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夕食をご馳走します(すき焼き)

 お風呂で汗を流しさっぱりしたレイは、のぼせたギルフォードを休ませていたリビングへと向かった。


 今日の予定では街で可愛い洋服を買ってそれを誕生日記念として着てみようと思っていたのだけれど、残念ながらそれは叶わなかったので、仕方なくいつでも寝れる寝間着姿にエプロンをし、ギルフォードの元へと行く。


 リビングでクッションを抱えウトウトしていたらしいギルフォードの顔色は落ち着いている。

 どうやらしっかりとポーションが効いたようだ。

 これならもう大丈夫だろうと、お風呂を勧めたレイとしてはホッと胸をなでおろした。


「ギルフォードさん、体調は大丈夫ですか? 夕飯、食べられそうですか?」


「……んー?」


 ギルフォードはレイが来たことに気が付くと、眠たそうに目を開け、寝間着エプロン姿のレイを見て目をぱちぱちとさせ驚いた顔をする。


「えっ、レイ、なんかそんな恰好すると本当に女の子みたいなんだけど……ってか髪、絶対に黒髪だよね? え、本当に光の加減のせい?」


「はい、光の加減ですね。それよりもギルフォードさん、ご飯食べられそうですか? お腹空いてます?」


「あ、うん、体調は全然大丈夫。っていうか物凄く体調が良い気がするんだよねー、なんでだろう」


「……」


 片腕をぐるぐる回し、ちょっと困惑気味な様子でギルフォードがそんなことを言う。


 それもそうだろう、先ほどまでお風呂でぐったりとしていた人間が、今は超絶元気なのだ。ギルフォードの困惑も頷けるし、戸惑いも分かる。

 そしてレイはその理由も知っている。絶対に栄養ドリンク(ポーション)だろう。

 どうやらレイが作ったポーションは効きが良すぎたようだ。


 だがそんなギルフォードの言葉は聞き流す。

 レイのポーションのことを知られたら黒髪以上に面倒なことになるのは間違いない。

 レイのスルー能力はじっちゃんのお陰でかなりの高さに育っているのだ。これぐらいの質問は何でもなかった。


「レイ、なんかさ、今ならダンジョンも簡単に制覇出来そうなぐらいの体の軽さなんだよねー、なんでだと思う?」


「……」


 そう言って無駄にキラキラした笑顔で微笑んだギルフォードを前に、レイはポーションのことは絶対に内緒にしようと、改めて決意を固めたのだった。





「えっ、レイ、これ何? 僕こんな魔道具初めて見るんだけど」


「……卓上コンロですね……あー、じっちゃんの所持品です」


 リビングに卓上コンロを出し、すき焼きの準備を始めれば、ギルフォードが好奇心旺盛に騒ぎだす。

 たとえレイが作ったり貰ったりした物であっても、この家にあるものは全てじっちゃんのものだ。嘘は言っていない。レイは心の中でうんうんと頷いた。


「いやー、S級冒険者って凄いねー、僕もまだまだだなー」


「……」


 ギルフォードはなんの疑問も持たなかったのか、じっちゃんを尊敬しリスペクトするような笑みを浮かべる。無駄に眩しいその笑みを無視し、レイは夕飯づくりを始めた。


 テーブルの上にはすき焼きの具材のほかに、レイが作った浅漬けやパプリカの酢漬けなどを置いている。口直し用だ。


 まずは鍋に牛脂で油をひき、ねぎを痛める。

 このねぎも当然東の国オーストのもの。


 いい香りが漂い始めたら、レイはさっと特級の牛肉を入れ軽く炒め、牛肉の脂が広がったところでレイ特製の割り下を入れた。


 ジュワー。


 部屋の中に牛肉と割り下のいい香りが広がっていく。


 食欲をそそるその香りに、ギルフォードの水色の目がキラキラと輝きだす。


「うわー! 何この香り、めっちゃくちゃ美味しそうなんだけどー」


 レイの作業を見てすでに涎をたらしそうなギルフォードに、(ふっふっふ、ギルフォードさん即落ちかっ!) とニヤリと笑いドヤ顔で頷く。


 すき焼きの誘惑に勝てるものなどこの世にはいない。


 そんな格言を心の中で呟きながら、他の具材も入れていく。


 白菜や春菊、焼き豆腐に椎茸と白滝、前世で使ったすき焼きの材料を入れていけば、レイ自慢のすき焼きの出来上がりだ。


「ギルフォードさん、ギルフォードさんて卵われます? 目の前にある小皿に卵を割り入れて欲しいんですけど」


「卵? あ、この卵? 小皿ってこれだよね? なんかこの小皿不思議な形をしてるんだねー」


「……」


 とんすいを持ち、ひっくり返しては形を確認しているギルフォードを無視し、レイは自分のとんすいに生卵を割り入れる。


「えっ? レイ、それ生なんだけど! 生の卵なんて食べたら危ないよ!」


「……うちの卵は大丈夫なんです、じっちゃんが色々と研究してるんで」


「いや、研究って何? ってかS冒険者ってなにもんだよ!」


 些細なことにも絡んでくるギルフォードを面倒だと思いながらも、レイはしゃかしゃかと生卵を箸で混ぜていく。


 それを見たギルフォードは「よし、僕も男だ!」となぜか変な気合を入れると、卵をとんすいに割り入れ、レイを真似てフォークでしゃかしゃかと卵を混ぜ始めた。


「じゃあ、ギルフォードさん、食べましょうか。具材を卵に付けて食べてみてくださいね」


「えっ……この生の卵にこの美味しそうな肉をつけるの? えっ、勿体なくない?」


 顔が引きつり意味が分からないような様子のギルフォードを無視し、レイは香ばしい香りを出し続けるすき焼きに手を付ける。


 まずはお肉だけを箸で取り、卵の中にサッと浸す。

 そしてそのまま口の中へ運べば、流石特級ランクの牛肉だと納得できる旨味がじゅわっと口の中に広がっていく。


「ん~! ウンマー!」


 頬が落ちそうな美味しさに自然と笑みがこぼれる。


 卵のお陰でまろやかさがあり、最高のお味だ。


 生卵を怖がっていたギルフォードだったけれど、目の前のレイがあまりにも美味しそうに食べるのが羨ましかったのか、ごくりと喉を鳴らした後、決意を固めたような顔をして牛肉を卵液に浸した。


