目立つ指導係とその友達
「レイ、昼の時間だ、もう上がっていいぞ」
「はい、有難うございます」
冒険者ギルド内で昼を知らせる鐘が鳴りだすと、モーガンにそう声を掛けられた。
お弁当が売れた後売店の手伝いをしたが、冒険者たちの多くが仕事へ行っている時間のため売店に来るものはほとんどおらず、レイは掃除をしたり、モーガンにお茶を入れたり、新しく納品された荷物の片づけをしたりと、思った以上にのんびりと過ごすことが出来た。
前世のコンビニぐらいの忙しさを想像していたレイとしては、ハッキリ言って拍子抜けだったし、売店を二人で回しているというのもちょっとだけ納得した。
それでもやっぱりブラック企業だとは思うが、ギルド長への殺意は無くなったと言える。
「あれ? モーガンさんはお昼に行かないんですか?」
売店内にある椅子に座ったまま、店内の商品を拭き続けるモーガンにレイは声を掛ける。
朝八時から売店を開店し、もうすでに四時間が経っている。
その間モーガンはトイレに行くこともなく、売店内でずっと働いている。
まあ、朝早い時間にレイのお弁当を買う客が来てからは、比較的売店内は落ち着いていて、特にやることもなく商品の確認をしてモーガンは過ごしていたが、それでも休憩は必要だろうと声を掛けたのだが、レイの耳には恐ろしい答えが返ってきた。
「ああ、昼か、昼はここで適当に食べるから大丈夫だ」
「えっ、じゃあ休憩はいつ行くんですか?」
「休憩? 休憩は特に決まっていないぞ、まあこの売店はこの時間ほとんど人は来ないしな、今が休憩みたいなもんだ」
ガハハハッと笑うモーガンさん。
レイはいやいやいやと首を横に振る。
レイがお弁当屋を始め販売時間を決めるまでは、モーガンはほぼ二十四時間この売店を開けていたわけで、休憩もないと考えればずっと働きっぱなし、二十四時間休み無しとなる。
(異世界ってなんて恐ろしい常識があるんだろう……)
二十四時間働けるジャパニーズビジネスマンじゃないけれど、そんな働き方は絶対に体を壊す。
殺意が無くなったはずなのに、今無性に冒険者ギルド長の首を絞めたくなった。
「レイ、心配すんな、そっちの扉の裏には仮眠室もある。夜はベルを置いといてそこで休んでいるんだ、だから冒険者の仕事よりここはずっと楽なんだぞ、誰も来なけりゃずっと寝ていられるしな」
「モーガンさん……」
だけど自宅でなく、仕事場にずっと居れば心が休まることはないだろう。
でも冒険者の仕事より楽だと言われてしまえば、ペーペーな立場のレイが何か言える訳ではない。
「モーガンさん、これ、食べてください!」
「あ、おお、弁当か? ありがとよって、お前今弁当どっから出した? 目立つことをやるんじゃない、悪いやつに目をつけられたらどうするんだ!」
心配するモーガンの言葉に「そうですね」と答えて聞き流し、レイは今度は別の物を取り出した。
「それから、これ、栄養ドリンクです、飲んでください!」
「栄養、ドリンク? なんだそりゃ」
「いいからこれ飲んで元気を出してくださいね! でも絶対に無理しちゃダメですからね! 私がギルド長殺しの犯人になっちゃいますからね!」
「お、おう……なんか分からんが、レイ、あんがとな」
レイはうん! と力強く頷き、モーガンに栄養ドリンクを渡しながら (売店に来た日は出来るだけモーガンを休ませよう) と心に誓う。
前世の記憶があるからここでの働き方をブラックだと思ってしまうのだろうけれど、面倒くさがりやのレイが自分から働こうと思えるほどに、モーガンは良い人で心配になる人だった。
(それにしても……モーガンさんの働きぶりが楽ってことは、冒険者って実はめちゃくちゃ大変な仕事なんじゃないだろうか?)
