友達との内緒話?
翌朝、ギルフォードたちはレイに負けないぐらい朝早い時間に起きて来た。
そしてお酒を抜くためか、それとも毎朝の習慣なのか、庭で剣を交えた後、朝食の席でギルフォードが昨日言っていた大事な話を打ち明けてきた。
(前世だと大事な話って愛の告白だよね、やだ、ギルフォードさんってショタコン? キャー!)
脳内で 『ギルフォード変態説』 をシミュレーションし、どんな話かとドキドキしながら待ったけれど、ギルフォードの大事な話とは 「暫く王都に出掛ける」 と言う何ともないものだった。
「レイがちゃんと馬に乗れるようになってから王都に行こうと思っていたんだけどさ、昨日一日でアーブにも完璧に乗れるようになったし、冒険者の仕事もお弁当屋以外は薬草採取で心配いらないみたいだからね、さっさと面倒くさいことは終わらせてしまおうって話し合ったんだー」
「面倒くさいこと?」
王都での冒険者仕事はそんなに面倒なの?
だったら絶対自分は王都にはいかない、レイはそう思ったのだが、ギルフォードの顔を見ればそれが違うことが分かった。
「ああ、王都の実家に帰ってくるんだよ……」
ズーンと落ち込んだような表情を見せるギルフォードに、レイは何と言っていいのか分からない。
前世では孤児だったレイに実家などなかったし、今世ではじっちゃんが亡くなった今、この家は実家ではなくレイの自宅だ。帰りたい気持ちしかない。
「あー……そうなんですね、はい、分かりました」
どうにか無難に答え、行ってらっしゃいと無垢な子供スマイルを浮かべる。
レイには何でもないことでも、ギルフォードには心が重くなることなのだろう。
人には人の事情がある。
レイにだってそれぐらいは理解できる。
元大人だからね。
「……うん、ありがとうね……」
同じように無難に答えたギルフォードには、レイとは違って悲し気な笑みしかない。
メイソンとゾーイの顔色もちょっと暗く、その目には哀れなものを見るような、気の毒なものが映っている気がした。
そう言えばギルフォードには王族の血が流れているとアセナが言っていた。
それはとても面倒くさいことで、実家に帰るのも嫌になる気持ちがレイにも分かる。
(貴族とか貴族とか貴族って本当に面倒だもんね!)
生まれる場所は自分で選べないから仕方がないけれど、レイのように親に捨てられてしまうのも悲しいが、王族に生まれ自由がないことにも同情する。
「よし、ギルフォードさんには特別に朝食の目玉焼きを二つつけちゃいますね」
「レ~イ~」
だから元気出せ!
そんな気持ちで目玉焼きを焼き、ウインナー、ベーコン、レタス、トマトが乗った皿をギルフォードの前に置く。
同じように暗い顔つきのメイソンとゾーイにも目玉焼きを二つにしてあげた。
友人には優しいレイなのだ。
美味しいものをたくさん食べて元気になって欲しいと思う。
二人の皿を見て「あれ、僕だけの特別は?」と突っ込むギルフォードには笑顔を向けて誤魔化した。
「ギルフォードさん、パンは何枚焼きますか? 結構厚めですが」
「んー、じゃー、二枚で!」
落ち込んでいるのに二枚も食べるのか。
そう思いながらもメイソンとゾーイにも声を掛ければ、メイソンは三枚、ゾーイは二枚と言われ、落ち込みと食欲は比例しないことを知る。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
焼いたパンにたっぷりのバターを塗ってあげ、三人の前に出す。
昨夜あんなにも餃子を食べたのに、三人の食欲は落ちていない。この世界の人たちは胃も鍛えているのだろうか。レイには無理な気がする。
モリモリと食べ始めた三人を見ながら、レイは卵なしの、パンは半分に切ったものを食べ、ちょっとレタスをつまめばもうお腹いっぱいだ。
三人の食欲にはあっぱれとしか言いようがない。
「はー、暫くレイのご飯が食べられないのかー……」
膨らんだお腹をさすりながら、ギルフォードが嬉しいことを言ってくれる。
つまりはレイのご飯が美味しくて楽しみだということだろう。
食後のお茶を飲みながらレイの口元はにやけてしまう。
「ギルフォードさん、帰ってきたら好きなもの作りますよ、何がいいですか?」
「えっ、本当に? それは嬉しいな、あ、でも僕レイの作るごはんなら何でも嬉しいけど」
「分かりました。じゃあ、美味しいものをたくさん準備して待ってますから、早く帰ってきてくださいね」
「レ~イ~!」
手を広げ抱き着いてこようとしたギルフォードをサッと避ける。
イケメン男子は避けられてショックを受けたのか、ギルフォードの顔色がまた悪くなる。
「レイ~なんで避けるのさー、僕たちはもう友達だろう?」
疑問をぶつけてきたギルフォードをレイは睨む。
「友達だろうと何だろうと、昨日と同じ服を着た人とは抱き合いたくありません!」
「レ~イ~」
泣きそうなギルフォードに冷めた目を向ける。