 そして恐る恐るといった様子で口に運ぶ。


「ーーっ! んんんっ!」


 目を見開くギルフォード。

 レイは美味いだろうとふふふんと笑い、鍋の中に追加のお肉を補充する。


 夢中で食べ続けるギルフォードを見れば、お肉がいくらあっても足りなさそうだからだ。


(そういえばじっちゃんも初めてすき焼き食べた時はこんな感じだったよねー)


 じっちゃんが好きな日本食はすき焼きだった。


 それを思い出しレイは懐かしさを感じる。


 じっちゃんが亡くなったのはたった一年前だけど、思い出すと寂しくって、ちょっとうざい人ではあるけれど、今日はギルフォードがいてくれて良かったとそう思えた。




 締めのうどんも食べ終わり、片付けも終わらせたレイは、膨らんだお腹を抱え満足げな様子のギルフォードの前にホールのケーキを見せつけるように置く。


「レイ、それ何? 雪? で出来たおもちゃ? とか?」


 生クリームが分からないのかデコレーションケーキを見て首を傾げるギルフォードに、レイはしめしめと笑う。


(ギルフォードさん、お腹いっぱいだもんね、流石にケーキは食べられないでしょう)


 十二歳の誕生日、夢のワンホール食いに挑戦しようと意気込んでいたレイは、ケーキに小さな蠟燭を刺していく。


「えっ? レイ、何やってんの? それ何かの儀式かなんかなの?」


 おっかなびっくり状態のギルフォードを無視し、レイは蝋燭に灯りをともすと部屋の明かりを消した。


 そしてじっちゃんのいなくなった一年間を一人で頑張ってきた自分を心の中で褒めながら歌を歌う。


「ハッピバスデートゥーユー、ハッピバスデートゥーユー、ハッピバスデーディアレイー、ハッピバスデートゥーユー」



(異世界でのスローライフが楽しめますように!)


 願いを込めレイはふーと息を吐き蝋燭を消す。


 一年前は丁度じっちゃんが亡くなったころ、とても自分の誕生日を祝う気持ちになれなかった。


 だけど今日は違う、冒険者証も作ったし、街にも初めて行って、馬の購入も決めた。


 完璧すぎる誕生日に、レイは自分を褒めても良いとそう思えた。


「レイ、お誕生日おめでとー!」


 自分で自分を祝い果樹酒を掲げる。


 一口だけお酒を口に含むと、前世とは違いあまり美味しく感じない。

 やっぱりまだ酒は年齢的にも早かったかと、ギルフォードの方へとお酒を押し出した。


「えっ……ちょっと待って、レイって、まさか今日が誕生日なの?」


 クッションをぎゅっと抱え顔色悪くレイに問いかけてくるギルフォード。

 この人には空気を読む力がないなと感じながらも、レイは「そうですよ」とケーキにフォークを刺しながら頷いた。


「あ、ギルフォードさん、そのクッション気に入ったなら持って帰ってもいいですよ」


 ギルフォードがあまりにもクッションを抱きしめすぎて、ギルフォードの匂いが付いていそうな気がしてレイはそんな言葉を掛ける。


 それが嬉しかったのかギルフォードは立ち上がりフルフルと震えだした。


「なんで言ってくれなかったのさ! 僕、お祝い、なにも準備してないけどー!」


 泣きそうな顔でそんなことを言うギルフォード、どうやらクッションをもらって嬉しいから震えていたわけではなく、レイの誕生日プレゼントを用意できなかったことに対し震えているようだ。


 そんな優しいギルフォードを見て、レイの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

 異世界も意外と捨てたものではないようだ。


 今日会ったばかりの子供に誕生日プレゼントを用意したいと思うだなんて、ギルフォードはウザいけど優しい人のようだ。


 一応ギルフォードの前にもフォークは置いてあるのだが、ショックを受けたらしいギルフォードは机に突っ伏し「最低だー」と言って動かなくなった。


(プレゼントなんて気にしなくってもいいのになー)


 ケーキ四分の一を食べ終えたレイは、幸せすぎて笑みしかない。


 今日は十分に幸せな誕生日。


 一緒にいてくれただけで十分。


 去年とは違い、今日は全く悲しくないのだから。


「ギルフォードさん、有難う。そのお気持ちだけで十分ですよ」


 前世の記憶持ちらしいセリフを吐き、レイはギルフォードへお礼を言った。


 レイの言葉を聞き、半泣き状態のギルフォードが顔を上げる。


「本当に、本心から、今日はギルフォードさんがいてくれて良かったです」


 おかげで寂しくない誕生日を迎えられたよ。


 そんな意味を込めて感謝を述べたレイの前、落ち込んでいたはずのギルフォードは真っ赤になって照れたのだった。

こんにちは、夢子です。

ブクマ、評価、いいねなど応援ありがとうございます。

レイの誕生日がやっと終わりました。

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