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★ギルド長への報告

 ルオーテの街にある冒険者ギルドのギルド長エドガー・ヴァンスは、自身の執務室の中で深いため息を吐いた。


 元S冒険者であるロビン・アルクからの手紙を、昨日その孫であるレイ・アルクから受け取り、恐る恐る開けてみたのだが、その中身を見て手紙を受け取ってしまったことを後悔した、というのが正直な心境だ。


 ロビン・アルクの手紙には赤ん坊だったレイを森の中で拾い、それから自分の孫として育てていること、そしてレイには元S級冒険者として森で生きていけるだけの能力を身に着けさせたこと、()()が書かれてあった。


「ふー……」


 大きく息を吐くエドガー。

 ロビン・アルクの孫だ、()()()()は規格外であろうことは分かっている。


 だが問題は物凄く手短に書かれていた()()の部分。


 レイは精霊王の愛し子である他に、この国の守り神ともいえる聖獣とも友好があるらしく、彼らはレイに何かあればすぐさま駆け付けるそうで、その上住んでいる屋敷には妖精たちが出入りするとまで書かれていた。


「……」


 その上、レイの持っている能力が規格外すぎてロビン・アルクでも手に余ったらしく、厳しく指導したのだが世間を知らないレイは、どうにも能天気で自分の立場を理解できていない節があるのだそうだ。

 ギルド長室で見たレイののほほんとした笑顔を思い出し、エドガーはまたため息をついた。


「はー……」


 ロビン・アルクからはレイを頼む、悪意から守ってほしい、と手紙には何度も書かれていた。


 その文字の強さや長さからロビン・アルクの想いは十分に理解できたし、人の親でもあるエドガーにはロビン・アルクのレイへ向ける深い愛情が良ーく分かった。


 だが……


「あの規格外(レイ)をどうやって守れっていうんですかー!! ロビン・アルクーーっ!!」


 手紙を読んだエドガーの感想は、ただそれだった。


 S級冒険者が何年かけても出来なかったことが自分に出来るはずがない。


 まずレイは見た目がまずい。

 黒髪、黒目で目立つことは間違いないし、年齢よりも幼く見え軽視されることは間違いない。


 そして空間庫持ち。

 商人が大金を積んでも欲しいとそう願う能力を、レイは隠す気もなく堂々と披露していた。


 その上あの見たこともない料理だ。

 見た目も美しいが、それ以上にあの味は絶品だった。


 この国の王子であり、様々な料理を食べてきたであろうギルフォードまでもが夢中で噛り付いていたのだ、レイの料理がどれ程のものかが分かる。


 ただ()()()()がそれを理解していないのが問題なのだ。


「……俺にどうしろと言うんだ……」


 だが、希望はある。

 A級冒険者のギルフォードが指導係に名乗りを上げてくれ、それをレイが受け入れたので、多少はこの国の常識を学んでくれたはずだ。


「きっと次に会うときはレイも常識を理解しているだろう……」


 A級冒険者の肩書を信じ、ある意味ギルフォードへ丸投げをして、エドガーはそんな淡い期待を持った。





「ギルド長、ギルフォード様が戻られました。面会を希望していらっしゃいますが、いかがいたしますか?」


 冒険者ギルドの受付嬢、エイリーンが心配気にギルド長の部屋へと顔を出した。


 エイリーンもレイの規格外の洗礼を受けた一人だ。

 エドガーの悩みが分かるのか、その顔色は芳しくない。


「そうか、戻ったか……すぐに会おう……色々と報告が聞きたいからな……」


 怖いもの見たさではないけれど、ギルド長としてギルフォードの報告を受けないわけにはいかない。


 それにそもそも指導係が新人の能力を確認し、ギルドに報告するのは義務であり、仕事である。

 その内容によって新人のランクを正しいランク付けに直すのもギルドの仕事だ。


 レイ本人が最低ランクを望んでいるので、出来るだけそれに沿ってあげるのが良いのだろうが、ギルド長であるエドガーとしては、精霊王の愛し子ならもう最初からSランクでもいいのでは? とそんな気持ちでいた。






「ギルド長……ギルフォード・サーストン、戻りました……」


「あ、ああ、ギルフォード、ご苦労様……それで、その、レイの能力は……ど、どうだったのかな?」


「……」


 ギルフォードがギルド長室にやって来て、無言のままなぜか落ち込んだ様子でソファーへと腰かけた。


 お茶を出しに来たエイリーンが逃げるように部屋を出ていこうとしたが、エドガーはそれを引き留めどうにか自分の横に座らせた。


 エイリーンは何で私が? という表情を浮かべているが、頼むから一人にしないで欲しい。

 そんな思いで視線を送ればエイリーンは小さくため息を吐き頷いてくれた。


 さて、ここまでA級冒険者のギルフォードを落ち込ませるとは、レイ・アルクの実力とは如何ほどのものなのか。


 黙り込むギルフォードを見つめていれば、顎の下で手を組み何やら考え込んでいる様子だ。


(これは相当な問題があったのだろう。もしや聖獣でも現れたのだろうか?)


 覚悟をもって話を待っていると、ギルフォードが泣きそうな顔でエドガーとエイリーンを見つめてきた。


「ギ、ギルフォード、どうした、一体何があった?」


 心配になって声を掛ければギルフォードの目にはウルウルと涙が浮かぶ。


「ううう、ギルドちょー」


 エイリーンもいつになく可笑しいギルフォードの様子に顔色が悪い。


 王子然として常に自信がある雰囲気を保つギルフォード。


 それがこれほど動揺しているのだ、レイの能力を知るのが怖い。そう思った。


 それにギルフォードはこの街にたった一人しかいないA級冒険者だ。


 心が折れてしまった、では済まされない問題だろう。


「実はさー、レイ、昨日が誕生日だったみたいなんですよー」


「は?」

「えっ?」


 だから何だ?