最初の面談の際、ギルド長のエドガーがレイに他のギルドの方が良いのではないかと心配するのも頷ける。子供に二十四時間働けだなんて、そんなの虐待どころの騒ぎではない。命がいくつあっても足りないだろう。
(やっぱり仕事はほどほどにして、楽に生きないとだよねー)
早速で労働意欲が低めな志向に移行するレイ。
モーガンが大変だと思っても、じゃあ代わりに自分がもっと働く日数を増やそうとは思わない。
そんなことを考えながら売店を出て歩いていれば、ギルフォードと待ち合わせの食堂についた。
(どこにいるんだあの目立つ人)
きょろきょろっと食堂を見渡せば、ギルフォードは端の席、気を使ってなのか一番目立たない場所に陣取っていた。
「レイ、こっちこっちー」
手を上げ大きな声でレイを呼ぶギルフォード。
せっかくの端席なのに意味がない。
食堂にいる皆がギルフォードへと視線を向ける。
(うわー、みんなの視線が痛いんだけどー)
ギルフォードは自分がいかに目立つ人間なのか分かっていないのだろう。
いや幼いころから目立ちすぎて感覚がバグっているのかもしれない。
レイは (なんであんなガキがA級冒険者に呼ばれるんだ) と自分に集まる視線を搔い潜り、どうにかギルフォードの傍へ寄る。
「レイ、お仕事お疲れ様。眉間に皺が寄ってるけど、大丈夫? 初仕事だから疲れたよね?」
「……いえ……」
これは貴方のせいです。
とは言えないレイ。
そこは気遣いの前世持ち、どうしても「大きな声は迷惑です、目立つのでやめてください!」とはハッキリきっぱりとは言い出せない。
それにギルフォードはお世話になっている指導係だ。
レイはどうにか頑張って 「ギルフォードさんっていい人だけどちょっと面倒くさい人ですよね」 という言葉を飲み込んだ。
「レイ、まずは紹介させて、僕の友人のメイソンとゾーイだよ」
「メイソンだ」
「ゾーイです」
「あ、レイです、初めまして、ギルフォードさんにはお世話になっております。宜しくお願いいたします」
「ああ……」
「ええ……」
「……」
ギルフォードの友人だと紹介されたメイソンとゾーイは、ギルフォードとは全くタイプの違う人種のようで、無口な無表情。よくギルフォードと友達になったなと思えるほどだ。
まあメイソンもゾーイも目立つ色合いを持ってはいないけれど、顔面偏差値はものすごく高い。
クラスに居たらカースト上位なのは間違いなく、その点ではギルフォードと相性がいいのかもと納得をする。
「メイソンさんもゾーイさんも武士っぽくってクールでカッコいいですねー」
「「ぶし……?」」
ギルフォードとは違ってという言葉を飲み込みながら、レイは二人を褒める。
それは本心からの言葉で、二人の佇まいは前世の武士のようでカッコいい。
ギルフォードが魔法使い風なので、それと相まって尚更二人の雰囲気は素敵に感じた。
「ギルフォードさん、約束の品です、どうぞ」
「うわ、レイ、有難う」
空間庫から約束の弁当を出しテーブルの上に置いた。
ギルフォードが目をキラキラさせて喜ぶ横、メイソンとゾーイは無反応。
目立つギルフォードで慣れているからか、レイの行動も何とも思わないようだ。
「お二人も良かったらお弁当食べてくださいね、ギルフォードさんにはお世話になっていますから、そのお礼です」
「「……」」
メイソンもゾーイもやはり無口なのか、お弁当を見て無言のまま動かない。
お腹が空いていないのかな?
そう思ったが、それとは違うようで、ギルフォードはニヤニヤしながら二人の顔を見ている。
もしかして子供が苦手なのかな?
そんな心配を始めたレイに、空気を読まないギルフォードが声を掛けてきた。
「レイ、これはこの前と同じお弁当?」
「あ、はいそうです。大中小と出しましたけど、メイソンさんもゾーイさんも他のサイズが良ければ変えますので遠慮なくおっしゃって下さいね」
「だって、二人ともどうする?」
「「……」」
お弁当を見て今もなお固まったままの二人。
これはお弁当の中身を知らないから、決められないのかもしれない。
お弁当自体初めてなのだ、それも仕方ないよねとレイはある提案をする。
「ギルフォードさん、中身をみんなでシェアしませんか? 果物も出すので分け合って色々と食べましょうよ」
レイはギルフォードの答えを待たず、もう一つ中サイズのお弁当を取り出し、そして果物も取り出してテーブルの上に置く。
紙皿とレイ自慢の包丁も取り出し、レイはお手拭きで手を拭くとするすると林檎を剥き出した。
「……レイ、このお皿何で出来てるの? 僕初めて見るんだけど……」
「ああ、紙皿です。冒険者は荷物が少ない方が良いってじっちゃんから聞いたから、捨てられるように作ったんです」
「「紙……」」
「レイ、今手をふいたものは何? まさかそれも紙じゃないよね?」
「えっ、紙ですけど? ウエットティッシュですから」
「「……」」
「レイってほんと、紙の使い方可笑しいよねー……もらった粗品も可笑しかったし……」
じっちゃんだけじゃなく、指導係のギルフォードも、冒険者は出来るだけ荷物が少ない方が良いと言っていたから焚火で燃やせるように紙でお皿も作ったのに、なんで今更そんなことを言ってくるのか分からない。
レイが紙で色々と作るのは試食の時点で知っているはずなのに、ギルフォードの方が可笑しすぎると思う。
「……んんっ、そういえばギルフォードさんとメイソンさんとゾーイさんはパーティーを組んでいるんですか?」
紙使いから離れるため、レイは気になっていたことを聞く。
ギルフォードは林檎をむしゃむしゃと食べ終わると、お行儀悪く片肘をテーブルに付けたまま、林檎に刺したピックを振り振り教えてくれた。
「いや、一緒に仕事することはあるけどパーティーは組んではいないんだ。二人は他にも仕事をしているからねー」
「そうなんですか、それは大変ですねー」
冒険者と別の仕事を掛け持つ人は多くいると聞く。
実際レイだってその枠に入る一人だろう。
この三人は見るからに実力があるので、一人でも依頼を熟せる力は十分にあると思う。
それでも竜とか竜とか竜が出た時は、三人力を合わせ戦うのかもしれない。
(なんか、どっかのアニメみたいな関係だよねー)
ギルフォードとそんな会話をしている横、メイソンとゾーイは会話には参加せず、黙々とお弁当を食べていたのだった。
こんにちは、夢子です。
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誤字脱字報告も有難うございます。
メイソンとゾーイはレイのことをギルフォードから聞いただけに、何と言っていいのか分からない状態です。それとギルフォードに比べれば無口です。