綺麗好きなレイが言うことは当然で、昨日と同じ服などあり得ない。
でもこの世界の人たちはほぼ毎日同じ服を着ている。着たきり雀もいいところだ。
それでもギルフォードは一応はA級冒険者なので二、三日に一度は服を変えているようだが、レイからするとマントは? 鎧は? どうしてんだ?! と疑問しかない。
ちゃんと毎日手入れしてるのかな? と怖い想像をしてしまうと、ギルフォードたちが黴菌にしか見えない。
裸ならまだしも、服のまま抱き着かれるだなんて絶対に嫌だった。
「あ、そうだ、友達で思い出したけど、ギルフォードさん、私精霊王の愛し子なんですよね」
「えっ?」
「「……っ?」」
あの子たちに許可を得て話そうと思っていたことを今頃思い出す。
あの子たちが大したことではないと言うだけあって、レイの告白を受けてもギルフォードもメイソンもゾーイも落ち着いたものだ。
驚いて大きな声で叫んだり、大騒ぎすることなく、レイの次の言葉を待っている。
(やっぱり水晶に表示されるだけあって大したことなかったんだねー、ちょっと私が意識しすぎていただけだったんだ。うわ、自意識過剰、恥ずかしいー)
じっちゃんに「危険だ」と口うるさく言われていたからか、レイは自分が精霊王の愛し子であることも、そして黒髪であることも、なるべく隠そうとしてきた。
でも友人となったギルフォードたちにまで隠すのは嫌だった。というか面倒くさい。ずっと嘘をつき続けるのには無理がある。気を使って精神的に疲れるのも嫌だった。
「だから髪色も本当は黒色なんです、光の加減だなんて言って済みません、じっちゃんに黙っているように言われてたんで」
困った時のじっちゃん頼み。
まあ今回のことは本当だ。
黒髪は目立つ、希少だ、誘拐されるぞ! と何度も脅され、口酸っぱく聞かされてきたので黙っていた。
じっちゃんの言いつけを守る良い孫、それがレイなのだ。
嘘に悪気はない。
「それに魔法も、全属性使えます。指導するのに必要だと分かっていたんですけど、黙っていてすみません。ほら、私、お弁当屋さんなので魔法は関係ないかなーと思ってたんですよねー。テヘペロ」
どこかのお菓子屋さんのイメージキャラクターのような顔をして、レイは笑いを取る。
だけどギルフォードたちにそんな冗談が伝わるはずもなく、何言ってんだこいつといった感じで見られ、冗談は不発に終わってしまった。
(くっ、これは恥ずかしい、穴がないので死ねる……)
黒歴史に乗りそうな恥ずかしい行動をしてしまったレイは羞恥で赤くなる。
異世界ギャグを早めに習得しなければ! そんな気持ちにさせられた。
恥ずかしがるレイの気持ちが分かったのか、大人なギルフォードは「そうなんだね……」と何事もなかったように流してくれた。
ウザいけど優しい人。
ギルフォードの評価はレイの中でそう決定された。
「ギルフォードさーん、メイソンさーん、ゾーイさーん、いってらっしゃーい」
レイの家から直接王都へ向かうギルフォードたちに手を振り、レイは元気いっぱい見送る。
秘密を話しスッキリしたレイとは対照的に、朝から食べ過ぎたのか、ギルフォードたちの元気がちょっとだけ無くなったようで、友人として心配だったからだ。
とりあえず栄養ドリンクを持たせ、怪我には気を付けるようにと何度も注意をした。
それからギルフォードの魔法鞄に収納できるだけの林檎や人参を持たせ、ジュリエッタたちの旅途中のおやつにと伝えた。
「レイ、なるべく早く戻るからねー、大人しくしてるんだよー!」
振り返り手を振るギルフォード。
(大人しくって……)
レイが騒ぐような面倒くさいことをするわけがない。
笑顔で頷き「大丈夫だ」と胸を張る。
それよりもギルフォードのあの無理な体勢ではジュリエッタから落ちるのではないかと心配になる。
指導係としてレイのことが心配になるのは分かるが、前を向いて馬に乗って欲しい。
でもそこは絵本から出てきたような王子様。馬とは表裏一体。不動のようだ。
遠くなるギルフォードたちに手を振りながら「頑張ってねー」とレイはギルフォードたちを鼓舞した。
「うーん、王都まで往復で一週間ぐらい? 実家に寄るとして二週間ぐらいは帰ってこないかな?」
さてその間レイは何をしようか。
指導係がいない今、レイが自分で判断しなければならない。
お弁当屋は当然ギルドとの契約通り仕事ととしてこなすけど、戻ってきた時ギルフォードをビックリとさせてみたい。
「よーし、今日は初めての依頼を受けちゃおっかなー」
ニシシと悪戯っ子のように笑い、レイも出かける準備をする。
底辺ランクの仕事はどんなものがあるのかな?
怠け者だけど、ちょっとだけ働くことが楽しみになったレイだった。
こんにちは、夢子です。
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無事起きれました。