 誕生日だからどうした?


 エドガーの心の声はそれだった。


「なのに僕、知らなかったとはいえ、レイにご飯を作ってもらって、その上一日お世話になって、何もお礼もせず泊ってきちゃんたんだよねー。お風呂では具合悪くなって看病もしてもらったし、今日なんて帰りにお土産だって言ってクッションまで貰っちゃったんだよー、それもレイの手作り、あり得ないでしょう」


「「……」」


 貴族男子だからか、それとも王族だからか、誕生日を迎えた本人(レイ)に色々と世話になったのが許せないらしい。


 ギルフォードの言葉を聞き、エイリーンが(うわー)と引いた顔をしている。


 そう考えれば確かにエドガーも妻の誕生日には外に出てディナーを楽しむようにしているし、プレゼントも絶対に忘れないようにしている。命が惜しいからな。


 だとすればギルフォードの行動はあり得ないわけで、聞きたいところはそこではないと思いながらも「そうなのか」と同情を向けるしかない。


 落ち込むギルフォードと、どう声を掛けていいのか分からないエドガーの横、「はい」と言ってエイリーンが手を挙げた。


「ギルフォード様、失礼ですが、お風呂で体調を崩してレイ君に看病して頂いたとおっしゃいましたが、まさか一緒にお風呂に入ってなどいませんよね?」


「えっ? なんで? なにが悪いの? 一緒に入ろうって僕が誘ったけど?」


 レイも嫌な顔もしていなかったし、男同士だし問題ないでしょう?


 そんな顔をするギルフォードを見て、エイリーンがまたため息を吐いた。


「ギルフォード様、なんでも何も、レイ君は女の子なんですが、それは当然ご存じなんですよね?」


「えっ?」


「「えっ?」」


 ギルド長の執務室、三人が顔を合わせ口を開けたまま固まってしまう。


「「「……」」」


 レイが女の子であることは昨日の服装を見る限り分からないものだとは思うが、一緒に過ごす時間があり、風呂にまでは入れば流石に分かるだろう。

 エドガーもエイリーンも視線にそんな期待を込めてみたのだが、ギルフォードの顔には意味が分からないと書いてある。


「えっ、本当に女の子なの? 冗談じゃなく? ねえ、レイって、五歳ぐらいとかじゃないよね?」


「はい、十二歳です」


「じゅう……に?」


「はい、十二です」


 エイリーンの容赦のない攻撃がギルフォードを打ちのめす。

 十二歳と聞けば婚約してもいいお年頃。

 貴族であればもう女性としてみなされる年齢だ。


 震えるギルフォードの様子には理解が出来る。

 これはもうレイに手を出したも同然。

 責任を取れと言われるほどのことだろう。


 だが体をさすり震えだしたギルフォードを睨みながら、エイリーンの攻撃力は増す。


「ギルフォード様、レイ君の家に泊まったと仰っていますが、他にも誰かいたのでしょうか? まさか女の子と二人きり……一緒の布団で就寝した……とか言わないですよね?」


「ひぃいい!」


 普段の二枚目ぶりはどこへ行ったのか、今のギルフォードは怯える子羊だ。


 どうやらエイリーンの突っ込みは図星だったらしく、ギルフォードの顔色は真っ青だった。


 レイが女だと知らなかったとはいえ、ギルフォードのやらかしはあり得ない。


 これは潔く責任を取るしかないだろう。


 エドガーはうんうんと頷きギルフォードの肩を叩く。


 だが今はそれよりも聞きたいことがある、レイの能力だ。


「ギルフォード、それでーー」


 と言いかけたエドガーよりも早く、エイリーンがまた手を挙げた。


「はい、ギルフォード様、それよりもレイ君のお家で何を召し上がったのですか? 私はそこがとーっても気になるのですが」


 確かにそれは気になる!


 あれだけ美味い料理を作るレイのことだ、自身の誕生日だったのならば物凄いものを作っていても可笑しくない。


 そんな期待を持ってギルフォードへ視線を送れば、先ほどまでの萎れた菜っ葉のような様子はどこへやら、目をキラキラとさせ、無駄に良い顔に蕩けそうな笑顔を浮かべ、恍惚といった表情でレイの作った料理を話し出した。


「もうね、すき焼き、最高だったよー! それに真っ白なケーキ、お腹一杯だったのが悔やまれるぐらいの美味しさでさー、甘くてふわふわで、最高だった。それにレイの漬けた果物のお酒も美味しかったし、昨日のご飯は人生で一番美味しい料理! そう言えるほど最高だったよ。ああ、レイの家にまた行きたいなー」


 エドガーとエイリーンの喉がごくりと鳴った。

 レイの料理を知っているだけに、美味しいと聞けば食べたくなってしまう。

 その欲はギルフォードの笑顔が憎たらしくなるほどだった。



 そこから日が沈むまでレイの家での話が続いた。

 結局能力については何も聞けなかったエドガーだったが、ギルフォードからの報告を受け、レイの家にいつかお呼ばれしたいと、そんな希望を持つようになったのだった。

こんにちは、夢子です。

ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。

今日は夜にもう一話投稿できたらと思っています。

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