面倒くさい誕生日
「ギルフォードさん、すき焼きって知ってます? 夕飯すき焼の予定なんですが、食べられますかねぇ?」
今日はレイの誕生日、なので夕飯はすき焼きに決めていた。
張り切って美味しいお肉もたっぷりと用意したので、レイ一人では食べきれない量がある。
なので泊ることになったギルフォードに声を掛けてみれば、ギルフォードはこてんとその美しい顔に合った可愛いしぐさで首を傾げた。
「レイ、すき焼きって何? 僕いろんな国の料理を食べたって自負があるけど、すき焼きは知らないなー」
おっと、米も味噌も醬油も東の国オーストにあると聞いていたのでうっかりしていた。
すき焼きはこの世界にはないのか、いやもしかしたらA級冒険者であっても、たまたまギルフォードがすき焼きを知らないだけの可能性はある。
レイはにっこりと営業スマイルで頷き 「じっちゃんの好きな料理なんですよ」 と色々と端追って簡単に説明をした。
「S級冒険者の好きな料理かー、凄く気になるな、食べてみたいけどお言葉に甘えていいのかな?」
「はい、勿論です」
じっちゃんがレイが作ったすき焼きを好きだったことは本当だ。
なので嘘はついていない。
内心でそんな言い訳をし納得をしているレイに対し「S冒険者のお気に入りの料理なら美味しいに間違いないね」とギルフォードはワクワクした様子で嬉しそうに笑う。
一緒にすき焼きを喜んでくれる人が出来て、レイもちょっとだけギルフォードが居てくれて良かったかも? と思い始めた。
「じゃあ、夕飯は予定通りすき焼きにしますね、その前にギルフォードさん、お風呂に入りませんか?」
「お風呂? えっ? 湯あみってこと? 僕、昨日湯あみしたし、別にこのままでも問題ないんだけど?」
ギルフォードの言葉を聞き、レイの目が細くなる。
昨日湯あみをしたから今日はお風呂に入らなくてもいいだとぅ? ギルフォードはレイに喧嘩を売っているのだろうか。
何言ってんだこいつ! 絞めるぞ! というレイの恐ろしい視線に気が付いたのか「えっ、僕って臭い?」とギルフォードが不安げになり、クンクンと己を嗅ぎ出した。
「ギルフォードさん、馬に乗っていたとはいえ森の中を通って来たでしょう? 意外と人間って汗をかいているんですよ。それにずっとブーツを履いていたでしょう、だから足にも黴菌がわんさかついていると思うんですよねー」
「えっ……」
汚いものを見るレイの視線を受け、ギルフォードの顔色が悪くなる。
レイの言っていることは本当だが、どちらかというと臭い汚い気持ち悪いよりも、お風呂に入り疲れを癒しさっさと眠ってくれ、とそんな気持ちが強い。
「わ、分かった、お風呂借りるよ、で、どうすればいいかな?」
レイは勝ったと内心ほくそ笑み、ギルフォードを風呂好きにするため、室内にある一般的な風呂ではなく、レイが作った中庭にある露天風呂へと連れていくことにした。
風呂好き仲間を増やし、異世界を少しでもクリーンに!
