底辺冒険者の依頼
王都へ行くギルフォードたちを見送った後、アーブに乗ってルオーテの街にやって来た新人冒険者のレイ。
馬に乗る自分の姿が嬉しくって、ちょっとだけ今日のレイは厨二病気味だ。
普段なら恥ずかしがるところだけれど、今日だけは 『自分カッコいい!』 と胸を張る。
イケメン愛馬なアーブが一緒だからかもしれない。
顔見知りになった門兵のおじさんに「坊主、カッコいい馬じゃないか!」とアーブを褒められ、どうしたって口元が緩んでしまう。
「えへへ、有難う、お兄さん、良かったらこれ食べて」
「おお、良いのか、ありがとうな、坊主」
「いいえー、お仕事頑張ってくださいね」
「おう!」
ついつい嬉しくってパウンドケーキを渡してしまった。
レイの浮つき度が分かるというものだ。
本当はお弁当屋を始めたばかりなので食べ物を配ってはいけないのかもしれないが、これは賄賂の一種、未来への投資だと自分に言い訳をする。
だって今日のレイは気分が良いのだ!
アーブに跨る自分はまさに冒険者!
異世界人その者じゃないか!
自分の姿に酔い、ぐふぐふ笑うレイの気分は最高潮だった。
「ジェドさーん、おはようございまーす」
「おう、レイの坊ちゃん、おはようさんだす、今日は早いだすねー」
「アーブを預けに来ましたー」
「あいよ、今日も仕事だすね」
冒険者ギルドにも馬を預けられるが、そこはアーブのことを考え住み慣れた 【オブリ馬屋】 に預けることを選択する。
可愛いアーブもジェドさんを気に入っているし、レイもジェドさんのことを信頼している。
たとえ冒険者ギルドに預ける方が安くても、アーブの心の安寧の方がレイには大事だった。
「じゃあ、ジェドさん、アーブのことを宜しくお願いしますね」
「ああ、レイ坊ちゃん、まかしてくれだし、しっかり面倒みとくだでよ」
ジェドに馬たちにあげてねと林檎を渡し、レイは意気揚々と冒険者ギルドへ向かう。
今日は初めて冒険者仕事を受けてみようかな? とそう思っている。
まあ、出来るだけ時間がかからない簡単な仕事を選ぶけれどね、とそこはレイらしい思考のままだ。
「レイ君、こっち、こっち、こっちにいらっしゃい」
まずは森で採ってきた薬草をギルド受付に卸そうと思っていたら、受付にいるエイリーンに声を掛けられた。
エイリーンの座る場所は今日も総合案内所の受付。
ほぼ人が並んでいなくて暇なのかな? と失礼なことを思いながらエイリーンの下へ行くと「私が薬草を受け取るわよ」と、レイが何をしたいのか分かっている様子で声を掛けられた。
「有難うございます。助かります」
どうやらエイリーンの目は厳しいらしく、素材を高く買い取って欲しい冒険者は新人の受付を選ぶらしい。エイリーンだけが総合受付なのは素材に関して何でも知っているからだ。それにギルド内のことにも詳しく、ちょっとだけそのクールな表情が怖いから皆避けているらしい。
ひそひそと「あのガキ、エイリーンのところに行くぞ」「チャレンジャーだな」と話す内容が聞こえ、レイは理解した。
エイリーンは若いけれど冒険者ギルド受付のドンなのだ。
そんな相手と最初に出会えたレイは運がいいからだろう。
あの子たちからの誕生日プレゼントと、精霊王の祝福のお陰かもしれない。
まあ、賄賂の力も多少はあるかもしれないが、精霊王の愛し子で良かったとこんな時に思うのだ。
「全部最高品質ですね、凄く状態が良い薬草です。さすがレイ君、素晴らしいわ」
「えへへ、有難うございます」
常時依頼の薬草を提出し、エイリーンに褒められレイの鼻の下が伸びる。
冒険者としてしっかり仕事をしている自分に酔っているともいえる。
なのでちょっと調子づいているレイは、エイリーンにも「皆さまでどうぞ」と言ってパウンドケーキを渡す。今日は気分が良いので大盤振る舞いだ。賄賂を渡し自分の評価を上げることを止められなかった。
「レイ君、いつも有難う!」
