おもてなしを致します
レイは玄関を開けると、まずは外の汚れを魔法で落とし、靴を脱いで室内靴へと履き替える。
「あ、ギルフォードさん、そこで靴脱いで下さいね、ウチ土足禁止なんで」
「えっ? 靴? 靴を脱ぐの? えっ? なんで? ここで?」
何でと言いながらもギルフォードはレイの言葉に素直に従い、レイの真似をして玄関先で靴を脱ぎだした。
冒険者の靴なので、臭い、汚い、カッコ悪いの3Kかと思っていたけれど、ギルフォードはA級冒険者だからかそれほど汚れのないロングブーツを履いていて、綺麗好きのレイとしてはホッとする。
一応ロングブーツとギルフォードの足にそっと浄化を掛けながら、スリッパを棚から取り出しギルフォードに「どうぞ」と差し出した。
「えっ? これなに? 履くの?」
「はい、靴下だって汚い……んんっ、それは我が家自慢のふかふかで気持ち良い室内靴です。良かったら履いてみて下さい、じっちゃんも気に入っていたんですよ」
「へー、そうなんだ、ありがとう! 僕こんなの初めてだよ」
ギルフォードに室内靴を履かせ、家の中へと案内する。
とりあえず最初にトイレの場所を教え、無難にリビングに連れていくことにする。
「ねえ! レイ、全然散らかってないじゃん! どこもかしこもピカピカ! それに中も凄いオシャレだし! えっ? ロビン・アルクっていったい何者?」
「……」
仕方なくギルフォードを家に招き入れたレイだったが、ギルフォードは質問が多く、五月蠅いし面倒くさい。
散らかっていますがというのは前世あるあるの建前で、綺麗好きなレイが部屋を散らかすわけがない。
元S冒険者であるじっちゃんの家だからか、それともレイ好みの可愛いお家だからか、それか可愛い女の子であるレイの家に入れたからか、騒ぐギルフォードに(うざっ)と呆れながらも、仕方なくレイご自慢のリビングに招き入れた。
「ギルフォードさん、今お茶出しますからどうぞ座っていてください」
「うん、ありがとー、えっ? 何このソファーふかふかじゃん!」
驚き続けるギルフォードを完全に無視し、レイはキッチンへと足を運ぶ。
背後ではギルフォードがソファーの柔らかさを堪能している姿が見えた気がしたが、絶対に振り向かなかった。
(はぁー、疲れたから緑茶が飲みたいなぁ……ギルフォードさん、ずっと喋ってるんだもん……)
じっちゃんはどちらかというと無口な人だった。
レイが喋る言葉に時折突っ込む程度で、饒舌なのはレイへの指導の時ぐらいだった。
そしてじっちゃんが亡くなってからはレイは一人暮らしだったので、時折訪れるあの子たちや、森にすむ妖精たちぐらいとしか口を利くことはなかった。
なので色々と騒ぐギルフォードが五月蠅くて仕方がない。
きっとレイが最初から街に住んで喧騒になれた街っ子だったならば、違った感想になっていただろう。
ギルフォードは前世でいうところのカースト上位。
クラスの人気者タイプだ。
顔が良く、人当たりもよく、明るくて元気で運動も出来て、リーダー的存在。
そんなギルフォードを嫌いとまでは言わないが、一人に慣れているレイとしては一緒にいるととにかく疲れる。
それにレイの能力をどこまで話していいか分からない今現在、気疲れは尚更だった。
(たぶん今日あの子たちが顔を出すから、ギルフォードさんに話してもいいか聞いてみよう)
今日はレイの誕生日。
大精霊の愛し子仲間であるあの子たちがレイのウチに顔を出すだろう。
以前なら些細なこともじっちゃんに聞けば判断できたけれど、世間知らずなレイだけでは判断できないことも多い。
じっちゃんはレイを街に慣れさせ世間を勉強させたかったようだが、その前に亡くなってしまった。
レイが森を気に入って外に興味がなかったという理由もあるし、この黒髪のせいで目立つと言われていたので出かけるのが億劫だったのだ。
「ギルフォードさん、お茶をどうぞー」
