ君、凄く美味しいよ! こんな美味しいもの、私は今まで食べたこともないぐらいだよ!」
「えへへ、なら良かったです。フランクさんの手際もよかったし、一人でも作れそうですよね?」
「ああ、何度か練習すれば出来る気がする、レイ君、君は天才だ! 本当に有難うね!」
「いえ、依頼ですから、当然の結果です」
朝見た時とは違い、フランクさんの顔には笑顔が浮かんでいる。
これならきっとアイス屋さんは上手くいくだろう。
綺麗好き仲間の笑顔が見れてレイは嬉しかった。
「人手があればアイスに合うパンケーキとかプリンとかも教えるんですけどねー」
「人手かー……」
アイスを食べ終わり、レイはお弁当を取り出すと、フランクと一緒に食べながら相談をする。
甘いものを食べたのでしょっぱいものが食べたくなった……訳ではない、これは仕事の一環だ。
「お弁当美味しいねー、いつかレイ君みたいに料理上手になりたいなー」
「有難うございます。フランクさんならきっと立派な料理人になれますよ」
「レイくーん、君は本当にいい子だねー」
「へへへ」
フランクと話していくうちに、やっぱり人手が欲しいとそこに行きついた。
料理を頑張ると言っているが、フランクが料理人のレベルになるには数年はかかるだろう。
「このお店は席も多いですし、出来ればもう一人、人がいてくれると安心ですよねー」
「そうだねー、私も誰かいてくれれば心強いしねー」
多分アイス屋さんがオープンすればマルシャ食堂は大人気店となるだろう。
レイは冒険者ギルドの知り合いに宣伝するつもりだし、自分自身もアイスが食べたくなったら今後はマルシャ食堂に通う予定だ。
それにレイには心強いインフルエンサーな指導係がいる。
ギルフォードにアイス屋を紹介すれば、必ず店が混雑することは予想が出来る。
あの目立つ人にはファンがたくさんいるからだ。
「うーん……商業ギルドを頼ろうと思ったけれど、このアイスってものは誰も知らない食べ物だよね?」
「そうなんですか? 王都にもありませんでしたか?」
「うん、氷菓子はあったけれど、このアイスみたいに甘くって蕩けて美味しいものはなかったよ……そう考えるとギルドに話を持っていくのもねー……横取りされても嫌だしねぇ……」
「えっ……横取り? って、レシピを盗まれるってことですか?」
「うん、ほら私は新参者で嫌われているからね……その可能性もあり得るんだよ……」
「うわー、商業ギルド最悪じゃん……」
異世界ってマジで怖いなーとレイがドン引きしていると、フランクはうんと頷き何かを決意したようだった。
「よし、奴隷を買おう!」
「奴隷?」
「うん、安い奴隷なら、私の持ち金でも買えると思うんだ」
意気揚々と奴隷を買うと言い切ったフランクの前、なじみのない【奴隷】という言葉に顔が引きつったレイだった。
こんにちは、夢子です。
ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。
誤字脱字報告も有難うございます。
この異世界ではフランクの綺麗好きは変人レベルです。なのでレイも当然その仲間です。




