マルシャ食堂
冒険者ギルドの受付嬢であるエイリーンにマルシャ食堂の店主宛の手紙を書いてもらい、そして店への地図も書いてもらったレイは、冒険者としての初依頼に向かうためあまり知らない街中へと足を踏み入れた。
「ううっ、臭い……ちょっとモザイク必要なものが落ちてるよ……うぇっ」
防護マスクが欲しいところだけど、流石にこの街でそんなものを付けていたら目立ってしまう。
レイは仕方なく首にバンダナを巻いている人たちを真似して口元にバンダナを付け、呼吸を出来るだけしないようにしながらマルシャ食堂へと向かう。
精霊王の愛し子としての力を披露するつもりはないけれど、この汚さや匂いが消滅出来るならばこの街全体に浄化の魔法をかけてもいい。
いや、是非かけさせてください! と懇願したいぐらいだ。
出来るだけ綺麗な場所を選んで歩き、レイはエアーモザイクを行使しながらマルシャ食堂へと歩いた。
「えっと、この辺のはずだよね……」
冒険者ギルドよりも商業ギルドに近い商人通りにマルシャ食堂はあるのだと地図には書いてある。
冒険者ギルドはどちらかというと森に近い門よりの場所に建っている。
けれど商業ギルドは街の中央にどーんと構えている。
そのお陰か、ルオーテの街はレイが思っていたよりは発展していると思う。
お店も多いし、人の流れもある。
だからこそお城のような立派なギルドがあるのだろうけれど、だったら街をもっと綺麗にしろよ! と文句を言いたくなっても悪くないと思う。
「ふーん、ここがマルシャ食堂か……」
エイリーンの分かりやすい地図のお陰で迷うことなくマルシャ食堂に着いた。
時間にして三十分ぐらい。
モザイク仕様がなければ、もう少し早く歩けただろう。
レイはまず建物をチェックする。
マルシャ食堂は二階建ての細長い建物で、テラスドハウスのように隣とくっついている。
色は深いレンガ色で、落ち着いた色合いだ。
両隣も同じ色で、何か商売をしているらしい。
外からは小物屋や洋服屋に見えたがオシャンティーとは言い難かった。
そして道を挟んで向こう側の建物には同じように食べ物屋があったりと、この通りは商店街のようで面白い。
時間があったらゆっくり見て回りたいところだけれど、今日は仕事だぞ、とレイは自分を宥める。
「うんうん、お店はちゃんと掃除できてるね、休業中なのに窓が綺麗、それにゴミも落ちてないし当然ブツも落ちてないもんね」
店を見てレイはホッとする。
もしあまりにも汚い店だったらレイは回れ右をしていただろう。
店のドアには休業中と看板が出ているけれど、ちゃんと掃除をしてくれているようで安心した。
汚い人とは絶対に一緒に働けない。
近寄りたくもないからだ。
そっと扉を開け、レイは子供らしさを前面に出し店内に向かい声を掛ける。
「こんにちはー、冒険者ギルドから依頼を受けてやってきました、どなたかいらっしゃいますかー?」
さて、年齢よりも幼く見えるレイを見て店主がどう出るか。
怒るか拗ねるか無視するか。
話も聞かれず追い出される可能性もあるだろう。
前世の経験からそんなマイナス思考でいると、ずどどどガシャン! と階段を転げ落ちたような音が聞こえてきた。
「あいたたた……えっと、私がこの店、マルシャ食堂の店主、フランク・マルシャです」
背が高く細身の男性が、階段でぶつけたであろう腰を押さえレイの前に現れた。
平民に多い茶色の髪を後ろでまとめ、レイ的にはとっても重要なポイントである汚れていない服を着ている。
着たきり雀が多いこの世界では貴重な存在だ。それだけで店主への評価がぐんと上がる。
見た目年齢は三十ぐらいだろうか。
メイソンと同じぐらいに見える。
「初めまして、冒険者ギルドから参りましたGランク冒険者のレイです。よろしくお願いいたします」
得意の45度で頭を下げる。
とりあえず怒られたり怒鳴られたりはしなかったので、レイの第一印象は合格したらしい。
ならば礼儀が大事だとそう思って挨拶をし頭を下げたのだが、レイが顔を上げると目の前の男性はボロボロと涙を流していた。
「……急に泣いてしまってすまなかったね」
「いえ、フランクさんの話を聞けば気持ちは分かります。これまで大変でしたね」
「レイ君……」
マルシャ食堂の店主フランクさんは、元は王都で文官として働いていたそうだ。