「あ、有難う、凄く嬉しいー……って、あれ? レイ帽子取ったの? なんだか思った以上に女の子みたいな可愛い顔しているねー、それに綺麗な黒髪で……えっ、ちょっと待って、レイって黒髪なの?」
「いえ、室内にいるんで黒っぽく見えるだけです、気のせいです」
「そうか、そうなのかー。はー、それにしてもこのクッション良いねー、僕も欲しいなー、どこで売ってるのか後で教えてくれる?」
レイお手製のクッションを抱きしめ、ソファーで丸まっていたギルフォードに声をかける。
レイの黒髪に驚いていたようだけど、誤魔化しは上手くいったようでホッとする。
面倒くさいのはこりごりだ。
ちょっと黙っていて欲しい。
それにしても、ギルフォードは何だか眠そうに見えるが大丈夫だろうか。
まあ、レイをここまで送ってくれたのだ、今は疲れているのかもしれない。
(ギルフォードさん、早く帰ってくれるといいなー)
そんなことを思いながらレイは緑茶を口に運ぶ。
渋くてちょっぴり苦いこの世界の緑茶。
体の隅々まで広がる癒しの味に、レイはふーっと息を吐いた。
「ねえ、レイ、このソファーダメだね、人をダメにするソファーだよ」
クッションを抱きしめたままどこかの宣伝かのような言葉を吐くギルフォードに、「冷めますよ」と言ってお茶とお菓子を差し出す。今はまだ何も説明できないのだ。レイが作ったもの以外に興味を持ってほしかった。
「うん、ありがとー。はー、この家、居心地良いねー、住みたいぐらいだよ。って、何このお菓子、初めて見るんだけど!」
「……」
眠そうなギルフォードだったけれど、レイが作ったパルミエを見て目が輝いた。
「ねえ、レイってプロの料理人? 作るものが全部おいしそうなんだけど!」
「あー……じっちゃんに色々教わったんで……」
「凄いね! S級冒険者ってなんでもできるんだね! あ、美味い! このお菓子、ぱりぱりしてて甘くて最高!」
やっぱり眠いのか、目を閉じむしゃむしゃとお菓子を食べ続けるギルフォード。
実際にはじっちゃんに料理関係で教わったことは、この世界のコンロの使い方ぐらいだろうか。
それも魔法を覚えたレイがキッチンを色々とリフォームしてしまったのでもう意味はない。
だけど困った時のS級冒険者。
じっちゃんの存在はレイにとってどこまでも有難いものだった。
「あー、ギルフォードさん、外、暗くなってきましたけど、今日、泊っていきますか?」
半分断って欲しいなと思いながらも、レイは仕方なくそう声を掛けた。
ジュリーに夜道を走らせるような危険なことはさせたくないし、もうすでに眠そうなギルフォードを「さっさと帰れ」 と追い出し、途中で事故にでも合われたら忍びない。
まあ彼はA級冒険者なのでめったなことはないと思うけれど、それでもこの異世界、人の命は前世よりもとても軽い。知り合ったからにはギルフォードには安全でいて欲しいし、出来れば危険な目には合ってほしくはない。
そう思っての声掛けだったのだが、ギルフォードは眠そうだった眼瞳はどこへやら、青空のような瞳をキラキラとさせてレイの方へと振り向いた。
「えっ、いいのっ?! えっ、泊る泊る、絶対に泊まるよ!」
「……じゃあ、客間をーー」
「客間じゃなくてもいいよ、このリビングでも十分だし、なんならレイの部屋で一緒に寝るのもいいなー。ねえ、レイ、夜まで一緒に話でもしようよ」
「……」
夜まで話……
絶対に嫌だ!
ギルフォードさんて、なんて面倒な男なのだろうか。
レイはそんな心の内を隠し、笑顔を作る。
よし決めた、酒を飲ませて酔わしてしまおう!
そうすればギルフォードだって静かになるはずだ!
余りの五月蠅さに、A級冒険者であるギルフォードを倒す作戦を思いついたレイだった。
こんにちは、夢子です。
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レイは無口で大人しい人がタイプなんだと思います。