スマイルゼロ円は得意です
レイはついに初仕事の日を迎えた。
引きこもり生活からの脱却。
異世界での社会人初日。
普段はものぐさなレイだけれど、そこは前世の記憶を持つ元大人。
お弁当は前日に作り、空間庫に入れ準備万端。
その上店のコスチューム用に白いエプロンに、白いキャスケット帽も作り、やる気も十分だ。
面倒くさがり屋なレイだけど、お弁当屋は別腹、お祭りに参加するような気分だった。
「よっしゃー! 今日は頑張るぞー!」
握り拳を天に掲げ、レイは朝早くに家を出て、ウキウキしながら歩いて冒険者ギルドへ向かう。
「おはようございまーす」
「おう、坊主早いな、仕事か? 頑張れよ」
「ラジャー」
顔なじみとなった門兵にもきちんと挨拶をし、レイはスキップをしながら街へと入る。
そして可愛らしいお城のような冒険者ギルドに無事に到着し、まず向かうは当然このギルドのボス、ギルド長エドガーのお部屋だ。
美人受付嬢エイリーンに声を掛け、ギルド長の部屋へと案内してもらう。
「ギルド長、おはようございます、お弁当屋のレイです。本日より宜しくお願いいたします」
「おお、レイか、今日からよろしく頼むな、俺も後で弁当を買いに行くからな」
「はい、ギルド長、お待ちしていますね。あと、つまらないものですがこちらをどうぞ」
「つまらない物?」
そんなものいらんけど、と怪訝な顔をするギルド長。
つまらない物を何故よこす? そうも言っている顔だ。
「はい、私が作ったプレゼントです。ギルド長にはいろいろとお世話になったので!」
「お、おう、そうか、有難うな……」
「いえ!」
レイは前世の記憶持ちらしく、エドガーに挨拶の品を渡す。
冒険者ギルドの売店の一角を借りるとはいえ、今日はいわばレイの店の開店日。
ここまでお世話になった方々には、お礼の品兼、挨拶の品イコール、袖の下は必須。
手作りお菓子を箱詰めにし、可愛くラッピングした 『粗品』 をギルド長へ渡したあと、同じように案内してくれたエイリーンにも渡す。
(ぬふふ、異世界と言ったらやっぱり賄賂は必須だよねー)
どこで学んだか分からない常識を盾に、レイは「よろしくお願いします」ともう一度頭を下げる。
ピシッと45度の挨拶は、この世界に生まれる前から得意技だった。
「あ、ああ、それは分かったが、レイ、この箱は何だ? 紙とリボンが付いているが……収納箱か何かなのか?」
思わずズコーッとコントのように転びそうになったレイだったが、得意の営業スマイルを浮かべ、「箱の中身はお菓子です」と元気いっぱいに答えた。
「まあ、お菓子なの? 嬉しい、レイ君、有難う」
前回クッキーを食べ、レイのお菓子の美味しさを知ったからか、エイリーンがレイをぎゅっと抱きしめお礼を言ってくれる。役得だ。
「いえいえ、そんな、エイリーンさんとギルド長にはお世話になりましたからー、てへへへー」
美人に抱きしめられ、レイの鼻の下がちょっとだけ伸びる。
そう言えば女の人に抱きしめてもらったのは今世初めてかもしれない。
デレデレしながらも、そんな悲しい現実が脳裏をよぎった。
「……レイ、君は、贋金を作ったのか……?」
リボンを解き、包装も解いたエドガーが、ゴゴゴッと効果音が付きそうな様子でレイを睨んできた。
レイが作ったお菓子は自分の趣味の極みを突き詰めたコインチョコなのだが、ギルド長にはその手の込んだスキルな品が上手く伝わらなかったらしい。
「やだなー、ギルド長、これはお菓子ですよ、お・か・し」
「菓子?」
渋顔なのに赤ちゃんのように目をぱちくりさせるエドガーの様子に笑いながら、レイは空間庫から同じコインチョコを取り出すと、指でくにゃっと曲げて見せた。
「どうです、ギルド長、えぐいでしょう? それにこのコイン、めっちゃ金貨に似ててビジュも最高でしょう?」
「……」
作るの大変だったんですよとドヤ顔で自慢するレイを見て、エドガーはどうしていいのか分からない。
何故ならレイの言っている意味が、半分以上分からないからだ。
助けを求めるようにエイリーンに視線を送ってみたのだが、お菓子であれば他はどうでもいいといった笑顔でレイの言葉など気にもしていないらしく、その笑顔に女の闇を見た気がした。
仕方なくエドガーは「そうか、有難う」とだけ無難に答えておく。
それ以上言いようがない。
この子のことは考えるだけ無駄だとエドガーは正しく判断した。
「ほんの気持ちばかりの品ですが、ギルド長とエイリーンさんに気に入ってもらえて光栄です、へへ」
「……」
諦めたエドガーの心境に気づくはずも無く、レイはエドガーとエイリーンにお礼を言われ満足気だ。「作って良かったー」とホッとしたような良い笑顔を浮かべている。
「じゃあ、レイ君、そろそろ売店に向かいましょうか、店員さんを紹介するわ」
「はい、エイリーンさん、お願いします。では、ギルド長、失礼いたします」
