★ケンとカークの日常
ケンの朝は早い。
というかレイの起床時間に合わせケンも起きるので自然と早くなる。
レイが起きる時間は大体朝五時前後。
ケンはレイが起きた気配を感じると、それに合わせ自室を出る。
奴隷時代が長かったため気配察知は得意だ。
苦しく辛いことしなかった奴隷時代のことを思いだすと今でも震えるときがある。
でもそのすべてが無駄ではなかった、レイの役に立つのだと知った今は奴隷時代もあって良かったと思えるから不思議だ。
「レイ、おはようございます」
「ケン~、ケン兄ちゃ~ん、おはよ~ん」
まだぼんやり顔のレイがケンを見つけ抱き着いてくる。
朝は少し甘えん坊なレイが愛おしくて可愛い。
ギュッと抱きしめ返すと「えへへ」と幸せそうに笑う。
レイはまだ十二歳。
甘えても可笑しくない年齢だ。
祖父を亡くしてからこの大きな屋敷で一人過ごしてきたと知ってからは、レイのこの甘えが尚更愛おしく感じる。
自分は絶対にレイの傍を離れない。
そんな気持ちが込み上げてくるから不思議だ。
「よし! 元気注入! 今日も頑張るぞ!」
「はい、レイ、今日も一緒に一日頑張りましょう」
「うん!」
身支度を整えた後は、洗濯や掃除、馬の世話など、レイと一緒に家のことを行う。
レイの魔法は物凄く、洗濯など空中で行い、あっという間に綺麗にしてしまう。
「風魔法で乾かしてもいいんだけど、お天気が良い日はお日様の匂いがする洗濯物が良いんだよねー」
魔法を使えばあっという間に乾く洗濯物をレイは手作業で干していく。
雨の日以外は必ず外に洗濯物を干すレイは、家事にこだわりがある洗濯屋のプロ作業員のようだった。
「レイ、おはよう」
「ギルフォードさん、メイソンさん、ゾーイさん、おはようございます」
ケンの教育係となってからギルフォードたちはほぼレイの屋敷に泊まっている。
朝六時頃になると起きてきて、体を動かし剣の稽古を始めるので、ケンはそこに混ぜてもらう。
「うわー、すんません! 寝坊したー!!」
慌てて庭に出てきたのはカークだ。
ケンとパーティーを組んだカークも今はレイの家に一緒に住んでいる。
カークは朝が弱いのか、鍛錬の時間に遅れてくることがたまにある。
それでも遅刻というほどの遅れではないのだが、先輩を待たせることに脅えがあるカークは申し訳なさそうな顔だった。
「カーク兄ちゃん、別に遅れてないから大丈夫だよ、ギルフォードさんたちも今来たところだし」
「だけどさー……」
ぼさぼさな頭を掻きながらカークは後ろめたいような顔をする。
孤児院時代の名残なのか、それとも新人冒険者時代に何かあったのか、その顔でカークも色々背負っていることが分かる。
「カーク兄ちゃん、カーク兄ちゃんはね、今成長期だから眠くてしょうがないんだよ。膝とか肘とか体が痛いときとかない?」
「……確かに節々が痛いときはあるけど……それは練習のせいだって思ってた」
「そうなんだ、でもそれはたぶん成長痛だと思うよ。もしイライラしてガラスとか割りたくなったら前もって言ってね、準備しとくから」
「いや、なんで体が痛くてガラスを割るんだよ! ってか準備ってなんだよ? 俺はそんなことしねーぞ」
「そう? でも触るものを全部傷つけたくなる年頃でしょう? 遠慮しなくていいからねー」
遠慮なんかしない! と笑うカーク。
レイはカークが甘えることが苦手だと、何かあるごとにこうやって声を掛け、カークの本心を引き出し笑い話にする。
ケンの中で最初はちょっともやもやした気持ちもあったが、今は一緒に笑えている。
ケンがいるべき場所にカークが入り込んできた、とそんな嫉妬心があったのが本音だ。
だけどケンとカークは違うし、レイはケンを兄と慕い、甘えてくれる部分がある。
でもカークはレイにとって弟のような存在。
甘やかしたいようなのだと納得をしたし、ケンもカークを弟のような存在だと思えるようになった。
「カーク、疲れているときは言えよ、私が出来ることは変わるから」
「……ケン、ありがと……でも出来るだけ自分で頑張る……いや頑張りたいんだ」
