乗馬の練習なので張り切ります!
「ジェドさーん、こんにちはー」
「はいよー。おお、レイ坊ちゃん、いらっしゃい、お待ちしてただすよ」
冒険者ギルドの食堂でお昼を食べた後、レイはギルフォードとメイソンとゾーイと共に街一番の馬屋【オブリ馬屋】へとやって来た。
ギルフォードと約束した通り、乗馬を習うためだ。
だけどそれよりも動物好きなレイは、自分の愛馬となったアーブに会いたくて来たぞ! という気持ちの方が強かった。
「ジェドさん、約束してた人参持ってきたけどどこに置く?」
「本当だすか、だば、この辺において下せえ、レイ坊ちゃん。後で見習いに運ばせますんで」
「りょーかい」
アーブに会えるということで、テンション高めなレイは空間庫から段ボールに入った人参を取り出し、ジェド指定の場所にどかりと箱を置く。
それを見てギルフォードが 「また紙……?」 と呟いているがそんなものは無視だ。
今は一分でも一秒でも早くアーブに会いたかった。
「アーブ! 会いたかったよー!」
人参を置き、皆と一緒に第一厩舎に向かう。
レイが購入したことでアーブは第一厩舎に移されていた。
それもジェドが気を使ってくれたのか、ギルフォードの愛馬シャーロットの隣の馬房だった。
どうやらジェドは気遣いも馬屋一番なようだ。
その優しさに今度は葡萄も付けちゃおっかなと、そんな気持ちにさせられた。
『レイ、遅い、つまらなかった』
「あー、アーブ、ごめんね、寂しかったよね」
『……寂しくはない、つまらなかっただけだ』
レイが可愛いアーブの言葉にきゅんとして抱き着けば、アーブはツンッと首を横に振る。
家族になってだいぶ改善されたけど、アーブのツンデレは相変わらずなようだ。
可愛いなーとデレデレしながらも、レイは機嫌を治してもらおうと空間庫からアーブの大好きな人参を取り出した。
「はい、アーブ、人参だよ。今日は乗せてもらうから宜しくね」
『……人参くれるならレイを乗せてやってもいい』
「うん、アーブ、ありがとー、いい子だねー」
人参を食べながらすんと澄ました顔をしているけれど、アーブの尻尾は正直でふっさふっさと大きく揺れている。
(アーブってば愛い奴だな~、もうデレが可愛すぎ!)
鼻の下を伸ばしながらアーブを撫で繰り回していると、背後になんだか嫌な視線を感じた。
振り返ってみればニヤニヤ顔で嬉しそうなギルフォードと、無言のまま固まるメイソンとゾーイがいて、レイはハッと我に返る。
(ギルフォードさんがジュリエッタを預けているってことは、メイソンさんとゾーイさんの愛馬もここにいるってことだよねー、ヤバ、挨拶してないじゃん!)
当然その子たちもアーブが食べる人参を見ている訳で、今後アーブの先輩兼教育係になってくれそうな二人の愛馬にもちゃんと挨拶をしなければと、元大人なレイはギルフォードたちの方へと歩み寄った。
「ギルフォードさん、これジュリエッタにどうぞ、ジュリーは果物が好きだから林檎がいいですよね?」
「有難うレイ」とキラキラした笑顔を振りまき林檎を受け取るギルフォードを見て、やはりアーブのために賄賂は必要だとレイは悟る。
『林檎、林檎、大好き、レイ、ありがとー、アーブと仲良くするわ』とジュリーが可愛く喜んでいるからだ。
「メイソンさんとゾーイさんの愛馬もこちらにいますか? 宜しければ林檎をどうぞ」
「……すまん」
「……どうも」
言葉少なく林檎を受け取るメイソンとゾーイ。
無口なところがギルフォードとは違い好印象で、レイの持つ人物評価度を刺激する。
(この人たちなら友達になれそう! なんだかじっちゃんにもちょっと似てるよねー)
レイが何か作るたびにじっちゃんも 「……そうか」 と口数少なく受け取ったり見たりしていた。
それを思い出し、やっぱり冒険者ってやつはこうでなきゃと一人納得していると、ギルフォードがジュリエッタに林檎を食べさせ、メイソンとゾーイも自分たちの馬に近づき林檎を食べさせ始めていた。
「ジュリー、レイに林檎もらえて良かったねー」
『ええ、とっても美味しいわ』
ジュリエッタが喜び、ギルフォードが無駄にキラキラと輝いている。
相変わらずなギルフォードを無視し、レイはメイソンたちに視線を送る。
メイソンの馬はこげ茶色の牡馬でジュリエッタよりも一回り体が大きく、まるで軍馬のようだった。
ペットは飼い主に似るっていうけれど、それは馬にも共通することらしい。
メイソンは冒険者の中でも体格が良く、巨人族では? とレイが思うギルド長にも負けないがっちりとした体躯をしている。
「ロメオ、林檎だ」
『りんご、美味い』
ロメオと呼ばれたメイソンの愛馬も口数が少なく、一言答えただけで林檎をもしゃもしゃと食べ始めた。アーブも大人になったらこんな馬になってくれたらいいなとレイが希望したくなるほど、ロメオはカッコいい馬だった。
「キャピュレット、レイ様に林檎をいただきました、今食べますか?」
『はい、林檎、食べたいです』
