★モーガンからの相談
ある日、売店で働くモーガンは、昔からの悪友であり冒険者仲間でもあった冒険者ギルド長のエドガーの部屋へと呼ばれた。
もしかして何か事件でもあったのか?
そんな心配を抱えエドガーの元へと行ってみれば、新人冒険者が売店で弁当を売りたいというなんでもない話を聞かされ、気合い入れていただけに拍子抜けした。
モーガンは元B級冒険者。
利き腕を失うまでは前線で活躍していた。
ルオーテの街だけでなく王都でもその名は有名で、風魔法で敵を切りつける技を得意とすることから 『風切りのモーガン』 と呼ばれていたほど高名だった。
「モーガン、とにかくレイのことを頼むな。見るからに幼いし、ものすごい世間知らずだと思ってくれていいから」
「俺は別に構わないが、その新人はレイっていうのか?」
「ああ、実はその、レイは……あのロビン・アルクの孫なんだ」
「ロビン・アルクの孫だと?」
「ああ、冗談でも嘘でもない、俺が水晶を確認したからな」
「……」
ロビン・アルクと言えばモーガンたちよりちょっと年上で、自分たち世代の憧れ冒険者だった。
ロビン・アルクはたった一人で黒龍を倒した剛の者。
その長い赤い髪と、全てを燃やし炭に変えてしまうほどの火魔法の威力から、『黒緋の英雄』 と呼ばれた有名人でもあり、エドガーもモーガンもあんなふうになりたいと目標にしていた冒険者でもあった。
なのでエドガーがその孫のことを内緒で頼み込んでくるのも頷けた。
ロビン・アルクの孫のことが他に知られたら色々と面倒なのだろう。
納得するモーガンの前で、エドガーは好々爺のような顔になった。
「レイはずっと森にいたらしくてな、ちょっと変わっているんで心配なんだ……」
「変わってる?」
「ああ、箱入り娘……と言えばいいのかな……無意識で可笑しなことを口走る、だが態度や口調が丁寧すぎることもあるし……とにかく変わった子なんだ」
「……」
自分の孫でも心配するかのような様子のエドガーに、こいつも年を取ったなとモーガンは心の中で笑ってしまう。
元冒険者で依頼に慣れているモーガンだ。
別に子供の世話ぐらい何でもないし、これまでも後輩を指導してきたモーガンとしては、田舎育ちの世間知らずなどたくさん見てきたし、訛りが酷いものもたくさん知っているため何も珍しいことではなかった。
だから任せろと自信をもって頷いた。
「ああ、分かった分かった、俺がちゃんと見とくから安心してくれ」
「そうか! モーガン! 宜しく頼むな!」
大げさに心配するエドガーの前、笑顔を浮かべ気軽に了解したモーガン。
新人の教育など何でもない、この時はそう思っていた。
それが間違いだと知るのは、思った以上に早いということをこの時は知らなかった。
そして翌日。
ロビン・アルクの孫ならば、年齢の割に体の大きな大男か、それとも世間知らずで自尊心の強い田舎者か? といろいろと想像していたのだが、受付嬢のエイリーンによって紹介された少年は、可愛らしい顔を持つ、ちょっとどころかとても礼儀正しい男の子だった。
「モーガンさん、初めまして、レイです。今日からよろしくお願いいたします」
ロビン・アルクの躾が良いのか、平民の子供とは思えないほどピシリと角度をつけ挨拶をするレイ。
冒険者になるには十二歳にならないと許可できないのだが、レイはどう見ても八歳ぐらいの男の子。これは庇護を求めてきたのだろうとそう思えた。
「モーガンさん、仕事着に着替えさせていただきますね」
「仕事着?」
「はい、飲食店は清潔第一ですからね!」
仕事のために着替えをするという言葉に驚いたが、別になんの問題もないのでモーガンは許可をする。
被っていた帽子を脱ぎ、真っ白い帽子に変える瞬間、レイの髪を見てモーガンは驚いた。
どっからどう見てもレイの髪色が聖人の証である黒髪だったからだ。
(黒髪……それも綺麗すぎる黒髪だ……)
エドガーの憂いはここだったのか! とモーガンは納得をする。
そしてレイ本人も常に帽子をかぶっていることから、聖人として自覚があるのだろうとそう結論付けた。
「モーガンさん、開店前に掃除をしても良いですか?」
「掃除?」
「はい、掃除です」
「別に構わないが……」
「有難うございます!」
どう見ても売店のカウンターに汚れはない。
暇なときにモーガンが掃除をしているのだ当然だろう。
けれどレイは「ほこりっぽ」と何やら呟き、当然顔で魔法を発動させカウンターをピカピカにさせた。
「……無詠唱……?」
その上空間庫から掃除道具を取り出し、ピカピカなカウンターをなぜか丁寧に拭き出し、その上に布を被せ、そしてその上に箱に入った商品を並べた。
そして個包装されている菓子類は、また別の箱に入れ布の上に並べる。
箱箱箱、布布布。
いったいどれほどここのカウンターは汚いんだよ!