昼間見た街の様子を思い出し、衛生意識がなるべく早く発展してくれと祈るレイだった。
「ギルフォードさん、脱衣所はここです。で、そこの入口から入ればお風呂になっています。結構広めのお風呂なので大人なギルフォードさんでも足を延ばしてくつろげると思いますよ」
そんな声をかけ脱衣所の外へ出ようとすれば、ギルフォードに「えっ、レイも一緒に入るんじゃないの?」と驚かれる。
「私も一緒に入って欲しいんですか?」
「だって一人じゃ話相手もいないし、僕この家のお風呂の使い方なんて分からないんだけど」
「……」
ギルフォードはレイを男の子だと認識しているのでその声掛けは可笑しくはないのだが、どうやらこの人懐っこいA級冒険者は寂しがり屋でもあるようで、常に人と一緒にいたがるようだ。
仕方なくレイは「分かりました」と頷く。
まあ、タオルで隠し、ギルフォードのブツは見ないようにすればいいだろう。
「あー、ギルフォードさん、私の場合長湯になるので飲み物を取ってきますね、ギルフォードさんは良ーく体を洗ってから湯船につかっていて下さい、体を洗ってからですよ!」
とにかく良く体を洗うようにと伝え、レイは飲み物を取りにキッチンへ向かう。
本当は月見酒と行きたいところだが、温泉に慣れていない人に対し、お風呂に入りながらの飲酒は勧められない。
なのでお茶とお水を持ちお風呂場へと戻れば、ギルフォードはすでに浴槽に浸かっていた。
(五分も経ってないのに……もう湯船に入ってる……)
ギルフォードが体をきちんと洗っていないのがまるわかりである。
レイの目は自然と細くなっていた。
「ギルフォードさん、ちゃんと洗ったんですか?」
ジト目で見つめれば、うん洗ったよといい笑顔で返される。
そもそも綺麗好きなレイと、この世界育ちのギルフォードの 『洗った』 の感覚が違いすぎるのだろう。
レイは仕方がない、後でお湯を全とっかえしようと小さなため息を吐いた。
「レイも入るんでしょう? 早く脱いできなよ、ここのお風呂とっても気持ちいいよー」
ふわーと気持ちよさそうに息を吐くギルフォードの横へ、盆に乗せたままの飲み物を置き、レイはササっと服を脱ぎ、大きなタオルを巻くと風呂場へと戻った。
そして風呂に浸かるギルフォードを背に体を隅々まで洗う。
今日はたくさん歩いたし、冒険者ギルドにも行ったし、馬にも乗って、森も通って、レイにしてはあり得な程活動的な一日だったので、しっかりと汗は流さなければならない。
髪も洗い、体も洗い、綺麗になったと満足して振り向けば、ギルフォードは浴槽の淵、なぜか突っ伏して倒れていた。
「レイ……なんかおかしい……からだが、ふわふわする……」
「ギルフォードさん!」
どうやら長湯になれていないギルフォードは、レイが体を洗っている間にのぼせてしまったらしい。
慌てて駆け寄りちょっと魔法を使い、ギルフォードを浴槽から引き上げる。
浴槽脇の盆に乗るお茶と水へ視線を送れば全く減っていなく、ちゃんと水分を取るように声をかけるのを忘れたことにレイは気がついた。
「ギルフォードさん、涼しい場所に移動しますね。ちょっと持ち上げますけど許してくださいね」
「レイ……ギルで、いいってば……」
「はいはい、ギルフォードさん、しっかりして下さいね。ほら、私にしっかり捕まって」
フラフラするギルフォードを脱衣所へ連れていき、とりあえずタオルで濡れている体を拭くと、バスローブを掛けて裸を見えなくしリビングへと連れていく。
そこで部屋の冷房をつけ温度を下げると、ギルフォードの下にある飲み物を持っていき水分を取らせた。
「これ、ストローだっけ? 飲みやすいね、僕もこれが欲しいなどこで売ってるの?」
だいぶ良くなったのかギルフォードの口がまた動き出す。
この人病気の時しか黙っていられないのかな? と思いつつ、ストローはじっちゃんが作ったものだと適当に流し、レイは塩飴をギルフォードの口に突っ込んだ。
「じゃあ、私もう少しお風呂に入ってくるんで、ここでゆっくり寛いでいて下さいね、飲み物はここに置いておくのでちゃんと取ってくださいよ」
「うん、レイ、ありがとう」
バスローブ姿で寝転ぶギルフォードの傍には、じっちゃん用にと準備していた新品のパジャマを置き、良くなったらそれに着替えてくださいねと伝えておく。
内緒で栄養ドリンクも飲ませたし、あれだけ喋られるのならギルフォードの体はもう大丈夫だろう。
「はー、それにしても、ほんとっ面倒な誕生日になったよねー」
湯船につかり思わずそんな言葉を呟く。
だけどレイの口元はちょっとだけ緩んでいて、その笑顔はそれも悪くないなと言っているようだった。
こんにちは、夢子です。
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レイの家の露天風呂は家族用。それほど大きくなくじっちゃんと一緒に入るために作った二人で入れるぐらいのお風呂です。