ゾーイの馬は明るい茶毛の馬で、鼻の中央と足下に白色が入っている小柄な雌馬だった。
ゾーイの問いかけに首を振って答え、可愛らしくカプリと林檎に噛り付くと『レイ様、おいしいです』と尻尾を振ってお礼を言ってくれた。なんて可愛いのだろうか。
動物はその子によって性格が全然違うというけれど、どの子も可愛くってレイの鼻の下は伸びっぱなしだった。
「じゃあ、レイ、まずは一人で馬に乗る練習をしてみようか」
「イエッサー!」
レイはギルフォードの指導を聞き、手を額に当て了解の合図を送る。
ギルフォードが「家? さ?」と何か呟いているが今は気にしない。
やっとアーブに乗れるのだ、それが嬉しかった。
風魔法を使いふわりと体を浮かせ、アーブの上に上手く跨った。
ドヤ顔で「サー、出来ました」とギルフォードへと顔を向ければ、ギルフォードはなぜか目頭を揉んでいた。
隣に立つメイソンとゾーイも顔色が悪く口を開けている。
もしかして馬には魔法を使って乗ってはいけないという異世界ルールでもあるのかなと思っていると、ギルフォードが口を開いた。
「……レイ、今、魔法を使ったよね? 風魔法、だよね?」
「イエッサー、風魔法を使いました。自分、小さいのでこの方が乗りやすいのです! サー」
「「……」」
指導者にきちんと返事を返したはずなのだが、ギルフォードはまた目頭を揉みだした。
メイソンとゾーイは固まったまま無言を貫いている。
何が悪いのかレイには分からない。だってちゃんとアーブの上に乗れているのだから。
「……レイ、もし魔獣に追われていて魔法が使えない状態だったらどうやって馬に乗るの? 魔力だって無限じゃないんだよ」
なるほど、なるほど、ギルフォードは魔力枯渇を心配しているのか、指導係らしい指摘になかなかやるではないかとレイは頷き、アーブの上からするりと降りる。
「ギルフォードさん、いえ、サー、アーブに座ってもらって乗るのはどうでしょうか?」
「いや、それもいいけどさー、とっさの時にアーブを座らせていたら困るでしょう。僕が言いたいのは鐙を使ってだねーー」
「なるほど、じゃあ、こんな感じで!」
レイは恵まれた運動神経を使い、走りこんで馬とびのようにアーブの上に飛び乗った。
アーブは竜馬の血を引くためレイの頭より全然高い位置に体がある。
けれどこのハイスペックボディを使えば、跳び箱を何段積まれても関係ない。
それにレイはじっちゃんに鍛え上げられた冒険者としての能力もある。
高いところに飛び上がるなど朝飯前なのだ。
なのでこれまたドヤ顔でギルフォード教官へと振り返れば、ギルフォードはなぜかまた目頭を揉んでいた。
「うん、ごめん、僕がレイに普通を求めたのが悪かった、もう何でもいいよ、とにかく乗れるなら、何でもいい……」
どことなく投げやりな言葉のようだが、とりあえず合格は出来たようでホッとする。
そしてギルフォードやメイソン、ゾーイも自身の愛馬に乗り込み、レイが乗ったアーブと並ぶ。
「レイはこの前僕と馬に乗ったから感覚はもう掴めているだろう? 僕たちが前を走るからゆっくりついてきてご覧、レイならできるよ」
「イエッサー!」
レイの初乗りだからか、店主のジェドも心配そうな表情を浮かべこちらを見ている。レイはジェドに手を振り大丈夫だよと意思表示をして、ギルフォードたちの後に続きアーブを走らせた。
「アーブ、行くよ」
『おう、レイ、任せろ』
ジュリエッタたちの真似をしてアーブも走り出す。
力強い返答には、走りに自信があることを表している気がした。
トコトコだった歩みが、レイたちの様子を見てタッタッタに変わる。
そして気が付けば競走馬が走るかのようなドドドドッと音を立てる速さとなり、レイはアーブと共に風になった。
「……まさか一日でここまで乗りこなすとは……」
馬を走らせるのを止め、馬房の外でメイソンがぼそりとギルフォードに話しかける。
「あの才能はS級冒険者の指導の賜物なのでしょうか……」
その横でゾーイもレイを見ながらそう呟く、メイソンとゾーイの顔には困惑しかない。
ギルフォードからレイのことは聞いていたけれど、想像以上。
同じ人間とはとても思えなかった。
「いや、レイは熊や狼で乗馬の練習をしたらしいから、その結果じゃないかな? 流石愛し子だよね、本当に計り知れないよ……」
ギルフォードがそう呟いた視線の先、レイはアーブと長年の付き合いがあるかのように一体化していた。
ギルフォードのボヤキを聞いたメイソンとゾーイは、笑うことも頷くことも出来ず、馬と風になるレイの異様な光景をただ見つめるだけだった。
こんにちは、夢子です。
ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。
誤字脱字報告も有難うございます。
馬に乗れるのではしゃいでいるレイです。
アーブとゾーイの名前を間違えそうで……見つけたら指摘してください。よろしくお願いします。m(__)m