クール美人なエイリーンが喜び、レイの顔もにやけてしまう。
近くに座る受付のお姉さんたちも顔がほころんでいるので、きっとエイリーンと一緒に食べるのだろう。お姉さんたちの笑顔を見て、やっぱり異世界では袖の下が大事なのだとレイはますます誤解を深めていく。
「さーてと、何があるかな?」
受付カウンターから離れ、依頼のある掲示板へと向かう。
ちょっと離れた場所にある売店のへ方へと視線を送ればそこにはモーガンはいなく、レンガ色の髪をした青年がカウンターに肘をつき口を開けボーッとしていた。
きっと暇なのだろうが、前世知識があるレイとしてはあの売り子の姿はあり得ない、ちょっと教育が必要ではないか? と目が細くなる。
まあでも面倒なのでレイが彼に何かを言うことはない。
レイはあくまでも弁当屋、ギルドの売店職員ではないのだ。
指導や注意をするなら上の者、つまりギルド長のエドガーだろう。
モーガンの件もあり、またちょっとだけエドガーへの評価が下がったレイだった。
「うーんと、何が良いかなー」
一番多いのは護衛依頼。
でも護衛依頼はそもそも底辺冒険者なレイでは受けられないし、受ける気もない。
次に多いのが素材採取。
依頼にあるオークの牙とか家に帰ればじっちゃんの素材箱に沢山入っているかもしれないが、汚いし臭いし触りたくもないので却下だ。汚れるので絶対に魔物系は遠慮したい。レイは3K (汚い、臭い、気持ち悪い) が大っ嫌いだった。
「あれ、なんかこれだけ毛色が違う依頼かも……」
【依頼主、マルシャ食堂
依頼内容、調理補助、店内整備、メニュー補佐
依頼受付可能ランクG~C
依頼期間、要相談
支払い金額、金貨一枚】
どう見ても商業ギルドに出ていそうな依頼だ。
その上掲示日の日付が一か月前になっている。
紙もちょっと傷んでいるし、色もちょっとだけ黄ばんでいる気もする。
これは誰も興味を示さず手も出さなかったということだろう。
(料理なら良いかなぁー)
興味を持ったレイはマルシャ食堂の依頼を持ち、エイリーンの下に向かう。
この依頼内容を詳しく聞くためだ。
「ああ、この依頼ね」
レイが受付カウンターにマルシャ食堂の依頼を出すと、エイリーンはすぐに分かってくれたようでうんうんと頷いてくれた。
「最初は商業ギルドに出ていたものなのよ、けれど依頼期間もどれ程かかるか分からないし、仕事内容も曖昧でしょう。それなのに金貨一枚じゃ安いと思われたのでしょうね、誰も依頼を受けず冒険者ギルドに回ってきたの、でも当然ここの人たちが料理なんてするわけもないし、掲示板にずっと残ったままなのよねー」
成程成程。
確かにこれは全て曖昧かもしれない、冒険者のランクだってG~Cと幅広い。
それなのに依頼金は一緒だ。
金貨一枚なんてCランクの人にしたら安く感じるだろう。
「ねえ、エイリーンさん、これってお店の人に話を聞いてから依頼を受けるとかでもいいですかね?」
あまり時間がかかる依頼は流石にレイも受けたくはない。
でも魔獣に会うよりは断然こっちの方が良い。
そんな思いで聞いてみたのだが、エイリーンは大丈夫だと頷いてくれた。
「マルシャ食堂さんに手紙を書くわ、それで依頼の話を詳しく聞いてみて頂戴。レイ君みたいにお料理上手ならきっと依頼が受けられるはずよ、そしたらマルシャ食堂さんも喜んでくれるではずだわ」
うーん、それはどうだろうか。
レイはどうやらこの世界で幼く見えるらしいし、依頼主に門前払いをされる可能性もある。
(まあ、受けるかどうかは依頼主の様子を見てからかなー)
せっかくもらった精霊王からの力だ。
依頼主が良い人ならばどんなことをしても力になってあげよう。
そんな考えのもと、レイはマルシャ食堂に向かったのだった。
こんにちは、夢子です。
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今日は夜も投稿できるようにしたいと思っています。