「ああ、そうだな、自分で出来ることはやりたいよな」
「ああ!」
気合を入れ動き出したカークを素直に可愛いと思う。
本当の妹や弟の顔はもう思い出せないけれど、家族って本当はこんな感じなのかもと、レイと一緒に住みだしてからケンはそう思うようになった。
「カーク、俺たちもS級冒険者を目指そうか?」
ケンが今まで持ったことのない夢を持つ。
それもレイと一緒に暮らして普通の生活を送れるようになったから描けるようになったものだ。
「ああ、勿論だぜ。パーティーでもS級、個人でもS級、んでもってレイのこともギルフォード様のことも俺たちで守るんだ!」
「ああ、そうだな!」
一緒の夢を追いかけることが出来る仲間がいることはとても嬉しい。
奴隷時代ではありえないことだった。
「みんなー、ごはんにするよー、ちゃんと手を洗ってうがいしてきてねー」
レイの掛け声で練習は終了だ。
美味しい朝食が待っている。
毎日の食事も嬉しいことの一つだった。
「今日も頑張ろうな」
「ああ!」
奴隷時代とは違い、今ケンの進む道には希望が溢れているのだった。
「あいつが孤児だった奴だろう?」
「A級冒険者に媚び売って上手く取り入ったんだよなー」
カークが冒険者ギルドへ行くと、たまにそんな言葉が聞こえてくる時がある。
孤児院出身で後ろ盾も何もないカークが急にS級冒険者になったギルフォードと一緒に行動するようになったことが許せないのだろう。
カークが一人でいる時を狙ってワザと聞こえるように話し出すのだ。
思春期だから、というよりもこういう輩に因縁を付けられてイライラしているというのが本音だ。
奴隷だったケンは、ドルフとの一件があってから冒険者たちからちょっと避けられている部分があるため尚更カーク一人が狙われるのだろう。
小さくて目立つレイはモーガンに守られているためちょっかいが掛けずらい。
そうなると標的はカークになる。
恩人のレイの盾になれるのなら……
と、あまり気にしないようにはしているのだが、レイの言う通り思春期のカークはうっぷんがたまり我慢の限界が近かった。
(あいつら、一発殴ってやれたらスカッとするのによー)
メイソンやゾーイに鍛えられたカークは口ばかりの冒険者に負ける気がしない。
だけど、いやだからこそ、そんな相手に対し剣やこぶしを振る気にはならないのだが、あまりにしつこいといい加減腹が立つ。
ただギルド内は死闘は禁止。
それにカークを面倒見てくれているギルフォードには絶対に迷惑を掛けたくない。
(我慢、我慢、アイツらの言葉なんて聞こえないふりをしろ)
そう自分に言い聞かせ今日も黙って通り過ぎようとしたのだが、目の端に見慣れた鳥打帽が見えた気がした。
「おじさんたち、カーク兄ちゃんのファンなの? いつも追っかけしてるよねー? 推し活かい?」
レイがニコニコとした笑顔でカークを悪く言う冒険者たちに話しかける。
それも微妙な年齢の男たちを煽るように「おじさん」呼びでだ。
カークは突然のことにポカンと口を開けレイを見てしまう。
何やってんだアイツ。
心情はそんなところだった。
「な、なんだちびっ子、俺たちは本当のことを言っただけだ」
「そうだぞ、アイツは孤児でなんの能力もないのに取り入るのだけは上手いやつなんだ、クズなんだよ、クズ」
ガハハハッと笑う冒険者たち、レイの目が氷のように冷めていることがカークには分かりゾッとする。
これ以上怒らせたら何をするか分からない。
レイの実力をカークは良く知っている。
あの危険なダンジョンでカークを助けてくれた相手がレイだからだ。
頼むからギルドを壊さないでくれよと祈りながらレイの傍へ駆け寄った。
「レイ、気にすんな、俺は何言われても平気だから!」
カークの言葉を聞き、ニコリと微笑み振り返ったレイが怖い。
ニコリがニヤリに見える。
何か悪だくみでもしているような顔だ。
「おじさん、カーク兄ちゃんは実力でギルフォードさんの傍にいるんだよ。希少な水魔法持ちだしね」
「水……魔法?」
「ほんとかよ」
驚く冒険者たち、それほど水魔法使いは珍しい。