キッチリ綺麗に頭を下げ部屋から出ていったレイを見送り、エドガーは胃を押さえ、目頭を揉んだ。
「やっぱり私には無理ですよ……ロビン・アルク殿……」
エドガーのその呟きは、残念ながら誰にも拾って貰えなかった。
「レイ君、こちらが売店担当のモーガンさんよ」
「モーガンさん、初めまして、レイです。今日からよろしくお願いいたします」
ニッコニコの笑顔を携えて、レイは売店の先輩に頭を下げる。
エイリーンに教えてもらったが、このモーガンは元冒険者らしく、ギルド長に負けないぐらいの良い体格をしている。
怪我を理由に引退したそうだが、他の引退冒険者の多くが解体場などに就く中で、体が大きなモーガンが何故売店なのかというと、彼の右手は肘から下がなく、力仕事が難しいからだった。
「ああ、坊主、よろしくな。あともう一人ロブっていう若いやつがいるんだが、今日は休みだ。坊主が来る日は、俺かロブのどちらかが休みになる。忙しい時間は売店の手伝いもしてもらうと思うが、よろしく頼むな」
「はい、勿論です、モーガンさん、至らない部分もあると思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
得意の45度で挨拶をするレイ。
社会人の人付き合いは最初の印象が大事だ。
レイの体にはそんな常識が染み付いている。
「お、おお……坊主は、若いのにしっかりしているんだな」
「はい! スマイルゼロ円は得意なので!」
「……」
胸を張りレイはちゃんとした挨拶を終えると、モーガンにも粗品を渡す。
今会った感じではモーガンさんはいい人そうだが、これから先冒険者について何も知らないレイが迷惑をかける可能性もある。
なので賄賂は大事。
そう思ったのだが……
「この箱、何に使うんだ?」
エドガーと同じ反応を返され、思わず声を出して笑ったレイだった。
今日は月曜日、冒険者向けの時間朝八時にレイのお弁当屋は開店となる。
それに合わせ、どうやら売店もその時間に開店するらしく、レイは申し訳ないと思った。
(うわー、私が中心って、どんだけ生意気な新人だよー)
一瞬焦ったが、実は売店はこれまでは決まった時間での開店はなく、もっと朝早くから開けていたこともあるそうで、ほぼ二十四時間運営している状態だと聞きレイは耳を疑った。
その上それを二人だけで回しているというのだ、レイの感覚ではありえないことだった。
この働き方は異世界あるあるかもしれないが、とんだブラック企業だ。レイはギルド長を抹殺したくなった。
なのでレイのお弁当屋は売店の開店時間を決める良いきっかけになったし、夕方六時には閉店にし、その後緊急に薬とかが必要になった場合は、夜勤当番のギルド職員に任せる形になったらしい。
「お前のお陰で楽が出来る、ありがとうな」とレイにお礼を言いながら、そんな恐ろしい職場の常識を笑ってモーガンは教えてくれた。
レイだったらそんな職場一瞬で滅ぼしてやるが、優しいモーガンには全く殺意は無さそうだった。
(モーガンさん、マジ良い人~! 同僚ガチャ当たりだね、間違いないよ!)
人が良すぎるモーガンに感動し自分の運の良さに感謝していると、レイのお弁当販売時間十分前となり数名の冒険者が売店前に並び始めた。
そして先頭に並んだ人物は、レイの指導係ギルフォードだった。
「レイ、おはよう、この前はありがとうね」
朝からキラキラした笑顔を振りまき、レイに手を振るギルフォード。
その辺にいる女性陣が「ほうっ」と変な息を吐いているのでやめて欲しい。
遠くの方では黄色い歓声まで上がっていた気がする。
本当にギルフォードは面倒くさい人だと思う。
「ギルフォードさん、おはようございます。先日は私の方こそ有難うございました」
新人冒険者らしく、先輩でありA級冒険者のギルフォードを敬うように頭を下げる。
異世界あるあるとしては、新人が店を開店させるような目立つ行為をすれば絡まれることが定番だろうけれど、ギルフォードの名があればそんなことはないはずだ。
面倒ごとを避けたいレイとしては、虎の威を借りる狐になる気は満々だった。
「アハハ、レイは真面目だなー、ギルって呼んでくれていいのにー」
「……」
いつものギルフォードの軽口は流し、得意の営業スマイルを浮かべるレイ。
新人なレイが 『ギル』 だなんてA級冒険者を気軽に呼んだら何をされるか分からない。
妬みとか焼きもちとか嫉妬とかそういった面倒なことは絶対に引き寄せたくはない。
無難に、特に浮き沈みなく生きていきたいレイとしては、ギルフォードのことは絶対にギルと呼ばないぞ! と心で再度誓ったのだった。
こんにちは、夢子です。
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誤字脱字報告も有難うございます。
レイは面倒くさがり屋ですがお祭りは好きです。
前世持ちの血が騒ぎます。