三か月前この店の店主であった父親と兄夫妻が一気に亡くなり、フランクさんはこの街に戻りマルシャ食堂を継ぐ決意をしたそうで、商業ギルドに手続きに行ったそうだが、当然店を継いだとはいえ新顔のフランクさんには優しくなかったそうで、色々と不備のあるまま店の手伝いの募集を掛けられ、そのせいで集まる人は碌なものがおらず、来た早々金貨をよこせと言った者もいたそうだ。
親と兄を亡くしたばかりなのに、辛い思いをしたフランクを目の当たりにしてレイの良心が疼き出す。
辛かったですね、とついつい話を聞いてしまったのだ。
前世のお節介焼きな血が騒いでしまったのだろう。
こればかりは生まれる前から染みついているものだ、仕方が無いとレイは諦める。
「ほら、私は料理人としての修行もしていないしね、元働いていた場所もこの街じゃなく王都で、いわば裏切者のようなものだ。その上職人でもなんでもなく文官だ。絶対に商売なんて上手くいかないとギルドでそう思われたんだろうね。まあ、本当のことだし仕方がないけどね、相談ぐらいは聞いて欲しかったっていうのが本音かな……」
「……」
ある意味店を開けても失敗すると判断されてのキツイ当たりだったのだろう。
だけど頑張ろうとしている人にそれは酷いと思う。
レイが前世の記憶持ちだからそんな甘いことを思うのかもしれないが、ダメなところを指摘してあげるぐらいの優しさはあってもいいのでは? と思ってしまった。
「えっと、それで、フランクさんのお父様はどんなお料理を出していらっしゃったんですか?」
「あ、ああ、そうだね、今父のレシピを持ってくるよ、あ、それとお茶も、今出すからちょっと待っててね」
「いえ、お構いなくー」
フランクさんはレイと同じく綺麗好きなそうで、店が開けられない今は掃除ばかりしているらしい。
その上この家に戻って来て一番最初にしたことが風呂場の増築。
王都では当たり前にシャワーを浴びられる生活だったらしく、一日でも体を洗わないと痒くなるらしい。
「お前の綺麗好きは病気だ」とこの街に戻って来て友人に笑われたらしいが、レイにはフランクさんの気持ちがよーくわかる。
それにフランクさんはブツが落ちていることに平気な街の人たちのことも許せないと憤っていた。レイはそれが嬉しくって仕方がなかった。
(フランクさーん、心の友だよー! 綺麗好き大歓迎! もう絶~対助けちゃうもんね!)
二階から降りてきたフランクが、レイの前に束ねられた紙を置く。
お父様の大事なレシピ。
レイが見てもいいのかと聞けば 「いい」 とフランクに答えられ、レイは遠慮なくレシピ集に目を通した。
字はお世辞とも綺麗だとは言えないけれど、フランクさんのお父さんはかなり細かく分量をメモして合って、これなら何とか近い味が再現できそうだと思えた。
マルシャ食堂の料理は、じっちゃんが良く作ってくれたスープメインの異世界料理。
これならいけるんじゃないかとうんうん頷いていると、フランクさんが思わぬことを口にした。
「実は私は料理がからっきしなんだよねー」
「えっ……」
「この店は兄が継ぐって決まってたから、私は子供のころから勉強ばかりしていたんだ」
「そうなんですか……」
「だから野菜の名前もいまいち分かっていなくって、この前キャベツとレタスを間違えて使っちゃってね、とんでもない料理が出来上がって自分でも情けなくって笑ってしまったよ」
「……とんでもない料理……?」
「うん、まあ、勿体ないから頑張って食べたけどね。もっと父に料理を教わっておくんだったって後悔したよ。だからこそ、この店の名前を残したいんだよね……」
父の遺産だからさ。
そう言ってフランクさんは少し悲し気に微笑んだ。
料理が全くできない人が料理店を継ぐ。
それはどれだけ危険な賭けだろうか。
商業ギルドの人たちが意地悪をした気持ちがちょっとだけ分かってしまう。
傷が浅いうちに諦めろ。
そう言いたかったのだろう。
ある意味それも優しさなのかもしれない。
だけど私は諦めないけどね!
「分かりました! では私から提案を出しますので、フランクさん聞いてもらえますか?」
子供姿のレイの言葉に、フランクは真剣な顔で頷いてくれる。馬鹿にしたところなどどこにもない。
こんな良い人を放っておくことなどレイに出来るはずがない。
綺麗好き仲間を救うため、面倒くさがり屋のレイは立ち上がったのだった。
こんにちは、夢子です。
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本日二話目です。楽しんでいただけたら嬉しいです。