ただレイは全ての魔法が使えるのでもっと貴重な存在だが、カークがそれを冒険者たちに伝えるはずがない。
「それにね、カーク兄ちゃんはメイソンさんの剣の弟子なの、その辺の騎士よりもずっと強いんだよ。だって王城でそう言われたから」
「王城……?」
「そう、騎士団長さんに良い腕もってんなって言われたから実力もかなりのものだよ、ガチで」
てへっと笑うレイは本気では笑っていない。
うちの子に文句垂れるんだったら殺られる覚悟はできてるんだよね? と喧嘩を売っている顔だ。
カークはギルフォードを呼ぶべきか、それともモーガンかドルフ辺りを呼んでくるべきかと悩んだが、今すぐレイの手を引き冒険者たちから離すことを選択する。
「レイ、もういいから、行くぞ」
「へっ、子供に守られて逃げるのかよ」
「はは、やっぱり孤児院育ちは腰抜けだな」
「ああ、弱虫にちげーねー」
イラっとしたカークだったけれど、守るべき相手がいるので耐える。
でもその守るべき相手こそが好戦的だった。
カークの手を握ったまま、疑問顔でこてんと首を傾げた。
「じゃあ、おじさんたちがカーク兄ちゃんと戦ってみれば? 実力が分かるでしょう?」
「は?」
「弱いってカーク兄ちゃんのこと言っているんだからおじさんたちは強いんでしょう? だったらたむろって口だけで攻撃しないで模擬戦でもなんでも挑めばいいじゃん。それともカーク兄ちゃんが怖いのかな? だから口だけでしか攻撃できないのかもぉ?」
ぷぷぷ、ださっ。
レイの最後の呟きは冒険者たちにハッキリ聞こえたようだ。
真っ赤な顔で怒りだし「この野郎!」と言って殴りかかろうとしてきた。
「さあ、カーク兄ちゃん、防衛戦だよ、やっちまって!」
「はっ?」
冒険者たちを煽り続けたレイの言葉に笑いそうになりながら、カークは五人の冒険者の攻撃を簡単にかわし倒してしまった。
一番驚いたのはカーク自身だ。
冒険者たちの動きがゆっくり見え、小さな子供でも相手にしているようだった。
ここ数か月本物の騎士に指導を受けた結果だろう。
倒れた冒険者たちを見下ろしていれば、レイが冒険者たちに声を掛けた。
「ね、カーク兄ちゃんは強いでしょう? 依怙贔屓でも何でもない、ラッキーでもないの、実力でギルフォードさんの傍にいるんだから、もう悪口言ったらだめだからねっ」
レイは満足そうに笑い、エイリーンの下へ行く。
そして事の成り行きを話し、冒険者たちから手を出して来たこともしっかり伝えた。
「エイリーンさん、僕、怖かったよー」
「まあ、レイ君、泣かないで、私がちゃんとギルド長に伝えるから安心して頂戴!」
「うん、ありがとう、またお菓子焼いてくるからねー」
ニシシと笑うレイを見て、これまで悪口に耐えてきたカークは拍子抜けだ。
アホらしくさえなっていた。
「カーク兄ちゃん、またああいう人がいたら今後は可愛く指導をお願いしてやっつけちゃえばいいよ。口だけの人って大概実力ないし、一人じゃ何もできない人が多いからねー。訓練場に連れてって練習相手になってもらえばいいんだよ、我慢なんてしなくていいからさ、ガラス割るぐらいならあいつらを殴っちまえば良いんだよ」
「いや、ガラスは割んねーけど、そうだな、指導をお願いすればいいな、レイみたいに笑顔で頼めばみんな聞いてくれそうだしな」
「でしょ、でしょ、こういう時子供っていいよねー、甘くみられるから乗ってくれやすいんだよ、てへへ」
レイがカークに余計なことを教えたおかげで、カークは何か言われても笑顔で対応できるようになった。
ただし、訓練場でのされた冒険者たちは別だ。
子供だからとカークを甘く見ることは無くなり、悪口も言うことはなく、一目置くようになっていく。
そしてカークの思春期は終わりを迎え、メイソンのように逞しい男性に近づいていくのだが、それはもう数年先の話だった。
ケンとカークの話が書きたかった。
ケンはもう背が伸びませんがカークはもっと大きくなる予定です。
メイソンと同じぐらいの身長になり、レイがショックを受けるのはあと三年後?ぐらいでしょうか。