そう突っ込みたくなったモーガンだったが、レイが「うん、可愛いし、ばえるね」と聞いたことのない言葉を喋り出したので、黙ることを選択した。
何をどう言っていいか分からなかったからだ。
その後、順調に時間は過ぎていき、昼の鐘が鳴るとレイに何故か昼飯の心配をされた。
その上楽な仕事だと話を始めれば、体調まで心配され、自分がそんなに老人に見えるのかと心配になった。
「モーガンさん、これを飲んでください」
「なんだこれ?」
「栄養ドリンクです」
「栄養、ドリンク? なんだそりゃ」
きっと亡くなったロビン・アルクと自分を重ねているのだろう。
レイは自分のことを何かにつけて心配する。
売店の仕事は命の危険もない、冒険者仕事よりも気楽で何の問題もないのだが、昼を適当に食べるとか、適当に休憩すると言ったからか、幼い子に心配をさせてしまったらしい。
モーガンはちょっとだけ申し訳ない気分になった。
(うんうん、レイはちょっと変わってるがいい子じゃないか……黒髪持ちでエドガーが心配する理由は分かるが、この子ならきっと上手くやるさ、大丈夫だろう)
仕事を終え、売店から離れていくレイの背中を見守りながら、モーガンはあの子なら大丈夫だろうとそう思った。今一緒に働いているロブよりもよっぽど大人だし仕事も出来るからだ。
まあ確かにちょっと可笑しな部分はあるが、黒髪さえ隠していれば目を付けられることもないだろう。
時折言っている言葉が意味不明だが、きっとそれは田舎の言葉なのだ、そのうち街の言葉にもなれる。レイの祖父ロビン・アルクの苦労を知らないモーガンは単純にそう考えた。
そして冒険者の来ない時間帯となり、売店が手すきになったことで、モーガンはレイに貰った弁当を食べることにした。
「美味い! 美味すぎる! なんだこりゃ!」
一口食べて驚いた。
見た目も綺麗だが、何より味がダントツに美味い。
「もしかしてエドガーの心配はこっちだったのか?」
と、レイの作ったお弁当が美味しすぎて、独り言が大きくなる。
もぐもぐと自分の咀嚼音だけが聞こえるほど、一心不乱に弁当を食べた。
そして食後にレイからもらった栄養ドリンクなるものも飲む。
これはまたこれで面白い味で驚く。
美味しいけれど、ちょっとモーガンには甘すぎるかもしれない。
いや甘いことに文句を言うなど贅沢だなと笑う。
そして飲み終ってみれば、確かに元気になった気がした。
「ハハハ、こりゃあ次にレイに会った時には礼を言わねーとな」
地味に痛む体の古傷の痛みも消え、腰や肩の調子もよくなった気がする。
それに怪我をしてから力が入らなかった手にも、なんだか力が戻っているような気がして……
とそこでモーガンは自分の手を見つめた。
何度瞬きしても失った右手がある。
グーパーと握ったり開いたりを繰り返し、動くこともちゃんと確認をする。
「夢か? うん、これは夢だよな、うん、そうだな」
新しい右手で自分の頬を思いっきり殴ってみた。
痛い。
めちゃくちゃ痛い。
けれどその痛みが嬉しくって仕方がない。
「……まさか……レイの栄養ドリンクか……?」
思いつくところはそれしかない。
聖女や聖人の癒しの力は凄いとは聞いていたけれど、今その力を目の当たりにしてモーガンは驚きしかなかった。
(だが、これは不味いよな……)
何年も前の古傷を治す力がレイにあると知られれば、レイは誘拐され栄養ドリンク作りを強制されてしまうだろう。
恩人となったレイをそんな目に合わせられる訳がない。
モーガンは新しい右手に手拭いを巻き付け、売店のカウンターに離席中の看板を立てると、大急ぎでギルド長であるエドガーの元へと向かった。
「エドガー……」
「? モーガンか? どうした?」
部屋にエドガー以外誰もいないのを確認し、モーガンはギルド長の部屋の扉を小さく開け、エドガーにそっと声を掛ける。
入っていいぞと促され、モーガンはエドガーの傍へと無言で寄る。
そして何も言わず新しい右手を見せれば、エドガーは「ひゅっ」と息をのんだ後、誰のせいでこうなったのかをすぐに理解できた様で、目頭を揉みながら胃を押さえ、とにかく座れとモーガンに手で合図をした。
「モーガン、お前、今日から出張だ。王都に行ってこい、その手がこの街で治ったと分かれば大変なことになる……」
エドガーの言いたいことは分かる。
モーガンは元冒険者としてそれなりに名が通っている。
そんなモーガンの怪我は当然誰もが知っていることで、それが急に治ったと知れたらどうなるか。
病人、怪我人だけでなく、欲にまみれた悪者などが大勢この街に押し寄せるのは当然で、エドガーはそれを回避しようとしているようだった。
「……分かった……」
けれど十年も前の怪我を治せる者など王都にもいないだろう。
それでもこの街で治ったとされるよりもずっといい。
だからモーガンは王都でポーションを買い、それを飲むつもりだ。
そうすればレイのことは誤魔化せる。
まあ一時しのぎかもしれないが……
「……モーガン、お前にレイのことを頼んだじゃないか……」
唸るようにそんな言葉を吐くエドガーをモーガンは睨み返す。
「そんなこと言ったって、あれをどうしろと? お前だって栄養ドリンクって言われて渡されたらすぐに飲むだろう? ポーションだなんて知らなかったんだぞ、俺は!」
それにこんなにも効力のあるポーションがある訳がない。
いくらレイが聖人だからと言って、こんな強力なポーションを作るなど考えられないだろう。
そんなモーガンの言葉を聞き、エドガーはもう何も言わなくなった。
そもそもロビン・アルクにレイのことを頼まれたのはエドガーだ。
モーガンを責めることなど出来るはずがないのだった。
「とりあえず、俺は王都に行ってくるから」
「ああ……」
「その間はエドガーがちゃんとレイの面倒を見ろよ」
「……」
そう言ってモーガンはそのまま王都へと出発した。
エドガーは頭を抱え、考える。
レイに少しでも早く常識を学ばせよう!
自分の安寧のためにも早急に! エドガーはそう結論づけたのだった。
こんにちは、夢子です。
ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。
誤字脱字報告も有難うございます。
ちなみにギルド長であるエドガーの二つ名は『黒土のヴァンス』です。w